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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(上)
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 月の綺麗な夜が嫌いになりそうだった。


 差し込む月明かりに隈の酷い目を擦り、窓越しにボンヤリと外を眺めたアルベルトは悲しみに支配された心情をそう捉えた。


 婚約者が姿を消した夜も、父が捕われ母と連絡が着かなくなった日も共に月が綺麗な夜だった。気付けば寝ていたのだろう。視界の端では閉め忘れた窓から吹き込む冷ややかな夜風に吹かれ、カーテンがユラユラと靡いていた。


 掛け布団を体に巻き付け、魔法を唱えて暖を取る。しかし、それでもこの寒さは消えない。体を温めるだけでは到底温める事の出来ないこの寒さを人は何と呼ぶのだろうかーー今の彼には考える事さえ億劫に思えた。


 何にせよ、嫌いになりつつあるそれを何時までも眺める趣味はない。今は部屋も出来るだけ真っ暗な方が落ち着くのだ。


 そう思った彼が立ち上がり、部屋の窓を締め、カーテンを閉めようと動き出した時ーー。




「ーーあらま、そんなに大きな隈作っちゃって〜」




 呑気に間延びしたような声は彼が長く求めていた声で、月明かりの逆光に浮かぶシルエットは見間違う筈もない。ずれたとんがり帽子を整えた彼女は何時もと変わらぬ表情ながら、瞳のみを黄金色に輝かせながら言うのである。




「とりま、話し合いに来たよ〜。ダーリンーー」




 捕らわれていた筈なのに何時もと変わらぬ彼女ーーメルトニアの様子に強い違和感を覚えながらも、アルベルトは自身の心が熱を取り戻していくのを感じていた。













○●○●













 メルトニアの心は弾んでいた。理由は何にせよ、アルベルトの顔を見る事が出来るからである。彼女の最終的な目的は明らかに人類に害しか及ぼさないルシフェルの元へと彼を引きずり込む事だった。時が経てば経つほど転がり堕ちていくだろうが、二人で居られるのならば、それでも構わないーー彼女はそんな事を考えながら転移の印を描くのである。


 そして、その為には手段を選ばないつもりでもあった。致し方無くあちらに着いている風を装うことも、最悪、人質を使う方法だってある。先ずは彼の出方を見て、それからーー。


 邸宅の屋根の上に到着して月を見た。ルシフェルの元へと向かった夜もこのような月をしていたと夜空を眺めながら思うのだ。自身の中にある暗い感情が炙り出されるかのような綺麗過ぎる月の色ーーその光を受けてメルトニアは微笑を浮かべた。


 さて、とりあえず中に入ろうかと、ふと邸宅側を見下ろす様に除けば、アルベルトの部屋の窓が開いているようだった。らしくない無用心さに少し心配になりながらも、ならばそこから入ってしまおうと魔法の力でフワリと舞う。


 作戦は多数練ってきた筈だった。致し方無くも共にルシフェルの元に向かい堕ちていくだけの作戦だ。しかし、目の下に大きな隈を作り、純粋に驚く彼の姿を見ていると何故だか、その気持ちが霧散していった。


「あらま、そんなに大きな隈作っちゃって〜」


 自分が自らルシフェルの元に向かったなど頭の片隅にも思っていない表情がメルトニアの醜い部分を刺激した。如何に好きであっても私ならば可能性を疑う。裏切りの可能性だ。人間なんてそんな生き物だ。孤児を騙して実験に使ったりーーそれで嫌な思いをしたにも関わらず、お金が無くなって生活に困れば()()()()()()()被験体に成りに行く。


 そんなどうしようもない生き物だからこそ、転がり堕ちることに戸惑いも無い。愛する人を道連れにしようと考えるーー筈が彼は何故だが寸分の疑いも無く自分が帰ってきた事を喜んでいるようでーー。


「とりま、話し合いに来たよ〜。ダーリン」


 それが堪らなく不快だった。彼はそうじゃなく、自分だけが醜いと言われてるようで恥ずかしくも感じた。そんな化けの皮を被っているならば剥いでやろうと湧き上がる憎悪が告げるのだ。


 私は貴方を裏切った。何故ならば昔、私は多くの人に裏切られたからだ。何も知らない長寿族とのミックスの孤児だと売られて実験台に使われた。全属性はその副産物でしかない。貴方とは違う紛い物だ。


 そして、そんな苦しみを得たにも関わらず自分は自分をも裏切った。他にも色々あったが生活費が底をついたからだ。違法実験の被験体になって報酬を得た。その代わりに自身の倫理感は崩壊した。


 だから初めに貴方に近付いたのも妬みからだった。私とは違う清い全属性持ちの存在が許せなかった。一杯実験に使って苦しめてやろうと考えていた。


 でも、結局私は貴方に好意を持ってしまった。だから最近は自身の悪辣な感情と板挟みになってしまった。それが辛くて苦しくて、貴方が人質にされたことを言い訳に私はルシフェルの元へと向かったのだーー。


 メルトニアは高ぶる感情に思いがゴチャゴチャになっていくのを感じていた。裏切られてどんな気分だと告げたいならば、態々好きになった事なんて言わなくて良かった。アルベルトにだって暗い感情があって、自分とさして変わらない。だから転がり堕ちても仕方無いとそう思いたかった筈なのにーー。


「そうだったんだ。それは苦しかったね」


 彼は微笑んだ。責めるような色を一切見せずにメルトニアへと近付いてーー。


「ごめんね。僕も怖くて言えなかった事があった。そのせいでハニーの事を苦しめてしまったね」


 冗談めかして苦笑しながら涙を零す彼女の事を抱き締めた彼は彼女の耳元に口を寄せてーー。




「僕の全属性も治療の副産物なんだ。僕は魔力欠乏症だったんだ」




 その瞬間、メルトニアの中で何かが音を立てて崩れていった。根幹に値する何かが儚く散っていったのだった。


「今は違うけど全属性の割に魔力量が少ないと思わなかった?細々した魔法は打ったけどエクスプロージョン一発で魔力を根こそぎ奪われるなんてさ。まあ、それでも同世代では多い方だったから不思議に思わなかったかもしれないけどーー」


 頭が回らないメルトニアへとアルベルトは真実を重ねていく。幸い両親に稼ぎがあったので治療を受ける事が出来た。反発する魔力が適応するまでに多くの苦痛を得たが、最終的には日常生活に支障が無い程の魔力と稀有な属性を得ることが出来たのだ。


 当然ながら、彼は自身の回復に使われた治療が作られた経緯を知りたくて調べていた。実は違法な実験から編み出された治療だと知った時は衝撃的だったが、尊い犠牲の元に自分は日常生活を送れているという事実に感謝を忘れた事は一時もなかったという。


「それも今日繋がった。だって、その治療が完成したのはハニーが被験体になってくれたからだったんだ。僕は君の犠牲の元に今日を送ってる。なら、僕は君の望むように生きよう。今が恩に報いる時かなって」


 そして、再度、ゆっくりと微笑んだ彼をメルトニアは呆然と眺めていた。様々な感情が渦巻く中で彼と自身の明確な違いを理解するのである。


「いいよ?ルシフェルの元で世紀の悪役になるのも?それに僕が人質にされたのは事実だから、婚約者家族が人質にされて仕方無くってシナリオもありかもしれない。全ては君が望むまま、僕は君の隣にさえ居られるのならば、それ以上は何も望まない」


 心の底が打ち震えた。全ての解決策も与えてくれた。そして、欲しい感情も与えてくれる。こんなに素晴らしい人はそう居ないだろうと心の底から思ったのだ。故にーー。




「ーーありがとう......もっと早く話していたら良かったね」




 自分が隣に居ることが酷く滑稽に思えたのだった。

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