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メルトニアに連れられて、ノノワールとエルニシア率いるヴァルキリーの面々が転移したのは、島の中心にある世界政府会議場の正門前であった。
待ち受ける主力はブラントン一人だとメルトニアは言う。レディキラーは別件で既に島を出ており、他は先行部隊やエルフレッドと戦う手筈だそうだ。
「ブラントンの所までは連れていくけど〜、ブラントンと戦うのはちと難しいかな〜。私はエルフレッドと合流しないとだし〜?とりま、時間稼いで先行部隊を誘導するから、それまで頑張ってね〜」
ハーマインを逃した事を隠し、尚且つブラントンを油断させる為にメルトニアはそういう動きをすると語る。元々、ルシフェルと戦う前にエルフレッドの相手をするのはメルトニアの予定であり、それを利用して彼と合流ーールシフェルと相対するのが作戦だと言った。
ブラントンと戦わないと聞いて、元々疑いを持っていた副団長ルーチェは更に疑いを強めたものの、その後に語る作戦に粗がなく、助けたと言っていたハーマインの安否の確認が取れた事もあって、結論を出すのは保留とした。
「ブラントンの黒属性については正直あまり解ってないけど〜。とりま、相手の魔力や体力を奪う事が出来るのは間違いないよ〜。島周辺を守ってる黒の異形だって反対派の人間の魔力を奪って作った物だし〜?そこは要注意だね〜」
黒属性を使える程に適合した人物が現状ブラントンしか居ないということもあって、その能力には謎が多い。しかし、属性の根幹が"奪う"で有ることから、様々な可能性が考えられた。
そんな未知の属性に置いて、今の時点で確実なのは体力、魔力を奪うことが出来、異形を作り出すことが出来るということだ。
「それだけでも十分厄介な属性じゃん‼皆、マジで気を付けるよ‼」
規則正しい返事が響く中で「あんまり大きい声出すと聞こえちゃうかもしれないですよ。先輩ーー」と苦笑しながら告げるノノワールであった。
「まっ、当然、遮音魔法は掛けて有るんだけどね〜。とりま、皆、作戦通りにお願いね〜」
そんなノノワールの気持ちを知ってか知らずか、サラリと告げて先行するメルトニアーー赤っ恥掻いたと顔を赤くするノノワールの頭をポンポンと撫でながら、エルニシア達は彼女の後に続くのだった。
正門から自動ドアを潜り、真っ直ぐ進む。格式の高さを表すレッドカーペットが敷かれた階段を登り、向かう先はーー。
「......会議室?」
府長室に踏ん反り返っているかと思えば、これから会議でもするつもりかとメルトニア以外が顔を顰める中で、メルトニアはあまり感情の解らぬ平坦な声でーー。
「とりま、覚悟はしてた方が良いよ〜。結構ショッキングな光景かもだし〜」
言葉の割に本人はあまり何とも思っていないように思えて、皆は顔を見合わせた。この数多い議席を有する会議室で何が行われていると言うのだろうかーー。
「お疲れ〜。ノノワールちゃん達連れて来たよ〜」
何時もの軽いノリで扉を開き、中へと入っていく彼女に続いて中に足を踏み入れた皆はーー。
「何......これ......」
目の前に広がる光景に言葉を失った。
議席を埋めるのは縄で括られた人々だ。血の気を失い、苦悶の表情を浮かべ、苦しみ、藻掻き、足掻いている。時に轡越しの絶叫が響き、失われていく。中には意識を失い、台に身を投げたまま動かぬ人も居た。
「何って〜?簡単に言うと電池かな〜?異形作る為の〜。ブラントン一人の魔力じゃあ夥しい数の異形なんて呼び出せないでしょ〜?だから、反対派の人間を捕まえて魔力を奪ってるって感じ〜?」
「電池って、メルトニアさんーー」
もし作戦を聞いていなかったら今の時点で彼女の事を疑っていただろう。否、作戦を聞いた今ですら疑念が湧くくらいだ。ーー以前に少なくとも正気なのかどうかは疑っていた。
「ご苦労でしたな‼メルトニア殿‼新たな世界の素晴らしさの解らぬゴミ共の有効活用はこの通り順調そのもの‼とはいえ、ゴミ一つにつき異形十匹が関の山ーー困ったものですな‼」
議長席に座り、握り拳を掲げながら高笑うスーツ姿の男、ブラントン。その拳に黒が纏わりつくや否や、またも何処かの席でくぐもった絶叫が響き、消えていった。
「酷い......なんて酷い事を......」
言葉が出ないと口元を押えたノノワールに、ブラントンが下卑た笑みを見せた。
「純真無垢なノノワール殿には少し早かったようだ‼今でこの様子だと、あの女の姿を見た時はどのような反応を見せるか、見物だな‼」
「ーーッ⁉ミレイユさんは......ミレイユさんは無事なのですか⁉」
挑発するように告げるブラントンに瞳を潤ませながら、ノノワールが叫ぶ。
そんな二人の遣り取りを、傍観するかの如く眺めていたメルトニアは誰にも聞こえないくらいの声で「TV仕様のノノワールちゃんなんだね〜」と呟き、苦笑する。
「五体満足が無事という意味ならば、まあ、無事ではあるだろうな。ーーメルトニア殿」
「はいは〜い。連れてくるまでは協力するから後は頑張ってね〜。私はエルフレッド君の所に行くし〜」
そう言って何処かへ転移したメルトニア。帰ってくるまで多少時間があると考えているのか、ブラントンはヴァルキリーの方へと視線をくれーー。
「さて、戻って来るまで少し話でもしようではないか?諸君ーー「別に私達は話したいことなんてないけどね」
表面上、フランクな態度で話しかけてきた彼に対して、エルニシアの態度は否定的だ。
「私達はユーネ=マリア神の騎士団だから。あんたの言う新たな神ってのは私達の敵な訳よ。態々、敵の言葉に耳を貸す必要があると思う?」
神託の聖女を祖母、次代を母に持つエルニシアは当然、ルシフェルの存在を告げられている。そして、そのルシフェルがユーネ=マリア神の邪魔をする存在であることも聞いているのだ。
そして、ヴァルキリーの面々はユーネ=マリア神を中心とした騎士団となった為に、団長エルニシアの口から神託の内容を聞く権利を得ていた。ーーよって、ルシフェルが敵であり、創世神ユーネ=マリアの邪魔をする存在であることを共通認識として持っているのである。
「ハッ、これはこれは......グランラシア聖国の方々らしい崇高な思想をお持ちのようだ。しかしながら、天上より人の子を介してしか影響を与えられない力無き神より、地上において、我らと共にあり、目の前で奇跡を起こしてくれる新しき神の方が私は素晴らしいと思うがね」
「......古き神話において、追放されたというのもあるけど、神からの自立を選んだのは私達。時に親心の様に助けてくれる事はあっても、自立したならば、助けを借りずとも動かなければならない。神の持つ大きな力はその妨げになるのよ。大きな力を持って人を選別し、動かす事を良しとすれば、私達は庇護下にいる赤子と変わらない。ーーいいえ。相手に悪意があってのそれは単なる支配でしかない。あんたはそんな事も解らないの?」
自立した大人が罪を犯した時、その両親が悪かったと責めるのは果たして正しいのか?
自立した大人が窮地に陥ったとして、親心以上に助けなくてはならないのか?
心配だからと外に出さず、多大なる力を持って抑えつけ、飼い慣らし、褒美を与え、優遇する。
それを甘受するだけの者が、果たして自立していると言えるのだろうか?
そして、飼い慣らす者に悪意があったとするならば、その関係は庇護ですらない。
支配者と隷属者。ーー奴隷と何ら変わらないのである。
遠回しに支配下に居ると告げられ不機嫌そうに「只の詭弁だ。それに私は王に選ばれている。他の者と違うのだよ」と告げるブラントンに対して「属国の王でも王は王だと誇りたいならば好きにしたら良いじゃない?アンタの場合は精々奴隷の管理者程度の扱いだろうけどね」と冷笑を浮かべる。




