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作戦実行を待つだけの三十分は非常に長く焦れた。
闇の精霊の力を行使する為、多大なる魔力を消費し意識を失ったアリエルを戦艦内のベッドに下ろしたエルフレッドは、甲板に戻ると羽休めの為に戦艦の近くにあった岩山へと着地したアルドゼイレンと共に、戦場となる世界政府の島を見詰める。
「エルフレッドよ。いよいよ、潜入の時だな。我は送るまでしか出来ないがーー」
世界の命運を賭けた戦いだが、神の遣いとなったアルドゼイレンに与えられた役割は戦いではなかった。
英雄を戦場に導き、世界を見守る。
永い時を生きる神の名代として聖国より行末を見守る観察者ーーそれが、アルドゼイレンの役割なのである。
「元より、そのつもりだ。移動に力を借りるだけでも無理を言っている自覚はある。ーーまだ、小さなイムエリス嬢も居るんだ。気に病むことはないさ」
もし、神託で戦いを要求されたとしてエルフレッドは頷くことはしなかっただろう。大切な友人達の一人と一体ーー、幼子を育てなくてはならない者達を死の香りが漂う戦場へと送り出す訳にはいかない。
「不思議なものだ。大凡死を無くしたこの身ならば、全てを犠牲にする事なく救う事が出来るようにも思うが......役割を越えた行動には死が付き纏う。この時ばかりは制約を恨めしく思えて仕方がない」
「確かにな。しかし、あくまでも予測だが、制約こそが存在理由となっているのだろう。ならば、逸脱することが出来ないのも無理はない。ーーそれに心配するな。俺が全てを解決して戻って来る。その時を見届けてくれれば良い」
冗談めかしながら笑い、戦乱の香りに疼く気持ちを抑えるかの如く大剣の柄を握り締めたエルフレッド。それに笑みで答えたアルドゼイレンは翼を拡げて身を屈めた。
「流石、傲慢な風を纏う男よ。エルフレッド。我はお前を信じよう。そして、必ずや帰るべき場所へと帰ってくるのだ」
「勿論だ。皆とも約束した。俺とて死にたい訳じゃない」
一際、大きな爆発音が島の辺りから聞こえて粉塵が巻き上がる。どうやら先行部隊の二人が派手に動き始めたようだ。
漂う潮風の薫りに鉄の匂いが混じる。戦いとなれば何度となく感じた、鼻腔を擽る強い香りにエルフレッドの神経は研ぎ澄まされていった。
「そろそろだな。準備は良いか?」
確認の為だけに放たれた言葉に彼は頷いた。そして、身を屈めたままのアルドゼイレンの上に跳び乗ると得物である大剣を引き抜いた。数多の異形が襲い来る空を翔け、薙ぎ払いながら目的地へ向かう英雄と巨龍ーー偽りの巨龍との最後の戦いへと胸に宿った気持ちを昂ぶらせるのであった。
○●○●
黒の異形で溢れ返った街をジャノバとコガラシは疾走する。近距離の敵を爪や蹴りでなぎ倒すコガラシの隣で、中・遠距離の敵を銃で仕留めていくジャノバは咥え煙草のまま顔を顰めた。
「人っ子一人いやしねぇ。その癖、この異形の群れかよ。面倒くせぇな‼」
コガラシの背中を狙って飛来して来た異形を空間から取り出した片手剣で切り裂き、反対の手でリボルバー式の魔法銃をぶっ放す。
「流石に器用なもんミャ‼助かったのミャア‼ーー今はそうでもブラントン側に着いた兵士が居た筈ミャ。対人戦覚悟で気を引き締めるのミャ‼」
自身の強化された爪を振り回し、注意を促していたコガラシは周りを囲まれたと見るや「一発かますから伏せるミャ‼」と声を上げーー。
「虎猫流爪術ーー乱れ満月‼」
理力を両爪に纏わせて体を捻ると勢い良く回転し、自身を中心に円形の斬撃を波状に放った。
胴体を真っ二つに裂かれ、次々と異形が倒されていくのを伏せた状態で眺めていたジャノバは、感嘆の意を込めて口笛を鳴らした。
「こりゃあ、スゲー‼無双ゲーにはもってこいの技だ‼」
「まっ、虎猫流爪術は乱戦にも対応した爪術だからミャ‼ーーところで無双ゲーって何ミャ?」
心底驚いた様子で「無双ゲー知らねぇのかよ⁉人生の半分は損してるぜ⁉あの爽快感ーー」と語り始めたジャノバにコガラシは首を傾げながらーー。
「そもそも、ゲームをしないのミャア。青春の殆どをシラユキ様の隣に相応しい男になる為に費やしたからミャ」
「......人生の半分を損したのは俺かも知れねぇ......」
がた下がりのテンションで項垂れた彼は「畜生っ‼このリア充め‼畜生っ‼爆発しちまえ‼」と妬みのままに叫ぶのだった。
「情緒不安定な奴ミャ。おっさんでも更年期はあるみたいだから気を付けるミャア」
「五月蝿え‼余計なお世話だっての‼」
仲がいいやら悪いやら、そんな会話をしながらエルフレッドが通る道を切り開いていた二人は、突如、飛来して来た古の銃弾に足を止めた。
「遂に来たか......こりゃあ、レーベン王太子を撃った銃と一緒だな。物理として受け止めれるくらい障壁を強く張りゃあどうにかなるが、何時もの感覚でやれば撃ち抜かれちまうぞ?」
「厄介ミャ......そもそもが上に命令されてるだけの兵士ニャア。なるべく被害は出したくないがミャアーー」
苦悶の表情を浮かべるコガラシに「ハッ。戦争だって末端は上に言われて動いてるだけだ。甘い事言ってんじゃねぇよ?」と鼻で笑えば、彼は「それだけじゃないミャア」と苦笑しーー。
「あのルシフェルとやらは単純に人間の数を減らしたいのミャ。極端な言い方をすれば、そこに敵も味方も無いのニャア。こっちが敵だと人命を奪えば奪う程、奴にとって喜ばしい事この上ないのミャア」
「......どっちにしたって思う壷って訳かよ?面白くねぇなーーっと⁉」
頬を掠め、地面を穿った銃弾に強固な障壁を張り、地面を転がったジャノバーー反対側の建物の物陰に隠れたコガラシに聞こえるように叫んだ。
「言いてぇことは解った‼だが、下手すりゃ蜂の巣だ‼極力最小限に抑えるつもりでいくが、容赦はしねぇぞ‼」
「解ったミャ‼ルシフェルの思惑通りって考えると癪に触るがミャア‼」
多方向から牽制か、はたまた数撃ちゃ当たると考えてるのか銃弾の雨が降り注ぐ中で、二人は息を潜めて、機会を待つ。
銃弾の雨が途切れて、相手がこちらの様子を確認する為に姿を現す、その時こそが彼等が狙っている状況であった。
相手もこちらの戦力をある程度、理解しているのだろう連続的に鳴り続ける銃撃の音ーー思わず焦れったさを感じてしまう程に、その音が止むことはない。
弾避けに使っていた建物の壁は徐々に変形し、それこそ蜂の巣の様な有り様であった。
「チャンスだ‼三、ニ、一で飛び出すぞ‼三、ニ、一、ーー」
「「GO‼」」
音が止み、数秒経った後に二人は掛け声と共に飛び出した。魔力で作られた生命を感じられぬ異形とは違う、人間同士による命の取り合いが今、始まったのである。




