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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(下)
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11

 瞬間、リュシカの纏う雰囲気が変わった。全身を押し潰さんとする重さを伴っているかのような重厚なる圧力ーー。


 思わず震えそうになる体を奮い立たせながら、アオバはダンッと地面を踏み鳴らした。


「実力の話じゃないのだ‼私達は勝つ為にここに来たのだ‼だから、リュシカ嬢は私が倒す‼私がするべきはそれだけなのだ‼」


 勇ましく吠え、気高く仁王立つアオバ。その気概にリュシカは感心した様子で目を細める。だが、それと同時に自身の余裕を崩す程の物は無いとも感じていた。


「解った。ならば、後は戦いの中で決めようではないか?アオバ嬢ーー」


 曲刀を下段に構え、迎え打たんとするリュシカに対して、アオバは重心を低くとって構え、脚のバネに溜めを作り、強烈な先手を放たんとした。


 解説が熱狂的に煽り、審判が開始を表すように手を交差した。構え通りに飛び出したアオバをリュシカは躱した。獣化した彼女の苛烈な攻撃が時に掠めると、思わず笑みが溢れる。


 あのイムジャンヌを上回った腕力と柔軟性に溢れた俊敏性は学生の枠を超えていた。観客席が静まり返り、思わず息を飲む。


 Sランク冒険者のリュシカが、獣化したとはいえ一学年のアオバに押されているように見えたからだ。クルリクルリと湖で花弁が回るが如く避け続ける彼女に対して、アオバは一方的な攻めを展開し続ける。


 時に強撃を振り翳し、態と隙を見せては誘いを掛け、猛攻の中で必殺の一撃を放つ、その時を探っているのだ。


 時に感じる圧力と消耗する体力を無視するかの如くーー。


 多くの観客が固唾を飲んで見守る中で、我が国の勝利を願い観客席から戦いを見ていたシラユキは、頬杖をついて溜息を漏らした。




「ここまで実力差があるとはのぅ。狼犬の娘がもう少し頑張れば話は違ったのかもしれんが......」




 件の娘はといえば、周りの仲間達がアオバを応援している中で優雅に食後の紅茶を楽しんでいた。親はどうかと視線を送れば、シラユキの言葉が聞こえていたのか、申し訳無さそうに耳を垂れ、肩身が狭そうに縮こまっている。


(種族のそれで言えば、猫又のそれに近しいのだがのぅ......)


 同じイヌ科の獣人という事もあって少し残念な気分になりながら、闘技場へと視線を戻したシラユキだった。




(当たらない......攻撃が全く当たらないのだ‼)


 見ている者に気づく者が居るくらいだ。相対している当人はより感じている。圧倒的な実力差、そして、手応えの無さーー。


 焦りが募り、消耗が激しくなっていく中でアオバは、自身を奮い立たせようとする。どんなに強かろうが、差があろうが、チャンスが全く無い訳じゃない。そんな少ないチャンスを物にしてヒーローは強大な悪を倒すのだと、彼女は自身に言い聞かせる。


 こちらの隙を見切ったのか、リュシカが曲刀を振り下ろした。縦回転に三撃ーー、獅子の柔軟性で無理に身を捩って躱したが浅く斬り裂かれる。


 そして、その連撃から攻守が逆転した。回転運動を主軸に組み立てられた連撃は留まる事を知らない。縦、横と華麗に舞うかの如く襲い来る剣撃にアオバの攻撃の手は完全に止んだ。


 悲痛なフェルミナの声にも答える事が出来ない程の苛烈な攻めーー、気を抜けば一瞬で戦いが終わりそうな程のそれにアオバの心は折れそうになる。


 消耗した体力と徐々に蓄積されていくダメージに、アオバの集中力は次第に落ちていった。何発か良い攻撃を貰い、隙きも増えていく。


 このままでは駄目だ。負ける、と逸る心が告げるが、元から圧倒的に実力差があるのだ。打開策など見つからない。遂には下から跳ね上がってきた蹴りに両腕を抉じ開けられて、無防備な姿を晒してしまう。


 しまった。と声を上げる間もなく振り上げられている曲刀。勝負の幕切れは余りにも呆気なくーー。




「ーーッ⁉」




 不思議な事が起こった。下からの切り上げで終わっていたであろう戦いに訪れた一瞬の沈黙。突如、走った痛みを堪える様なリュシカの表情ーー何にせよ、攻撃が止まってしまったのだ。


 アオバは違和感を感じながらも、その隙を逃す訳にはいかなかった。ダンッと地面を強く踏み、一気に距離を詰め防御の姿勢に入った彼女の腕を抉じ開ける。


「獅子猫流ヒーロー術ーー」


 その時、アオバの思考には迷いがあった。それは最速で放てる響牙を打つか、それとも、まだ見せていない別の技を打つかーー。


 謎の隙でチャンスを得たが実力差は歴然ーー最大のチャンスを慎重に攻めたいという迷いがあったのである。


 故に技の選択に多少の時間を有した。同じ構えから出す技であるから、コンマ何秒の話だったが、確かに技を出す迄に時間が掛かったのだ。




「ーー流牙(りゅうき)‼」




 水平に構えた爪を斜め上から振り下ろし、胴回し回転蹴りに繋げる威力の高い大技だ。その威力は踏み込みだけで地面を砕き、陥没させる正に一撃必殺の技であった。




「ーー惜しかったな。アオバ嬢」




 着地と共に首裏がヒヤリとするのを感じたアオバは、その瞬間、自身の状況を理解した。手応えが一切無かった大技と着地と共に踏み壊した地面。あの僅かな迷いの時間で持ち直され、躱され、そしてーー。


「......降参なのだ。私の負けなのだ......」


 悔しげな震える声色で呟きながら両手を上げた彼女に、リュシカは避けの回転を利用して、そのまま突き付けた曲刀を仕舞う。


 歓声が鳴り響き、司会者がリュシカの勝利を盛り上げた。堪えきれなかった悔しさに腕で目元を擦りながらベンチへと戻っていくアオバを見送り、リュシカはアードヤードのベンチへと戻っていった。


「お疲れ様ぁ。ーー最後、どうしたのぉ?」


「......ああ、いや、あまりに隙が見当たらないから一芝居打ったんだ。乗ってくれて良かったよ」


 立ち上がり、心配するような視線を送るルーミャに微笑みながら答えれば、彼女は訝しげな表情を浮かべた後に「それならいいけどぉ。無理はしないでよぉ」と苦笑しながら、ベンチへと座り直した。


「リュシカお姉様......」


 振り返ればカターシャが気まずそうな表情を浮かべていた。それはそうだろう、勘繰っているだけのルーミャとは違い、彼女は()()()()|。


 リュシカはその表情の意味を無視するかの如く笑うと戯けた様子でーー。


「そんなに私が心配か?Sランク冒険者だぞ?負けやしないさ」


 尚も表情を変えない彼女に苦笑しながら「ルーミャも忠告してくれたが無理はしない。私の目的は次の戦いで達成されるのだからな。ーー最悪、負けてもルーミャがどうにかしてくれるのだろう?」とルーミャに視線をくれる。


「勿論だよぉ!フェルミナには悪いけどぉ、神化使えば負けるとは思えないしぃ!」


「ならば、問題あるまい。ーー後は私的な話だけだ」


 そんな話をしていると闘技場入りを促す司会者の声が聞こえた。


「では、行ってくる。どんな答えを貰うにせよ、今日で決着を着けねばなーー」


 応援の声をくれるチームメイトに告げて、リュシカは歩き出した。既に闘技場入りし、待ち受けるようにして立っている虎耳の少女を視線に捉え、彼女は表情を引き締めた。


 ズキリと走る痛みに顔が引き攣らぬ様に意識して表情を作り続けた。そして、誰にも見えぬ様に聖属性魔法を唱え、下腹部の辺りを撫でた。


 軽くなった痛みにせめて、この戦いが終わる迄はーーと祈りながら、彼女は硬い表情のフェルミナの元へと向かうのだった。

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