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「そこまで言われてしまってはな......必ず生きて帰ると誓おう」
ーー異端ではあるが嫌いではない。寧ろ、エルフレッドにとっては好ましい考えだ。幼少期を寒さの厳しい貧しい村で過ごした彼とて命より重い物があるとは思わない。戦いになれば逃げれる敵ばかり相手にしている所為で命を賭けることになっているが、自ら死ににいっている訳ではないのである。生き恥を晒してでも生きて欲しいと言われて嫌な感情を抱く事もないのである。
「まっ、妾は王太子妃としてあんまり大っぴらには賛成出来ないけどミャ。リュシカが悲しむ結果はノーサンキューだから死んじゃ駄目だと言っておくミャ」
三、四ヶ月にしては大分大きくなったお腹を揺らしながらアーニャが笑う。国を思う者としては大多数の命より一人の命とは公言出来ない。しかし、あくまでも親友や友を思う者としてならば命を失ってはいけないと言える。彼女が今の立場で言える最大限の激励だと解っているエルフレッドは「王太子妃殿下の仰せのままにーー」と冗談めかしながらも騎士礼の形で答えるのだった。
「妾からは言えることはこっちは任せて頑張ってぇって感じかなぁ?学生の世界大会とルシフェルとの戦いじゃあ比べるまでもないだろうけどぉ、エルフレッドがサポートしてくれた訳だしぃ?こっちはちゃんと世界大会三連覇達成して待っとくからぁ!しっかり気張りなよぉ!」
若干歩きづらそうなアーニャを支えながらルーミャはグッと拳を握ってみせた。考えてみれば神化の暴走や偏った思想などはあったが、その辺りが修正されて以来、大きな問題を起こす事なく要所要所で必要なリーダーシップを取ってみせた彼女は正に女王の後継者に相応しい人物であった。
......後は変な男に捕まらない事を祈るばかりである。
そんな事を考えながら返事をしていると「......何か妙なこと考えてなぁい?」と細めた視線を向けられたので「いや、何故だが二年の文化祭の時にダメンズな話を聞いたのを思い出してな」と正直に答えると彼女は遠い目を空に向けーー。
「妾、最近思うんだぁ。もうさ、いっその事、一から育てるのはどうかってぇ。そしたら元の素養とかあんまり関係ないかなぁってさぁ」
何だか売れないホストにお金を注ぎ込む女性社長のような事を言い出したので「そうか。まあ、頑張れ」とだけ言っておくに留めた。
「エルフレッドには皆感謝してる。それに恩も返せてないから......負けないで」
アルドゼイレンとの話を終えたイムジャンヌが世界大会のメンバーが集まっているところに戻ってくるなり言った。個人的には恩を返されていないとは思っていない。それに何より移動だけとはいえアルドゼイレンにも敵地に赴いてもらうことになるのだから、感謝こそすれど恩を返すべきだと思う筈も無い。
「産まれたばかりのイムエリスが居るにも関わらずアルドゼイレンを借りるんだ。恩返しとしては充分過ぎると思うが?」
「アルドゼイレンの分はそうかもしれないけど......私はお姉ちゃんの件や特訓の件だってあるから。聖国に行く前にはちゃんと返したいと思ってる」
その都度、御礼や謝罪を受けていたという認識だったが彼女は返しきれてないと考えているようだ。エルフレッドは顎下を触りながら考える素振りを見せたものの納得したように頷いてーー。
「解った。ならば、その為にも必ず生きて帰るとしよう」
「うん。そうして。きっと聖国に行っても家族ぐるみの付き合いになると思うから」
「そうだな。聖国にはリュシカの祖父母も居る。アルドゼイレンとも何らかの形で会うことになるだろうからな。よろしく頼む」
「うん。こちらこそ」
そして、微笑んだ彼女を見てエルフレッドも微笑んだ。男女の友情という意味では正しくイムジャンヌとの間の事を言うのだろう。最低限の礼儀はあれど過し易い仲であったと感じている。
「エルちん......」
「ノノワール。心配するな。エルニシア先輩やヴァルキリーの方々も居る。確かな情報筋からミレイユさんの生存も確認されている。ーー先ずは世界大会に集中して、それからだ」
ノノワールの状況を難しくしているのは彼女が正しい友情や愛情を中々得られなかったせいであろう。それは性別よりも彼女に理解を示す者があまり居なかった環境のせいだと考えられた。
本人の言う惚れ易さも愛情を求めている結果だ。両親から得られなかった深い繋がりを異性に求めているのである。そして、彼女からみて初めて出来たちゃんとした友人がエルフレッドだった。それ故に時にリュシカを嫉妬させる程の強い情を見せていたのだろう。
何よりエルフレッドはノリが合えば馬も合う彼女には正しく愛情を注いでくれる人物と幸せになって欲しいと考えていた。止められぬ復讐心は罪を償うべき両親で最後にして、心穏やかに生きてくれる事を切に願っているのである。
「わかったよ、エルちん。エルニシア先輩、ヴァルキリーの皆さん、よろしくお願いします」
深く頷いた彼女はエルニシア達の方を向くとペコリと頭を下げた。
「もちのろんよ‼ノノワールちゃん‼神託を受けしヴァルキリーの力篤と見せてあげるわ‼......是非成功した暁には観劇のチケットなどを約束頂けるとやる気が倍増っていうかーー」
手のひらをすり合わせながら付け足すように告げるエルニシアに副隊長が「こらこら。隊長、ヴァルキリーが私利私欲に走ったら駄目でしょう?大体、それ以前に隊長って聖女だし......」と苦言を呈すれば彼女は頭を掻いてーー。
「いや、仕方ないって!大ファンなんだもん!前も良い舞台良い席で見せて貰ったのよ!先輩って事でさ!それから、聖国に来る度にS席買って行ってるんだけど、最近、ファンクラブの抽選外れちゃってるのよ!もう手段選んでられないっていうかさ!」
全く反省した素振りを見せずに宣うエルニシアを見ながら他の隊員達が顔を見合わせ苦笑する。そんな彼女等を眺めながら、少し表情を柔らかくしたノノワールは何時もの調子でニコリと笑ってーー。
「良いですよ〜♪何ならヴァルキリーの皆様、団体様で御招待しちゃいま〜す♪だから、今日の護衛とミレイユさん救出頑張っちゃって下さいね〜♪」
「ノノワールちゃん、やっば!マジやっば!もうやる気が天元突破しちゃいそうなんだけど!」
ガチ喜びテンションMAX状態と化しているエルニシアはさておき、自分達まで招待されるとは思っていなかったヴァルキリーの面々も今をときめく若手女優の舞台が観れるとなれば流石にテンションが上がるらしい。申し訳なさそうな表情で「私達まで申し訳有りません」と生真面目に告げる副隊長でさえも何処と無く嬉しさを隠せない様子だ。
「エルフレッド様、そろそろーー」
彼女等のやり取りを前に時間を確認していたアリエルが耳打ちする。
「わかった、ありがとう。ーーそれでは皆、健闘を祈る」
準備万端と言わんばかりに身を屈めたアルドゼイレンに飛び乗って、手を上げたエルフレッド。去り際に駆け寄ったリュシカは人一倍大きな声を張り上げた。
「ルシフェル退治を成し遂げ、必ず帰って来るのだぞ!エルフレッド!」
その言葉に後ろ手で答えたエルフレッド。皆が見送る中で青々とした冬の空に吸い込まれるように徐々に小さくなっていく姿。皆はエルフレッド達の姿が完全に見えなくなるまで晴天の空を見送り続けるのだった。




