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「さてさて、世界大会観戦もこれまでって感じかな?皆、ヴァルキリー初の大仕事だけど、何時も通りで頑張ろう‼」
観客席から集合場所に定められた城のエントランスまで移動したヴァルキリーの面々。団長を務めるエルニシアが拳を掲げながら告げれば、皆もそれに答えるように声を挙げた。彼女達からすれば長い道程の中の大きな出来事になるだろう。
後ろ盾の少なかった彼女達からすれば、聖国は疎か一定の国で多くの信者を抱えるユーネ=マリア神から認められた事は、何にも代えがたい後ろ盾となった。
顔色を真っ青にしながらも認めざるを得ないと神託を告げた母クラリスには多少の申し訳無さはあったものの、それ以上に夢の実現が大きく近づいた喜びの方が勝っていた。
学園を卒業してからの二年間、本当に色々あったのだ。今でこそ一枚岩となったヴァルキリーも、エルニシアへの不信を募らせたメンバーとの対立等、問題が少なかった事の方が少ないのである。
「団長ーーううん。エルちゃん、色々ありがとね」
そう言って微笑むのは苦楽を共にした副団長ルーチェである。出会いは最後の世界大会だ。夢物語に意気投合し、ここに辿り着くまで、一貫してエルニシアを支えてきた彼女は子爵家の次女である。
母が王族出身で公爵令嬢のエルニシアとは元来話す機会も無いかもしれない立場の彼女だが、今では生涯の友になり得ると思う程に信頼を寄せていた。
「こちらこそだって‼ルーチェが居なかったら両親との折り合いが着かなかった時に諦めてたかもしれないし‼これからもヴァルキリー、大きくしてこうよ‼」
「うん!ーー団長、ノノワール嬢が来られました」
喜びの声に湧くヴァルキリーの面々の間を縫うようにして現れたノノワールを見て、ルーチェは表情を改めた。それに応えるようにエルニシアも表情を変えてーー。
「ノノワールちゃん、待ってたよ。連絡はどんな感じ?」
「人間の王を名乗るブラントンから連絡が来ました。十分後に迎えを寄越すそうです」
「迎え......ねぇ。ってことはやっぱりメルトニアさんか」
「......そうですね。転移魔法が使える人は殆ど居ませんから......」
思う所が無い訳ではない。いや、思う所しかない。友人で、友人の婚約者で、闘技大会の時はお世話になった人物なのだ。何を思って裏切ったのかーー悲しみや怒りが入り混じり、胸を掻き乱すのである。
続く言葉が浮かばず、押し黙る二人を見てルーチェは心配そうに胸の前に拳を置いた。
「やっほ〜。お久〜。とりま、迎えに来たよ〜」
そんな雰囲気をぶち壊すかの如く、何時もの軽いノリで現れたメルトニアに皆は言葉を失った。特に多くの感情に苛まれていた二人は開いた口が塞がらない状態だ。
裏切り者のSランク冒険者が来るから警戒するように、と険しい表情で念を押されていたヴァルキリー達も困惑の色が隠せない。
「ーーやっほ〜じゃないでしょ‼皆の事、裏切って‼よくそんな軽い調子でーー「エルニシアちゃん、たんま〜。そうだけど、そうじゃないっていうかさ〜。とりま、ミレイユちゃんとハーマインさんは助けるよ〜」
「......はい?」
怒りに声を荒げたエルニシアも、その言葉には思わず呆けてしまった。
「メルトニアさん、どゆこと?」
一早く思考を取り戻したノノワールに「どうもこうも言葉通りなんだけどね〜」と彼女は人差し指を顎に添えてーー。
「まあ、簡単に言うとメルトニアさんスパイ大作戦的な〜?ハーマインさんは転移で家に逃したし〜、ミレイユちゃんも、とりま見た目上は捕まってるように細工したけど自由にした訳よ〜。まあ、皆、無事にって考えると先行部隊と合流したいし〜?二人共を転移で逃がすのは怪しまれるから〜、ミレイユちゃんには一芝居打って貰ってるけどさ〜」
「......ってことはメルトニアさんは味方ってこと?」
「ーーとりま、そういう認識で構わないよ〜。ちょいちょいあちら側のフリはするけど、助けれるだけ助けるつもりだし〜?......少なくとも今はね......」
ボソボソと付け足すように告げた言葉はエルニシアやノノワールの安堵の息に掻き消された。胸を撫で下ろしながら「もう‼そういう事なら上手いこと連絡して下さいよ‼暗号とか色々あるでしょう‼」と詰め寄るエルニシアに「ごめんって〜、やっぱ、敵の本拠地だから中々難しくってさ〜」とメルトニアは苦笑する。
「本当良かった〜‼やっぱり、友達とかが裏切ってるかも、と思ったら、もう気が気じゃない〜‼メルトニアさんが味方なら百人力じゃん〜♪」
すっかり元気を取り戻し、嬉しそうにしているノノワールに対して彼女は「ふっふっふ〜、ミレイユちゃんのことは任せなさ〜い」と胸を張って笑った。
「ーー盛り上がっている所で悪いですが、私は貴女を疑っています。副団長として、そういう目線を持つことをお許し下さい」
喜びに水を差す冷静な声色ーー怪訝な表情を浮かべメルトニアを見詰めるルーチェは流石に今の状況を諸手を挙げては喜べなかった。
今まで聞いた情報全てが、メルトニアが敵であることを示していたにも関わらず、今になってスパイだと言われて、はい、そうですか、とは言えない。友達を信じたいとする二人の気持ちは理解出来るが、ならば、尚更自分が疑わねばならないと思うのである。
「ルーチェ。確かに状況は疑わしいけど、メルトニアさんはそういう人じゃーー「良いよ〜。というか、ルーチェちゃんだっけ〜?貴女の言うことは正しいし〜?いや、私が騙してるって話じゃないけど、こうして急に現れたら、まずは疑って然るべしだし〜。ま、とりま、そういう目線で見ててよ〜。言ったことは守るからさ〜」
メルトニアを擁護しようとしたエルニシアの言葉を遮って彼女はそう笑う。仲間を守る為に嫌われ役を買って出ている。それでいて非常に冷静で合理的な素晴らしい判断を下している。
そういう面にメルトニアは非常に好感を覚えた。そして、自分に持っていないものを持っている人物として輝かしささえ感じていた。
「メルトニアさん.....」
何とも言えないと表情を暗くしたノノワールに「良いって良いって〜!それよりも二人は彼女の事見習いなよ〜!あからさまに怪しいでしょ〜?私〜」と笑うのである。
その後、ミレイユの詳しい状況等を話し始めたメルトニア。奪還作戦の詳しい内容を詰めるや否や転移魔法の印を描いた。
「んじゃ、あんま遅くなると面倒な事になりかねないから行くよ〜。とりま、島に着いたらブラントンに会ってもらって〜。作戦実行はそれからね〜」
そして、皆は転移の光に包まれ、姿を消した。潜入するものの中で、中心部に最も近しい場所へと向かうヴァルキリーとノノワールーー。その命運を握るのは紛れもなくメルトニアであった。




