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和やかなネタばらしはさておきナギサが齎した情報は衝撃的なものばかりであった。悲しいかな、多くの人々は長いものには巻かれろと考えるようだ。
正義はハーマインにあるにも関わらず、既に三分の一の世界政府の人間がブラントンの派閥に入ったそうだ。そして、残りの多くの人々は傍観を決め込むなどしている。ーー要は真に正義有る人間に味方する者は零に等しいのである。
無論、彼等とて命がかかっている。生き延びる為にそういった選択を取ったことを責めることは出来ない。しかし、世界政府に勤める者の多くはエリート中のエリートだ。当然ながら世界最高峰の学園であるアードヤード王立学園卒業者も数多く居る。
一般人に比べれば遥かに実力があり、正義の為に戦う力を持つ筈の彼等が全く戦おうとせず保身に走っているという事実は非情に悲しく、時に憤りさえ感じるものであった。
「彼等を弁護する訳ではないのですがねぇ。こうなった背景には敵対する者達に対して中々酷い事をしているというのもあるんですよ?例えば処刑した者の頭蓋骨でピラミッドを作って広場に展示したなんて話も出てましてねぇ......実際に見た訳ではないので真実は解りませんが少なくとも、そのような話が出るくらいの事はしてるのでしょう」
実際、ルシフェルの今までの行動を鑑みるに残虐な見せしめを行っている可能性は高い。エルフレッドの心情を考えてか真実かどうかはと濁したが、諜報員として優秀と言われる彼女が態々不確かな情報を持ってくるとは思えなかった。
「酷いことを......ルシフェルとやらは本当に人族の事など何とも思っていないようだ」
シラユキと共に前線に兵を送る者としての責務を果たす為に話し合いに参加しているリュードベックが額の辺りを押さえながら呻いた。
「それだけでは御座いません。飴と鞭とでも言いましょうか......敵対する者には無慈悲な態度を取りますが反面、味方する者には厚遇を与えてましてねぇ。例えば、家族に魔力欠乏症の患者が居る場合は無料で治療を行うなどは大変喜ばれておりますよ?まあ、黒の因子とやらを使って治療しておりますので、後々どんな影響が出るかは解りませんがねぇ」
ルシフェルより渡されし黒の因子を使い、メルトニアが治療を行っている。結果的に救われている人々が居るものの、彼女がルシフェル側に加担しているのは間違いなくなった。
そして、その治療が彼等にどんな影響を及ぼすのか、今の時点ではハッキリと解らないのである。エルフレッドは友人の関与が決定的になった事に強い悲しみを覚えたものの、表面上は続きを促すに留めた。
「それに世界政府の要人達は徐々にルシフェル派で固まりつつありますからねぇ。目先の権力という解りやすい報酬は何らかの事情で燻っている者達にとっては大層魅力的だと言えましょう。ーーというのが現在の島の現状ですねぇ。残念ながら侵略行為は非情に上手くいっている印象を受けますねぇ。続きましては具体的なルシフェル達の戦力ですがーー」
そう言って、テーブルに置かれた資料を配った彼女は自身もそれに目を通しながら説明を始める。主力と成り得るのはルシフェルから力を授けられたと考えられるブラントンとレディキラーだ。その配下に世界政府が有事の際に防衛などに使う世界政府軍の一部がついている。
そして、ルシフェルが召喚したと思われる異形の姿が度々目撃されていることも念頭に入れておかなくてはならない。潜入の際は必ず相対することになるだろう。
「ーールシフェル側への関与が確実視されているSランク冒険者、メルトニア氏ですが戦力として数えられるかは微妙ですねぇ。今の所、治療以外での関与は一切見受けられず、戦闘の場に立った話は皆無ですから......当然、戦力となった場合を考慮すれば用心するに越したことは有りませんが何とも言えませんねぇ」
ルシフェル側に居ながら自身が興味のあることにしか手を貸さない辺りは彼女らしいと言えば彼女らしいーーが、ナギサの言う通り用心するに越したことはないだろう。
「最後に纏めますとルシフェルの戦力はブラントン、レディキラー、黒の異形、そして、世界政府軍の一部。ーー潜在的には島に在中している世界政府軍の兵士約二千五百名は全て敵と思った方が良いでしょう。上が変われば従うのが軍というものですからねぇ。メルトニア氏は不明。ただ、現状味方だとは思わない方が良いでしょうねぇ。危険因子は黒の因子を埋め込まれた一般人といったところでしょうか?」
「ふむ。流石、大国ライジングサンが誇る諜報員だな。そして、美しい御婦人だ。ーーシラユキ殿の親族とは思えぬ」
「......何じゃ、アズラエル。お主は口を開けば妾を貶さなくてはならない病気でも患っておるのか?」
口を開いたかと思えば軽薄な笑い顔で告げるアズラエルをシラユキが青筋を立てて睨んでいる。一方で褒められたナギサは「まあ‼美しいだなんてアズラエル陛下ったら御上手ですねぇ‼こう見えて三児の母ですのよ‼」と尻尾を振ってやぁねぇ、と空を掻いた。
鼻を鳴らしながら「いえいえ、単純にシラユキ殿の美とは系統が違うと言っているのだ。シラユキ殿は何時までも可憐な少女のようであられる」と肩を竦める彼に「それは妾がまるで幼子のようだと言っておるのだろう?戯れたことを」と苛立たしげに片眉を上げた。
「ーーまあ良いわ。そんな事よりお主の所の弟はどうしたのじゃ?アズラエル。本日は参加予定だったであろう?無断で欠席するとは良い御身分じゃなぁ」
「......愚弟は婚約予定者に挨拶に行っている。話が長引いているのかもしれんな」
鬼の首を取ったような笑みを浮かべるシラユキにアズラエルは苦虫を潰したような表情を浮かべた。チラリとリュードベックに視線を寄こして、どうなっている?と言わんばかりの表情だ。
私もサッパリと困惑したような表情のリュードベックーーそんな王族の面々を見ながら、エルフレッドは冷や汗を浮かべていた。
「お、おい‼兄貴‼ヤバいぞ‼助けてくれ‼」
そんな空気の中、バタバタと走り込んできたの件の愚弟、ジャノバである。開け気味の正装に外れかけのベルトを押さえながら現れた彼を見て、ゲームのし過ぎで礼儀さえも忘れてしまったか?この阿呆が、と言わんばかりの表情で睨み付けるアズラエルに彼は慌てた様子のままーー。
「お、俺は無実なんだ‼挨拶に行ったら紅茶を出されたんだが、口にしたら記憶が飛んでよ‼覚醒したら隣にネグリジェ姿のリーチェがーー⁉」
そこまで告げて、漸く現状を把握したジャノバは顔色を真っ青に変えて口元を押さえた。
「これはこれは......弟殿は大層お楽しみじゃったようじゃのぅ?アズラエル殿?」
「......貴様。今年の年俸は無いと思え」
さも愉快と目を細めながら笑うシラユキに今度はアズラエルが青筋を立てた。
「そ、そんな⁉年俸だけはーーというか、兄貴‼俺は被害者なんだ‼勘弁してくれよ‼」
「貴様のせいでとんだ恥を掻いた。当然の報いだ。ーーして、リュードベック殿、どうやら愚弟は姫にとんでもないことをしてしまったようだ。どう責任を取らせるべきか?」
涙目で縋り付くジャノバを鬱陶しそうにあしらいながらアズラエルが意味有りげな視線を送る。元来、大公に一服盛るとはどういう事だと責められるべき所を態々そういう風に問いかける意図を感じ取ったリュードベックは一瞬、申し訳無さそうな表情を浮かべるも態とらしく険しい表情に変えてーー。
「......如何に大公と言えど、年端もいかぬ我が娘に手を出されては困りますな。これはもう十八など悠長な事は言ってられますまい。近日中に責任を取って貰わねば」




