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「口の減らぬ餓鬼だ。そして、王族に連なる公爵令嬢故の傲慢さだ。お前の立場でどうして支配を語れようか。何れ、私に口答えした事を後悔させてやる」
「......そういうアンタも男爵といえど貴族でしょう?金持ちは良くて、貴族は駄目。労働者は良くて、領民は駄目。権利の上では平等であっても、管理する人間が居なくてはならなかった真の意味は何処にあるのか。アンタはそれを考えるべきだと私は思うわ」
睨み合い、意見がぶつかり合う。険悪な雰囲気が漂う中で、やはり、空気を読まずに我を貫くのはミレイユを連れて来たメルトニアである。
「ごめんごめん〜。抵抗するから梃子摺っちゃった〜。とりま、生きてるし、五体は満足だから怒らないでね〜」
ポイッと雑に放ってパンパンと掌の誇りを払う彼女。ブラントンの元に放り投げられたミレイユは後ろ手に両手を縛られてる事もあって、受け身も取れず、無様に地面を転がって、うめき声を漏らすのだった。
「ミレイユさん‼......メルトニアさん‼どうして、そんな酷い事が出来るのですか⁉嘗ての友人や知人を裏切り、心は傷まないのですか⁉」
憤りを隠せないとノノワール。そのくらい、ミレイユの状態は良くなかった。満足に着替えも与えられていないのか、ズタボロの服。所々破れた場所から覗く生傷の痕ーー、目元や頬の痣も合わせて考えれば、日常的に暴力を振るわれているのは明らかだった。普段であれば、綺麗に整えられ、結われた髪もボサボサに散らばり、薄汚れ、艶を失っていた。
「え〜、仕方無くな〜い。私だって立場あるし〜。大体、魔封じの腕輪着けられてるのに抵抗するのが悪いって言うか〜。欠損無いだけ感謝しなよ〜」
対してメルトニアは非常に面倒臭そうな表情である。ミレイユの状態を見て、鬱憤が晴れたと表情を変え、呻く彼女の髪を掴み上げているブラントンに対して「何か面倒だし〜、後は任せるよ〜?」と背伸びをしながら訊ねている。
「ーーミレイユさんっ‼」
「駄目ッ‼ノノワールちゃん‼」
尚も暴力を振るおうとしているブラントンに見ていられない、とノノワールが飛び出そうとする。それを後ろから抱き締めるようにして止めるエルニシアの意を汲んで、ルーチェの指示の元、ヴァルキリーの面々が二人を囲む様に円形の陣を形成した。
「ーーどうせ、明日には処刑でしょ〜。あんまりやりすぎないでよね〜。あの娘達が暴走したら正直、面倒っていうか〜」
「ハハッ‼確かにそうですな‼こんな死に損ないの為に、無駄な労力を割くのは、私とて本望ではない‼新たな世界の良さが解らぬ者と話して気が立っていたがーー確かに明日には処刑される存在だ‼今日くらい自由にさせても良いだろう‼」
良い思いをした分、明日は余計に惨めになるだろう、としたり顔のブラントンにメルトニアはどうでも良さそうに相槌を漏らしーー。
「んじゃ、後は宜しくね〜。手筈通りにお願い〜」
何時ものように後ろ手にひらひらと手を振って、メルトニアは転移魔法を唱え、消えていった。それを見送ったブラントンはミレイユの縄を解くと蹴り出すように突き飛ばしーー。
「会議室を出る事は許さんが、そこで愛でも何でも語らうが良い‼それにしても、同性でまぐわうなど悍ましいこと、この上ないな‼気が知れん‼」
嫌悪感を隠さずに吐き捨てる彼は差別主義者である。本能的に受け入れられない物は排他すべきであると本気で思っているのだ。
「......この御時世において、よくそんな事が言えたもんだねぇ。アンタみたいな差別主義者が、世界政府の役人になれたことが私には不思議で仕方が無いよ」
ノノワールに抱き止められながら身を起こしたミレイユは、軽蔑の眼差しを送った。本能が拒絶したとて関わらなければ良い事だ。態々、態度に出す必要も無ければ、排他する必要もない。
「何とでも言うがいい‼産まれつきならばまだしも、貴様は後天的だと言うではないか‼そんなものがあってたまるか‼虫酸が走る‼」
虫酸が走るとまで言われれば理解を求めるのは無理だろう。元々、理解を求めている訳でも無いが、無性に腹が立つ態度である。
「......ねぇ。本当に大丈夫なの?ミレイユさん」
囁く程度の声にブラントンから視線を外し、ノノワールに向ければ、彼女はとても心配している様な表情を浮かべていた。
「うん?メルトニアさんから聞かなかったのかい?こう見えても全くの無傷だよ。身体も清めって貰ってるから変な匂いもしないだろう?」
ノノワールは「匂いは意識しないようにしてるから、あれだけど......」と視線を反らしながらーー。
「肝心のメルトニアさんが中々迫真の演技だったから、途中から本当にスパイなのか心配になっちゃって......それなら良かったよ〜♪」
「まあ、本人には絶対言えないけど、それだけ長く生きてるってこと何だろうねぇ。女優を騙せるなら大したもんだ。ーーんで、何で匂いは意識しないようにしてるんだい?臭くは無いはずなんだけど......」
自身の体臭が心配になったのか、鼻を効かせている彼女に対してノノワールは顔を真っ赤にしながらーー。
「そ、そうじゃなくて。ほら、こうさ、気になってる人のさ、匂いとか嗅いじゃうと少しいけない気分になっちゃうと言うかさーー」
「ーーなるほどねぇ。この状況でそれなら大したもんだ。それで、大した序に頼みたい事が有るんだけど、大丈夫かい?」
「......頼みたい事?作戦に関係あることでってこと?」
小首を傾げたノノワールに「メルトニアさんと考えたんだ。本当はもっと大事にしたいけど、気持ちは本心だからさ」とミレイユは頬を朱く染める。何かを感じ取ったノノワールがまさかと目を見開く中で、彼女は艶のある視線を向けるのだった。
「私の気持ちを聞いて欲しいんだ。元来なら死にゆく前のシチュエーション。ーーこれ以上のタイミングは無いだろう?」
○●○●
「アオバ嬢。見事な戦いぶりだったな」
「......お褒め頂きありがとうなのだ。でも、リュシカ嬢に褒められても嬉しく無いのだ」
愛刀である曲刀に手を掛けながら微笑んだリュシカに、アオバは険のある表情を浮かべるのだった。
「すっかり嫌われてしまったようだ。無論、その自覚はある。だが、今日はその当人と話す為の参加でもある。悪いがここは手早く勝たせてもらおう」
曲刀を抜き放ち、挑発するかの如く告げる彼女にアオバは滾る気持ちに髪の毛を逆立たせーー。
「それは出来ない相談なのだ。ルーミャ様が残ってるから、ここで私が負けると後が厳しくなってしまうのだ。少しでもルーミャ様の体力を削る為に私は勝たなくちゃいけないのだ」
爪を立てるかの如く開いた掌に力を込め、威嚇する様な視線を送る彼女に対して、リュシカは相変わらず涼し気な表情だ。鼻を鳴らすように笑い「神化をすれば、エルフレッドと互角の戦いを見せるルーミャ程ではないがーー」と前置いてーー。
「私も甘く見られたものだ。Sランクの称号は簡単に手に入るものではない。現状、世界に三人しか居ない理由が解っていないのかもしれんな......温存して勝てると思っているならば勘違いも甚だしい。ーー後悔するぞ?」




