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結界を前にして立ち往生していたのはエルフレッド達だけではない。軍艦を走らせ、先行部隊として潜入作戦に当たっていたアハトマン一行を大いに悩ませるものだった。
ジャノバがロケットランチャー式魔法銃を取り出して当てつけのように撃ち込むが、高威力のそれを以てしてもびくともしない。
「畜生っ‼こうなったらレールガンでもぶち込むかっ‼」
「魔法で強化して人間砲台にでもなる気ミャ?意気込みは結構だけども、そんなことしたら軍艦の方がおじゃんになるミャ」
あくまでも冷静にツッコミを入れるコガラシに「わかってるっつうの‼そのくらい焦ってるってことだよ‼」と声を荒げた。
「冷静さを求めたいところですが気持ちは解ります。このままでは任務遂行に支障が出てしまうでしょう。ヴァルキリーの孤立、エルフレッド殿の部隊の消耗ーー何方も避けなくてはなりません」
腕時計にて時間を確認するアハトマン。世界大会の決勝は既に始まっているだろう。そして、戦況によってはノノワールが動き出していてもおかしくはない時間だ。
「まずはやれる事をやるべきミャ。周りに被害を出さない威力の最大限の攻撃を当てつつ、他の部隊と連絡を取り合って状況の確認と共有ーーその上で次善の策を見出すニャア。焦るのはそれからでも遅くない筈ミャ」
あくまでも冷静に指示を出すコガラシの姿に二人は顔を見合わせた。
「確かにその通り何だが......こうは言っちゃあなんだが、どうも違和感が拭えねぇ......」
「失礼ながら私も同感ですな......いや、過去を振り返れば、こういう姿が普通だったようにも思うのですが......」
大胆不敵ながらも時に冷静な王者の風格を持つ男、コガラシーー。記憶を辿れば、それ以上でもそれ以下でもない。しかし、何故だろうか?そんな姿を見た覚えが全く無いように感じてしまう二人である。
彼は苦笑いを浮かべながら「学園以来、あまり顔を合わせる機会がなかったジャノバはまだしも、長い間、相棒として戦ったアハトマンがそれを言うのはおかしいのミャ。しっかりして欲しいのミャ」とやれやれと言わんばかりに首を振った。
「うーむ。完全に子供が出来てからのコガラシの印象のせいだと思うが......尻に敷かれてるし......」
「考えてみればコノハ様の子息なのだから威厳があって然るべし何ですが......尻に敷かれてますから......」
「......何か言ったミャ?」
「「いや(いえ)、何も」」
ギロリと眼光を鋭くしたコガラシを見て二人はいえいえと首を振る。何はともあれ、こういう時に頼りなる人物なのは有り難いのだ。
「まあ良いミャ。とりあえず、他の班と連絡取るミャ。その間にこっちは虎猫流の技を結界にぶつけてーー」
咳払いを打ち、今後の方針を決めていた時だった。バリバリと大気を喰い破る轟音ーー。天空より、とてつもない魔力を伴った黒紫色の閃光が結界目掛けて飛来する。
その破裂音はミサイルの如くーーされど結界を破壊し尽くすまで途切れる事はなかった。結果的には相殺したかのように魔法だけが打ち消し合って効力を失ったが、目的は達成されたと言ってよいだろう。
「......何だったんだよ?一体」
「さあ、なんだろうミャ。まっ、とりあえず、目的は達成されたから、それで良いミャ」
呆然としながら思わずといった様子で呟いたジャノバの横で、コガラシは肩を竦めながら言うのだった。
「む、エルフレッド殿から連絡ですな。ーーこちら、アハトマン。エルフレッド殿如何した?ーーふむ。状況は理解した。両人には間違いなく伝えておこう」
丁度良いタイミングでの連絡に何やらを察したジャノバが「エルフレッド達の誰かがやったのか?」と聞けば「ええ。その通りです。エルフの姫君であられるアリエル殿が精霊魔法を使ったようですね」と言いながら携帯端末を切った。
「ただ、あの出力ですから相当消耗されたようですな。こちらの軍艦に合流したいと言われておりました」
「なるほどミャア。ということはこの中の誰かが、船に残る必要があるだろうミャ。先行潜入部隊とエルフの姫君の護衛ーーわざわざ合流したいというくらいだから、巨龍に乗って帰るのが困難なんだろうミャ」
「元来ならばコガラシ殿にお願いしたいところですが......我が国の戦艦ですから、ここは私が残ることに致しましょう」
本来の作戦で言うならば、ここで残るべきはサポート役のコガラシだろう。しかし、護衛と戦艦の指揮を同時に担える人物と考えた時の適任はアハトマンだ。
「ただ、敵を倒して帰るだけなら誰でも良かったんだろうがーーコガラシ、学園以来だが足引っ張んなよ」
不敵な笑みを浮かべるジャノバを見ながらコガラシも口角を上げた。
「こっちの台詞ミャ。長年の相棒だったアハトマンの代わりをやってもらわないといけないニャア。DAYS作戦も使えない分、実力で補って貰わないとミャア」
コツンと拳を合わせて「天才舐めんなよ?」と笑ったジャノバはエルフレッドと連絡を取り合っているアハトマンの方を向いてーー。
「つうか、DAYS作戦ってなんだ?」
「DAYS作戦は以前戦った相手と、状況が似ている相手と相対した時に、似ていた戦闘の日付けを告げる事で、同じような戦い方をする作戦の事ですね。例えば、六・一五」
「シーサペントミャ。船上から沖側に追い込んで仕留めるミャア」
「......全部、覚えてるのかよ。やべぇな」
尊敬するというよりは若干引いている彼を尻目にーー。
「ニ・一ニのニ」
「グランリザードミャ。森の木々の合間を敵を中心に旋回、最終的には挟み撃ちにしてしとめるミャ」
とDAYS作戦談義に花を咲かせている二人であった。
「ーーさて、そろそろ見えて来ましたな?御二方、潜入の準備を」
双眼鏡を片手に上空を見上げ、アルドゼイレンの姿を確認していたアハトマンが告げる。雲一つ見当たらない晴天の空に黒の点が一つーー物凄いスピードで大きくなっていくのが見えた。
「挨拶はーー必要ねぇな。先行部隊が潜入しなけりゃあ作戦が始まらねぇし。エルフレッドにはよろしく言っといてくれよ?」
「まあ、あのスピードだと遅れても一、ニ分だろうけどミャ。結界に手間取った以上、ヴァルキリーが心配ミャア。バタバタ行くとするミャ。まあ、三十分もあれば粗方の事は解決出来るだろうから、そのつもりで伝えて欲しいミャ」
二人はそれぞれ伝言を頼むと潜入用の小舟が用意された船内へと降りていった。
「確かに承りました!二人のご武運を祈ります!」
その背に敬礼を送り、アハトマンは再度上空に視線をやった。太陽を覆うかの如く徐々に近づいて来る大きな影に目を細め、彼等の到着を待つのだった。




