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天空から島へと向かうエルフレッド達は多くの異形に遭遇しながらも順調に世界政府の島へと向かっていた。
「数ばかり多くては相手にならんな‼とはいえ、魔力等を奪われ続けないようにせねばならんのは変わらんがーー」
雷を纏い敵の間を纏うように進むアルドゼイレンが煩わし気な表情で告げる。
「そうですね。特にエルフレッド様には温存に努めて欲しいですから......我々がもっと頑張りませんと」
一旦、纏っていた精霊を解除し、消耗した体力に上がった息を整えながらアリエルが辺りを見渡す。埋め尽くさんばかりに周りを囲む異形の群れーー多くが命無き者なのか、自身を省みない愚劣極まりない特攻を繰り返し散っていく。
アリエルの周りをフヨフヨと舞う霊魂のような精霊が何かを伝えるかの如く、彼女へと近付いた。
「何かあったんですか?」
「ーー精霊様曰く、強い魔力の高まりを感じるそうです。エルフレッド様、アルドゼイレン様、警戒を強めるようお願いします」
険しい表情を浮かべ、警戒を投げ掛けるアリエルに彼等はそれぞれ相槌を打って身構える。雲の白が空の青と斑に見える程の速さで過ぎ去っていく中で、黒の異形は異質且つ醜悪だ。
そして、いくら後方に包囲網が組まれ民間人に被害が及ばぬように工夫されているとはいえ、全く無視して進める数ではない。あくまでも剣術のみだが、届く範囲の敵は切り捨てながら、エルフレッドは胸に浮かぶ不安に思うのだ。
(これだけの数......皆は大丈夫なのだろうか?)
確かに一体一体は強くない。アハトマン、コガラシ、ジャノバの三人ともなれば戦力的にはこちらと大差無いだろう。負ける姿は想像もつかない。
だが、そこを突破されればゼルヴィウス率いる軍隊ーー更にその後ろはアードヤード国民である。不安を覚えるのも無理は無かった。無論、エルフレッドとて軍に所属する人々を侮っている訳ではない。集団の力は個の力を凌駕する。
そして、更に言えば国内を主戦場とする騎士団や辺境警備軍等の防衛隊もいるので即座に民間人と異形がかち合うことも無いだろう。
だが、自分達やアハトマン達に比べれば単純な戦闘力が落ちる事は否めない。戦局は不明だが死傷者が全く出ないなんて、そんな都合が良いことは起こり得ないのだ。
その数を少しでも減らしたいが、自身の役割はあくまでもルシフェルを倒す事ーー相手の強さが解らぬ以上、温存という形を変えることは出来ないのだ。
そんなジレンマに襲われ、表情を歪めた彼の耳にアルドゼイレンの豪快な笑い声が響き渡った。
「傲慢な風、エルフレッドよ‼ソナタの気持ちは理解出来る‼少しでも被害を減らしたい‼この数の異形を見れば、そんな気持ちにもなるだろうな‼」
エルフレッドが切り捨て、アルドゼイレンが蹴散らし、アリエルが撃ち落として尚、終わりの見えない異形の群れーー彼が不安を覚えるのも仕方がないことだろう。
「だが、良く考えるのだ‼最も早く被害を減らす方法ーーそれはソナタがルシフェルを倒す事に他ならん‼雑魚共はソナタを送り届けた後に我とアリエルが相手どれば良かろう‼何でも一人で解決しようとする必要は無いぞ‼」
「そうですよ!エルフレッド様!異形の群れは私達や軍部、そして、騎士団の方々でも対応出来るでしょうが、ルシフェルと渡り合えるのは現状エルフレッド様しか居ません。そのことを念頭に置いて戦って頂かないと全てが無駄になってしまいます!」
その言葉に彼は目を閉じた。現状、ルシフェルと渡り合えるのはエルフレッドだけという言葉ーーそれは事実ではあるが真実ではない。
名実共に最強と言われるに相応しい功績を得たエルフレッドだが、単純な実力ならば既に彼を上回っている者が居ることを知っている。
それは復調したシラユキ、そして、その娘、アーニャだ。八百万の神を使役するシラユキは言うまでもないが、暴走状態ではない冷静なままのアーニャが神化をした状態で戦ったとなれば、エルフレッドとて勝つ事は難しいだろう。
しかし、前者は一国の女王ーー少なくともライジングサンに害意が近付かない限り命を賭けた戦いに赴く事は難しく、後者に至っては現在身重の状態だ。少なく見積もっても後半年以上は戦場へと出る事は出来ないのである。
となれば、身軽に動けて且つ最高峰の実力を持つ彼が現状、ルシフェルと渡り合える存在という言葉は嘘ではない。
そして、エルフレッドがルシフェルを倒すというシナリオが最も被害を抑える方法なのは間違いなかった。
「確かに皆の言う通りです。ルシフェルに集中するようにしますーーが、腕慣らしぐらいはさせて頂きますよ?」
大剣を鞘にしまい空間魔法の中に入れた彼はシンプルながら圧倒的な存在感を放つ長剣を取り出すと、大剣の時とは違う構えを見せた。
何かを感じ取った異形が口を開き、襲い来る中でエルフレッドは八相の構えから最速の袈裟斬りを放った。波状に襲い来る異形を返す剣で払い裂き、そのままの動力を利用して巻き落とすかの如く逆袈裟に裁く。一体一撃の鮮やかな三連撃に、遠距離の敵を撃ち落としていたアリエルが感嘆の声を挙げた。
「見事ですね。エルフレッド様に使えない武器はないのですか?」
瞳を輝かせながら問いかける彼女に曖昧に笑んだ彼は「全ての武器を試してはみてますがちゃんと使えるのは剣、大剣くらいですよ?それに剣も、この浄魔の剣を手に入れるまでは忘れかけていた程度の腕です」と語る間に隙を突くかの如く間合いを詰めていた異形を払い上げるようにして切り捨てた。
「さて、魔力の高まりという事だったがーーなるほど。エルフレッドよ。中々面倒な物が用意されているぞ?」
遠くを見るために目を細め、前方を眺めていたアルドゼイレンが口角を上げながら告げる。
「厄介な物?......なるほど。これは確かに厄介だ」
同じようにして遠方を覗き見ていたエルフレッドは僅かに見える目的地が、黒の半透明の何かに覆われている様を見て眉根を寄せた。
「進入防止の結界......ですね?」
状況を理解し、確認するように告げるアリエルにエルフレッドが頷いた。黒の半透明がドーム状に展開されているそれは紛れもなく結界である。御丁寧に海からの侵入を防ぐように展開されている所を見るに、海に隠れた部分も含めれば球状の結界なのだろうと予想出来た。
何にせよ、面倒な事になったと突破する為の方法を考え始めた彼に対して、精霊と話し合っていたアリエルが声を掛けた。
「エルフレッド様、此処は私にお任せ下さい。どうやらユーネ=マリア様が付いていくように命じたのはこの為だったようです」
「大丈夫ですか?かなり精巧な結界に思いますがーー」
ルシフェルが作ったのか、はたまたメルトニアが作ったのかーーその辺りは不明だが、一点の歪みも見当たらない結界は、力づくで破壊するにしても相当な力を要するように思えた。
だが、アリエルは何処と無く余裕さえ感じさせる不敵な笑みを浮かべるばかりだ。先程と同じように精霊に力を借りる為の印を描くと彼女は不敵な笑みもそのままに口を開いた。
「以前、我々エルフは宗教以外は獣人族との類似点が多いと言いました。全く同じという訳では御座いませんが我々にも女系継承が行われていると確認する方法があるのです」
そう告げる彼女の体を紫黒い輝きが包み込んだ。
あちらとは違って私達の場合は王族のみですがね、と付け加えるように呟いた彼女は、島を包み込む結界に向けて、黒紫の光に包まれた右手を翳した。
「闇の精霊の力を借りる事が出来るのはダークエルフの血族のみ。その絶大な力をお見せしましょう!」
気合いの声と共に放たれた黒い稲光状の閃光は、轟音を轟かせながら天を走る。そして、遂には結界に到達ーー大気を揺らし喰い破る轟音をたてながら結界と衝突するのだった。




