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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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20

 その終わりは呆気なかった。


 賊達は相対しているのがエルフレッド達だと解ると我を忘れて逃げ始めた。白の髪に頬の傷ーー、そして、身長程ある大剣はあまりにも有名過ぎたのだ。元Aランク冒険者さえも戦うことはなく武器を捨てて這いつくばり命を乞うた。あまりの惨めな姿に賊とはいえ同情を禁じえなかった程だ。とはいえそれも致し方ない。エルフレッドが恐ろしいのは当然のことだが引き連れている軍勢も恐ろしかった。


 高い士気に目を血走らせ魔物の血で全身を赤く染め倒した魔物の一部を早馬で引き摺りながら追ってくるのである。きっと軍勢というよりは百鬼夜行でも見た心地だろう。


 拍子抜けであったとはいえ無意味な殺戮を好む訳ではない。エルフレッドは早々に頭目を捕縛して勝ち名乗りを挙げた。血走った目の者達が声なき声で歓声を挙げるさまは、とても人のものとは思えず逃げ延びた盗賊の証言によりーー。


 "魔物より恐ろしい鬼の辺境警備軍"


 として母親の脅し文句として子供達に語り継がれるのはまた別の話である。


 北方制定を早々に成し遂げて海沿いに簡易防衛基地の設立を命令し指揮を壮年の男へと譲渡したエルフレッドは後方で視察をしているエヴァンスと合流ーー帰還すると早々に旅立ちの準備をし始めた。


 明日からグランラシア聖国へと黒馬で向かい北西国境から市街入りを目指すルートだ。王都アイゼンシュタットから飛空艇で向かうルートより三日は早く着く予定である。その後、一日宿を借りてリュシカ達と合流。話をつけてあるという神託の巫女並び聖王と謁見という運びだ。そんなことを考えていると家令のルフレインに呼ばれたので両親と共に食事を取った。


 その際に金銭の話をした。自分の口座に入っている分は自由に使ってくれて構わないと言っているが親として街作りで相当な金額を使うであろうことを考えるといくら息子の稼いだお金とはいえ自由に使うのは忍びないということである。


 そのくらいの信頼関係は当然築いているが両親の納得を考えて領収書のコピーを部屋に置いておくように頼んだ。逐一携帯端末に連絡が来るのは面倒臭い上に巨龍の捜索中は見る暇もないだろう。


 大体横領するような人間ではないことくらい解っているから自由に使っても構わないと言ってるのだが我が親ながら生真面目なものだと思わなくもない。まあ、その傾向は完全にエルフレッドに引き継がれているのだがーー。


 夕食後に魔力の鍛錬と勉強をこなして何時もの時間に睡眠を取る。起きた後は準備の続きをしてランニング、剣術の型、体幹トレーニング、ストレッチで締めて朝食へと向かった。新邸宅のデザインについて母親に聞かれたが正直どうでも良かった。トレーニングが出来るスペースと海に近過ぎなければデザインはご自由にと伝えるとレイナが大層不満げな表情でブーブー文句を言ってきたので無視をする。


 母と自分の趣味は似通っている上に意見に相違があると結局文句を言い出すので息子の立場からすれば無駄な時間なのである。


「息子が構ってくれません」


 と、嘘泣きし始めたのでーー。


「そろそろ時間なので行ってくる」


 と、席を立つとケロリとした表情でーー。


「くれぐれも怪我には気をつけるのですよ!」


 ここまでが一つのコントのようなものだなと思わなくもない。今まで黙っていたエヴァンスも咳払いでそれを濁した。


「ヤルギス公爵家の方々、そして、グランラシア聖国の方々にくれぐれも失礼がないようにな。怪我には気をつけるのだぞ」


「間違いなく承った。行ってくる」


 携帯食などを突っ込んだ布袋を背負い大剣をからうとエルフレッドは馬小屋に向かって歩き始めた。


 エルフレッドの乗る馬は先日同様、他の馬よりふた周りは大きい黒馬である。その立派な体躯からよく早い馬なのではないか?と勘違いされるが実際スピードはそこまででもない。


 その真価はエルフレッドのような強靭な体の持ち主と大剣ーーそして、手荷物を一緒に持って乗っても難なく進める力強さと通常の馬のニ〜三倍の間は走り続けることの出来る持久力の高さだ。特にエルフレッドはショートスリーパーなので一日の移動距離を稼ぎたい場合は結果としてこの黒馬が最も長い距離を走ることが出来るのだ。


「今日も宜しく頼むぞ?」


 彼が声を掛けると黒馬は当然だと言わんばかりにブルルンッ‼︎と鼻を鳴らし地面を掻くのだった。













○●○●













 黒馬が駆ける。北東の平原地帯とは違って北西は湿地と森林で形成されていた。水は意外にも綺麗で開墾すれば水田が作れそうであった。エルフレッドは湧水が湧いてるところを見つけるとその匂いを嗅いで口に含む。


 飲みやすく重みも臭みもない。感覚的に軟水だと判断出来る飲み口だ。無論、水質検査や土壌調査は必要だろうが水田での稲作が理想だろうと携帯端末にメモしておく。元々バーンシュルツ領の特産は米、そして、牛であるため新たな領都に近い場所で主食の米が取れるのは理想的だ。


 湿地で走りにくそうにしている黒馬を土が乾いている場所で休ませて自身も少し寝っ転がる。確かに特出することはなかったが忙しい日々ではあった。木陰で心を落ち着けるなど最近では全く出来なかったことだ。夏であるにも関わらず日が少ないせいか、ともすれば体が冷えそうな感じさえある。彼は少し目を閉じて森の息吹に耳を傾けた。


 突然だがエルフレッドは別に対人戦が苦手という訳ではない。巨龍やベヒモスに比べて強い人間など早々居るわけもない。そして、必要とあらば切り捨てることにも抵抗はない。


 何故ならば切り捨てることを戸惑ったことで自身や大切な人を傷つける可能性があることをエルフレッドは知っているからだ。十二の時などは五十の賊を切ったが油断から命を落とし掛けた。その時の刺し傷は未だに背中に残っている。だから全く苦手ではないのだが偶に勘違いをしている人間が現れることがあるのだ。それが、まさか世界最高峰のアードヤード王立学園の教師であるとは思わなかったがーー。


 それは魔法戦闘学の一幕である。担任のアマリエ先生などは学園レベルで教わることなど彼には無駄だと解っているため特務師団時代の特殊訓練などを持ってきてはエルフレッドの授業とするが、その日、齢五歳の長女が発熱したことによって急遽休みとなった。


 その際、代役として現れた教師が二年Sクラスを担当する男性教師だったのだがエルフレッドが何時も通り特殊訓練に精を出していると「学生の内から戦闘の幅を狭めてはいかん!」と対人模擬戦闘に参加させようとした。


 エルフレッドとて自領で軍隊の訓練を着けてきたので手加減は可能だが最近は巨龍を倒した人間と戦おうなどという奇特な者は居らず対人戦闘から離れていた。そして、最新の戦闘が灼熱の巨龍であったために加減が解らなくなっていた。


 ーー何度もいうが担任のアマリエ先生は学園レベルで教わることなど無駄だと解っていた上で対人戦闘をさせるのは危険と判断していたために最悪アマリエ先生が手を合わせることはあっても生徒同士の模擬等は絶対に参加させなかった。


 別に悪い教師という訳ではない。とても生徒思いの熱血漢として知られている教師でスポーツながら格闘技の世界大会では優勝経験のある教師である。彼はエルフレッドの「生徒同士の戦いに参加することはアマリエ先生より禁止されています」という言葉をどう受け取ったのか対人戦闘は苦手と考えたらしい。


 教師との対人ということで了承。軽く腕を合わせたつもりだったのだが誤って腕を叩き折ってしまった。学園に常備薬としてエリクサーが置いてあった故に大事に至らなかったが状況確認の上で男性教師はAクラス指導へと降格することになった。


 生徒に厳しい上昇下降を設けている分、生徒の力量を計れない教師などには厳しい処分がある学園であった。


 では何故、突然そんな話をしたのかというと、この瞬間に油断ならない視線が八つーー。エルフレッドのことを見つめているからである。当然、彼は気づいていたが同時に別の厄介さを感じていた。


 エルフレッドに向かって石礫が飛んでくる。それをキャッチボールでもするかの如く受け止めるとエルフレッドは誰も居ない後方に向けて放って再度目を閉じた。


 すると視線の主達は木の枝の上を飛ぶようにしながら去って行った。そして、それを感じながらエルフレッドは溜息が溢れるのを禁じえなかった。賊ならば被害が広まらぬよう石礫を投げ返して撃退するところだが、あの身のこなしは賊ではない。


 携帯端末を開いたエルフレッドは面倒臭そうにメモを付け足した。



『北西湿地帯にエルフ族の姿有り』



 偉大なるユーネ=マリア神の森の子とされるエルフ族がどうやら近辺に住んでいたようだ。察するに人間の英雄はどの程度のものかと確認しに来たというところかーー。


 その何が面倒臭いかといえば平定しなければならない領内に不可侵の民が住んでいるのだ。当然討伐することは出来ない。その上で和平交渉の末に領地の折半をしないといけなくなったというわけだ。


 もしくはエルフも領民としなくてはならなくなるかもしれないのだ。ユーネ=マリア神を強く信仰する長寿かつ特殊な文化形態を持つ伝説の民の発見。これがバーンシュルツ領にとって吉と出るか凶と出るか、今の時点では全く解らないと言えよう。


(ある意味倒すだけの賊の方が楽だったな......)


そんな少々不謹慎なことを考えながら彼は体を起こして黒馬に乗るとその場を後にした。

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