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ジャノバの才能を持ってすればオンラインゲー厶のキャラ同様の動きをすることなど造作も無い事だ。ゲームで培った技の数々で現実をゲームのように遊び尽くすーー。
そんな意味合いを込めて自身をリアルゲーマーと称したジャノバはバニラフレーバーの高価な煙草を取り出して咥えると火を点けーー。
「才能は素晴らしいのに......良い歳した大人がそんな風に自称するのはちょっとダサいミャ」
口元からぽろりと煙草が転がった。想定していた言葉と全然違ったからだ。あれ?と振り返りアハトマンはどうかと見れば何だか難しい表情を浮かべーー。
「ダサいとは言葉が過ぎると思いますが少々恥ずかしいと言いますか......いえ、センスは人それぞれですから今は作戦に集中しましょう」
ジャノバは気付いた。この二人は真面目な常識人である。ノリやテンションでどうこうするタイプではない。学生時代のコガラシはもう少し馬鹿をしていたような気がするが、家庭を持った影響もあってか非常に落ち着いたようだった。
考えてみれば、もう四十代である。無論、ノリが違うというのもあるが何だか無性に恥ずかしくなったジャノバであった。
○●○●
世界政府の島にある収監者用の牢獄に男女の配慮無く詰め込まれたハーマインとミレイユは、ボロボロの風体で虚を見詰めていた。魔封じの腕輪が填められていることもあって、自身では治療する事も身を清める事もままならず、環境は良いとは言えない。
ただ、頃合いを見て定期的に現れるメルトニアが浄化魔法だけは掛けてくれる為、最低限の衛生状態は保たれていた。とはいえ、それだけで傷を治してくれる訳でもないので彼等が消耗していっている事に変わりは無いのだがーー。
カツン、カツンとブーツの音を鳴らして、今日もメルトニアが現れた。罵倒しようが、裏切りの理由を聞こうが無言を貫き去っていく彼女に最近は声を掛けることもない。
何時も通り、浄化魔法を掛けて去っていくのだろう、と視線さえ動かさず、されるがままにしていた二人はメルトニアが牢獄から離れず、こちらを見下ろし続けていることに気付き、顔を上げた。
「......何だい?流石に裏切り者のアンタでも明日には慰み者にされる私が憐れにでも思えたのかい?エドガー隊長を助けてくれたアンタが、まさかこんなことに加担するなんてねぇ」
「......」
皮肉めいた笑みを浮かべながら睨み、噛み付いたミレイユをただ無表情に眺めているメルトニアは何を思うのかーー返事が返ってこないとみるや彼女は溜め息を漏らした。
「......反応無しかい。用が無いなら早く帰ってくれ。余計惨めな気分にーー「ミレイユちゃん?だっけ?とりま、もう直ぐ助けがくるし、レディキラーは居ないから心配しなくて良いよ〜」
名前を思い出すのに時間が掛かった、と手を打ちながら言ったメルトニアにミレイユは眉を顰めた。
「......どういうことだい?」
「そのままの意味だよ〜。ブラントンはああ言ってたけど、レディキラーには元々別件の予定が入っててね〜。そっちの方が優先順位が高いんだ〜。んで、ミレイユちゃんが最後に会いたいって言ってたノノワールちゃんが駄々こねて、日付けを今日にしちゃったから諸にダブルブッキングしちゃったってわけ〜。だから、もうちょいで此処からおさらばだね〜」
驚きのあまり言葉を失ってる二人を前にして「とりま、ミレイユちゃんは私の闇魔法で今の傷の状態をコピーしてーー回復魔法に〜、魔封じの腕輪の解除でオーケーだね〜」とテキバキ脱走準備をしている。
「ど、どういうことだね?メルトニア嬢⁉」
驚きの声を挙げながら慌てふためいているハーマインに対してメルトニアは欠伸を漏らしながらーー。
「ハーマインさん〜。息子さんに感謝しなよ〜。息子さんのお陰でこうしてスパイ行為してるわけだから〜。うん?息子さんのせい?かな?」
息子さんのせいと言いながら、その表情はとても愛おしげでーー切なさを感じさせるものだった。感情の昂りと相反する諦めが彼女にそんな表情をさせているのだろう。
「スパイ⁉メルトニアさんはスパイだったのかい⁉じゃあ、私達の為にーー「ううん。そうじゃないよ、ミレイユちゃん。私がこうしてるのはあくまでもハーマインさんの息子さんーー私の婚約者の為なんだ。私は一時の僻みや妬みから皆を裏切って、彼さえも道連れにしようとした......どうしようもない女なんだ」
自嘲するような笑みを浮かべたメルトニアに言葉を失う。裏切った事実を認めて尚、婚約者の為にスパイ行為を働くとは一体ーー。
「二人共転移させるのが手っ取り早いけど〜。正直ノノワールちゃんとエルニシアちゃん達だけだと逃げ切れるか不安だし〜?とりま、ミレイユちゃんは一緒に逃げてよ〜。ハーマインさんは私と息子さんの家に転移させるね〜」
説明する気もないのか早々と転移の印を描こうとする彼女にハーマインは待ったの声を挙げた。裏切ったことは事実かもしれないが改心しているならば、罪を償うチャンスは与えられるべきだと考えたからだ。
「メルトニア嬢‼何があったかは知らないがアルベルトを思うならば、貴女も此処から出るべきだ‼スパイの話ならば、私が協力しよう‼貴女は世界政府の密命を受けてスパイとなり、我々を助けた‼そういう筋書きならばーー「いいえ。ハーマインさん。私はアルベルト君には相応しくないのです。彼にも初めは妬みで近付きました。私は人体実験の末に全属性持ちになった偽物......初めから全属性の人間なんて認められないってーー散々弄んでやろうと思っていたんですよ」
普段の緩い感じとは全く違う、落ち着いた淑女の様な口調で話しながら彼女は儚く微笑んだ。
「それなのに、まさか私が落とされてしまうなんて......後輩にも言われましたが、長寿族ながら六十の私が十代半ばの少年に絆されてしまったのですから......好意の反対に黒い感情を貯めていく生活に私は疲れ、逃げてしまったのです」
無論、アルベルトをルシフェルから守りたいという気持ちもあったが最終的には言い訳だ。結局はルシフェル側に引きずり込もうとしたのだから、言い訳以外にしようがないのである。
「そして、彼も実は先天的な全属性ではないと知った時、私は自分の醜さを知り、彼の隣に居る資格はないと思ったのです。ーー私が受けた実験から編み出された治療から得た力だったんですよ。とんだお笑い種でしょう?」
クスリと笑った彼女の手が仄かに光った。魔法の発動を知らせる印の形成にハーマインは声を上げる。
「待ちなさい‼息子はーーアルベルトはそれでも側に居たいと思ったのではないか‼今ならそれが出来る‼何故側を離れる必要がーー「相応しくないからですよ。私ではーー」
メルトニアは描いていた印を発動。ハーマインの転移が行われる。そして、消える間際まで何かを訴えかける彼に対して微笑むのだ。
「ありがとう。ハーマインさん。貴方を義父と呼べる人生を送りたかった」
見送って牢獄を去ろうと歩を進めるメルトニアに対して、今まで無言を貫いていたミレイユが問う。
「隣に居るのに資格ってのが本当に必要かい?」
メルトニアは何時もの調子で笑いながら答える。
「さあね〜。それは人それぞれじゃないかな〜?まあ、でも一つ言えるのは私がそう思っちゃったってことが重要ってこと〜」
答えの出し方など人それぞれーー。最終的に決めるのは自分なのである。自分がどう思うのか、それ以上の答えはないのだ。
故に「そうかい」と口角を上げたミレイユはそれ以上追求することはせずに別の問いを投げかける。
「それでアンタはこれからどうするんだい?」
「私?私はね〜、研究者らしく、どうしても結果を知りたい魔法を試しに行くんだよ〜」
メルトニアは後ろ手にヒラヒラと手を振りながら牢獄を後にするのだ。
「"対エルフレッド君魔法"の数々ーー。私の魔法は最強の英雄に通用するのかってことをね〜」




