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黒馬を走らせ野宿をするという行程を繰り返して約三日程するとアードヤード側の国境を有する街が見えてきた。将来的にはこの街までがバーンシュルツ領となる。
整備された街道に行き交う人々で賑わう商店ーー。聖国側から来たと思われるロザリオをつけた人々など国境沿いということもあって活気があり経済的に潤っている様子が見て取れる。
(ここに警備軍副総長の家を置くのも良いな......)
エルフレッドは黒馬から降りると辺りを見回しながら思考を巡らせる。そうこうしていた彼は不意に視線を感じた。辺りに知り合いはいないハズだ。警戒するように意識を強めると一部の人がなんといえば良いのか、こう出待ちしていたアイドルでも見るかのような視線を送ってきているのに気づいた。
ちらりと視線を送るとそこには神官服に身を包む男性とシスター服の美しい女性が熱に魘されたような視線でこちらを見ていた。エルフレッドは疑問に思いながらも悪い視線ではなかったのでペコリと頭を下げた。
するとーー。
「ああ‼︎ユーネ=マリア様の御子様に会えるなんて生きてて良かった‼︎」
「ええ‼︎それに私達に挨拶まで‼︎きっと敬虔な信徒として頑張って来た私達にご褒美を下さったのよ‼︎」
......非常に不安になってきた。
ふと気付けば辺りの人々は二つのグループに分かれていた。
未来の領主様が視察に来られてるぞ!←アードヤード人。
ああ、ユーネリウス様‼︎ユーネ=マリア様の御子様‼︎←グランラシア人。
前者はまだ良い。確かにそういった側面を持った訪問であるには違いない。しかし、後者は敬虔な方であればあるほどリアクションが酷くなっていくというかーー。
「ユーネ=マリア様に使えて四十年‼︎この目に御神の御子様を見る事ができる幸福を与えてくださるとは......わが生涯に一片の悔いも御座いません‼︎ありがたや、ありがたやーー」
地面に跪いて涙を流している老人。それを引き起こしたのが自分の姿を見ただけと考えるとエルフレッドは背中に悪寒が走るのを感じた。え、ユーネリウスのミドルネームって唯の称号じゃないの?である。
既にグランラシア聖国に行くのを心が躊躇い始めているが当然それは無理である。とりあえず、不自然にならぬ程度の早歩きでエルフレッドは宿へと向かった。
(そういえば大聖女であるメイリア様も勲章授与式の時はなかなか酷かったな......)
その時のことを思い浮かべると自然と視線が遠くなっていくエルフレッドだった。
○●○●
ここまで来ると想像に容易いだろうが国境越えの手続きは瞬殺で終わりを告げた。早くとも二〜三日は掛かるだろうと考えていたそれだったが「ユーネリウス様を待たせるなんてことがあってがたまるか‼︎」と何故か半ギレの連絡が聖国側から届いたそうで一瞬で終わったそうだ。
とりあえず「迅速な対応感謝致します。一泊して明日には伺います」と連絡を伝えて頂いたところ「それでは空いた時間にて歓迎の宴の準備をさせて頂きます!街中全ての者が貴方の事を心よりお待ちしております!」との返信が来たそうだ。
歓迎の宴とはーーと何時ぞやの変な笑いが出たが流石のエルフレッドもユーネリウスの名が単なるミドルネームではないことくらいは理解している。聖国にいる間は何が起きても仕方がないな.....くらいには思い始めていた。
そして、次の日の朝になった。
鍛錬を終えたエルフレッドは宿に連泊分のキャンセル料を払い謝罪しながら宿を出る。
「いえいえ、未来の領主様はお忙しい方の様ですから気にしないで下さい」
尊敬と同情の入り混じった表情で告げるものだからエルフレッドは曖昧に微笑むことしか出来なかった。
昨日と打って変わって今日はアードヤード側の人達もおかしい。どうやら聖国側のあまりのVIP待遇に"あの人、実はとんでもなく凄い人なんじゃね?"と、こう尊敬はするが触れない方が良さそうだという物々しさが流れている。
実際問題、将来は辺境伯な上に巨龍を倒した英雄であるために平民からすれば雲の上の様な存在ではあるのが元平民のエルフレッドからすると何だか切ない心持ちである。今の内からこんな気持ちじゃあ駄目だと気合を入れて国境沿いの関所に向かう。すると当然のように関所内で最も偉い長官が現れて握手をしたり会談したりすることになったがエルフレッドはもう動じない。
頭を下げる長官に見送られ黒馬に乗ったエルフレッドは馬の腹を蹴って颯爽とその場を後にした。
黒馬が風を切り駆ける。その身に吹きつける風は何よりも心地がよい。特に風属性や火属性の者はこういった状況を好む者が多いのだ。
風属性は風と一体になることに喜び、火属性は風が送り込む酸素で己の火が強く燃え上がることを喜ぶと考えられている。空が青々と輝く中、木々の間を抜け、飛び立つ白鳥に目をやっていたエルフレッドは優しく手綱を引いて黒馬の足を止めた。
それは国境沿いの世界政府が管理する土地の世界遺産にも数えられている滝[聖アリアの涙]である。半円形の大きく、そして、数多の虹によって美しく彩られた大自然の芸術は沢山の悲劇を産んだ場所であった。
その超然的芸術は数多の権力者を魅力し自身の物にしようとした権力者同士の戦いを幾千回も引き起こしたのである。その戦いはこの滝を赤に染めあげて汚し、一時は死の滝とも呼ばれて忌み嫌われていた。
幼少よりこの地に住んでいた少女アリアは祖母より聞いた美しき滝の思い出と現実との差異に胸を痛め涙を零した。その涙に応えたユーネ=マリア神が国とは別の第三政府の作成とその場所による統治によって滝を復活させなさい、という神託を告げた。
アリアはそれに従い世界政府の発足と滝の復活を見事成し遂げたのである。
そして、その神託を聞くという能力を見初められたアリアは当時の聖王と結婚し王子と王女を一人づつ儲けた。リリアと名付けられた王女は母親同様に神託を受ける能力を持っていた。その後、グランラシア聖国では神託を受ける聖女のミドルネームに"アリア"それを継承する聖女に"リリア"と名付けて代々その役目を継承していっているのである。
滝を見つめて存外リラックスしたエルフレッドは黒馬に跨り直すと滝の裏側に向けて歩き出す。転落防止の為、巨大な強化ガラスが埋め込まれているそれは情緒に欠ける部分はあるものの安全に滝の裏を進むことが出来ることもあって人気のスポットである。単純に陸からの交通網がここしかないというのもあるだろう。
滝の裏側から轟々と音を立てて下る滝を眺めながら黒馬を進ませていたエルフレッドはその超然的な滝の壮観さに胸を奪われていた。




