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アードヤード王国の王都アイゼンシュタットに向かう途中にある林道の一幕。
古びた荷馬車の中で、明らかに場違いな高貴な美貌と澄んだ切れ長の赤の瞳を持つ大人びた少女がスラリと伸びた足を組み替えながら言った。
「爺、今年は何やら話題性のある者達が入学するようだな」
傾国の美少女と言って差し支えない彼女の言葉に爺と呼ばれた初老の執事は溜め息を漏らしながら言うのだった。
「確かに西の国の獣人族の姫君、世界政府府長の子息、そして、あのジュライを倒したと言われているバーンシュルツ子爵家の子息が入学されるようですが......最も話題性を持つのは貴女様でしょう」
「......私の話は良い。気になる話といえばそのバーンシュルツ子爵の子息よ。爵位を賜って僅か数年で子爵まで登りつめただけでも驚きだが大半はその子息とやらが強い魔物を倒して功績を挙げたからなのだろう?」
多くの話題性を持つ彼女が自分の話題から話を逸らすように告げると初老の執事は再度吐きそうになった溜め息を堪えながらーー。
「仰る通りでございます。無論、バーンシュルツ子爵、夫人、共に素晴らしい人物で話題性のある人物ではございますが主な授与の理由は子息の功績にあるようです」
「ふむ......」
彼女は片肘をついて頬を乗せると暫し考えた上で呟いた。
「ーーその者は我が兄上より強いのか?」
その言葉に執事は言葉を詰まらせる。答えを誤れば次期当主に対する不敬とも取られかねない質問だったからだ。無論、その程度の事で罪に問うような人物では無いものの実直な執事にとってあまり答えたい質問ではない。彼が息を飲み、苦悶の表情を浮かべるのを見て少女は状況を察し苦笑いを浮かべた。
「なぁに兄上には言わんさ。私と爺だけの秘密だ。どんな言葉でも此処だけの話とする」
そう言われてしまえば彼も答えぬ訳にはいかない。何度目かも分からない溜め息を吐いた彼は彼女の耳に口を寄せ、彼女にしか聞こえないくらいに潜めた声でーー。
「一人でジュライを倒したとなれば恐らくですが......単騎での戦闘においてはカーレス様は疎か最強と呼ばれる御三方をも上回る可能性がございます」
少女はその瞳を輝かせると興奮した様子で訊ねた。
「それは真か!兄上は疎かあの三人をも上回るというのか⁉︎」
「はい。万全の状態のジュライを本当に一人で倒したのならば、ですが」
風の噂ではギルドの調査隊が調べた結果、間違いなく一人で倒したという結果だったとのことだが、執事はその噂を信じてはいなかった。 地方信仰では神とさえ呼ばれる七大巨龍である。腕に覚えがある程度で倒せる存在ではない。
もし倒せたとするならば世界有数のーー、否、世界一の戦士と言っても過言ではないのだ。そして、そんな存在でも倒せるかどうか解らない魔物である。それをギルドにて少々名の知れた一介の少年が倒したと言われて信じろという方が無理な話であった。
余程老体だったか、もしくは病を患っていたかーー。
それでも倒せるとは思えないというのがこの執事の考えであった。
「それは楽しみだ」
しかし、それを聞いた少女が年相応の笑みを浮かべながら心底楽しそうな声で呟いたのを聞けば、そのような無粋なことなど言える筈もなかった。きっと彼女はこう思ったことだろう。
自身と同等もしくはそれ以上の存在に出会えそうだ、と。
(バーンシュルツ子爵子息。せめて一目でも見る事が出来れば真偽の程も掴めようがーー)
かつては武功により近衛兵をも勤めたことのある初老の執事はそんな彼女の姿を眺めながら、そんな事を考えるのだった。