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バーンシュルツ領の新たな領地となった北東平原地帯とそれに付随した小国家群までの海域が今回の視察場所だ。あのベヒモスが現れた場所である。将来的には北西グランラシア聖国国境付近も自領になるがそれはエルフレッドが領主になり平定した後の話である。まずは北方伯爵任命時に下賜された北東地域の平定、開発が今後の課題であるだろう。
父、エヴァンスの考えでは領内で最も開発しやすい平原地帯であり小国家群との貿易港となり得ることからバーンシュルツ領の新たな領都として新邸宅を作って移動する計画だ。そして、エルフレッドもその考えに賛成であった。王都までの距離は離れるが賊を討伐出来れば貿易地点として栄える事が確定的な上に辺境伯としての防衛拠点を作るならば間違いなくこの場所になるだろう。
ならば限られた資金の中で領都、防衛拠点、貿易港を其々開発するよりも、そのどれもを兼ね揃えた領都として開発したほうがより早く、より効率的に開発出来るはずだ。
「エルフレッド。この広大な土地を開拓するには時間が掛かる。しかし、今まで集めた資金を使い多くの人々を雇えば五年後には街となっていることだろう。そして、十年後には領都だ。そうするために早めの平定が必要なことは解っているな?」
白馬に乗って視線を寄越すエヴァンスに他の馬より体躯が二回りは大きい黒馬に乗ったエルフレッドが頷いた。
「今日彼等を連れてきたことを考えれば自ずとわかることだ。父上、敵は如何ほどか?」
二人の後方に控えるのはバーンシュルツ家が男爵となった際に下賜された王国軍新人中隊を再編し鍛錬した[辺境警備軍]。その中でも寄りすぐった精鋭部隊である。人数は三十名程で本格的な辺境警備が始まった際は幹部となることが約束されていた。
「数は百名いかないほどの野盗だ。頭目が元Aランク冒険者であったという話であるから、そこはエルフレッドの力を借りたいと考えている。賊としては大規模だが練度でいえばこちらの方が遥かに上だ。但し、地の利は相手にある。そこは注意が必要だろう」
Aランク冒険者ともなれば下位貴族は勿論のこと中位貴族にも匹敵する収入を一晩で得ることが可能だ。何故そのような者が賊をやっているかは甚だ疑問だが相対するならば蹴散らすだけである。
「父上、理解した。ーー皆の者‼︎この地は我らが土地となった‼︎そして、皆との約束を果たす栄華の地である‼︎しかし、その栄華の地も今は魔物が侍り賊が支配する土地だ‼︎皆の者、私は問おう‼︎約束された栄華を一早くその手に収めんという思いはあるか‼︎その為に諸君らがすべきことは何か‼︎今日という一日の働きがその答えとなるだろう‼︎進め‼︎更なる栄華の欲しい者は我と共に進むのだ‼︎」
辺境警備軍の精鋭達が声を挙げて馬と共に駆け始める。その雄叫びに下位の魔物が怖気づいて逃げていく姿が見えた。
「戦いは自分等に任せて父上は後方より視察を頼む」
「あい解った。頼んだぞ、エルフレッド」
エルフレッドは頷くと自身が乗っている大きな黒馬の腹を蹴り大剣を抜いた。
「一番の戦果は誰か‼︎皆の者‼︎私と競うのだ‼︎」
大剣を回転させ左右の魔物をバタバタと切り倒すエルフレッドに精鋭達の歓声が挙がった。
その昔、国の為と新人訓練を耐え抜いた彼等は自分達が辺境へと下賜されたことに落胆し希望を失いかけた。しかし、今はそのようなことを考える者は誰も居ない。
当たり前だ。国の重要拠点を任される未来が確定している稀代の英雄の戦いをその目に焼きつけることが出来る。そして、その元で信頼と共に任される重要な役割を自らのその手で勝ち取ったのだからーー。
「若様にーーエルフレッド様に続くのはこの私だ‼︎我が槍捌きを篤と目に焼き付けよ‼︎」
辺境警備軍総長、筆頭候補の壮年の大男がデッドホーンと呼ばれるCランクの魔物を一突きで仕留めた。かつてBランクの冒険者であった彼は新たな息子の誕生を期に一大決心して軍人となった。実績のある冒険者が新人中隊員として、そして、辺境に下賜されて舐めた辛酸は計り知れない。しかし、そこで腐らず実直で有り続けた彼は王国軍に残った誰よりも早く貴族になり得るチャンスに足を掛けている。
広大な辺境伯領を守る警備軍総長ともなれば男爵どころか子爵にも手が届く。開墾と警備に追われる中、著しい功績を挙げた彼は家族と共にバーンシュルツ邸へと招かれた。輝かんばかりの瞳を丸くして「大きな家だぁ‼︎」と辺りを見回す息子を嗜めながらも自身の視線が動くのを止められなかった。
それを咎めるどころか微笑ましい笑みで見ていた領主エヴァンスに男はこう言われたのだ。
「辺境警備軍総長になった者には報酬として"この屋敷と領地、そして、爵位"が与えられるであろう」
その言葉は男の魂を滾らせたと言ってもいい。息子の為に妻の為に稼ぎを捨て名誉を勝ち取った。だが、それを人は愚かと言った。齢三十にして収入よりも栄誉などとは嫁が可愛そうだと言う者もいた。嫁にも苦労させた。陰口を叩かれている様を知って胸を痛めた。だが、それを全てひっくり返せる程のチャンスが目の前にあるのだ。
「ウオオオ‼」
男の咆哮が魔物を黙らせた。竦んだ魔物を突き倒した男の勝鬨が皆を昂ぶらせる。
「オッサンに負けてられるかよ‼︎我、穿つ天の轟き!サンダーストーム‼︎」
次に動きを見せたのは警備軍総長争いで壮年の男性の僅か後塵につける魔法使いの青年だ。男爵家の四男で手付きの子である。その立ち位置はけして良いものではなかった。平民より良い暮らしができるのは今だけ、そして、嫡男が家を継げば平民落ちである。腐らず居れたのは幼馴染の存在ーー。
しかし、その幼馴染は嫡男と婚約ーー後に結婚したのである。
理由は簡単だ。相手は騎士爵の令嬢だった。愛情よりも爵位を取った。それだけの話だった。
青年は悔しくあったがそれ以上に情けなかった。欲しいものが指をすり抜けていくのは自分に力が無かったからだ。その後、自身には世にも珍しい雷の魔力が宿っていることを知ってからはそれを力にのし上がろうと考えた。アードヤード王国軍魔法部隊。魔法使いのエリートが選ばれるというそこに入れば自身の欲しい物をもう失わなくても良いと思ったのだ。
しかし、待っていた結果は辺境への下賜。アードヤード王国軍魔法部隊には届かなかったのだ。また、この指をすり抜けていくのかと目の前に暗い光が浮かんだ時だった。それは突如払われた。青年は珍しい魔法を使うという繋がりもあってか家令のルフレインと仲良くなっていた。
その日、珍しく酒に酔っていたルフレインは青年に向けて笑い掛けた。
「旦那様、奥様共に素晴らしいが、やはり、当家はエルフレッド様の功績が大き過ぎる。次は北方伯爵だそうだ。しかも辺境伯に内定したと聞いているぞ」
青年は確かにな、と思いながらも苦笑するに留めた。
「おいおいルフレイン。そんなこと言って良いのかよ?まあ、胸の内に留めて置くけどよ。つうか、その話ならお前は家令だから爵位でも貰えるんじゃないのか?」
青年が言うとルフレインは心底心外そうな表情で口を開いた。
「爵位か。確かに貰えるかもしれないな。だが、法衣貴族だろう?ちょっとの名誉と国から給金が貰えるくらいだ。大体それを言うなら......お前こそ、あの厳しい辺境警備軍の三十名に残ったのだろう?」
「ハハハ、まあ、お前が手伝ってくれたからな?頑張って幹部くらいにはなりたいと思ってるよ。まっ、何というか法衣でも貴族だろ?羨ましい限りだぜ......」
冗談めかして言ったが心底羨ましく思っていた彼は煽っていた酒を吹き出すことになる。
「いやお前、あの三十名だぞ?チャンスは俺以上じゃないかーー」
総長ならあの屋敷と周辺領に爵位、副総長でもグランラシア聖国国境付近の領と爵位が貰えるのだろう?
(騎士や軍人の名誉を持った爵位は通常の貴族より上位に数えられる。しかも領地持ちとくれば同じ男爵だったとしても比べ物にはならねぇ)
彼の実家は男爵とはいっても領地を持たない法衣貴族であった。要するに副総長以上になれば見返す事が可能なのだ。そして、彼には学もある。中位とはいえ魔法学園にも通っていた。上を目指すことが出来ないはずがなかった。
雷光がCランクの魔物ウェアウルフの体を焼き尽くした。見えた瞬間には到達している稲光は並大抵の魔物では躱すこともままならない。
「俺達は劣等生なんかじゃねぇ‼︎未来あるバーンシュルツ領の栄えある第一期生だ‼︎功績を挙げて大陸中に名を轟かせるぞ‼︎」
そんな青年の声が若い者を中心に熱いうねりを挙げる。指揮は歴代最高潮に達していた。
その双方から来る熱を受けてエルフレッドの頬は釣り上がるのだ。
(この熱だけでも賊たちは逃げていきそうだ)
「進め‼︎皆の者‼︎バーンシュルツ領の未来は皆の者の未来だ‼︎」
圧さえ感じるエルフレッドの激励に最大級の咆哮が返ってくる。その熱い想いを滾らせるままにエルフレッド達は賊の住処へと駆けていった。




