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転移魔法を使い、急ぎエルフ族の城へと向かったエルフレッドは礼を省いた形で遮音魔法の掛かった応接室へと通された。深刻な表情を浮かべるエルフの王族に促される形で席へと着いた彼に知らせを寄こしたアリエルが告げる。
「まずは突然の知らせにこうしてお越し頂いた事に感謝致します。そして、知らせに記した通り世界政府の島にて堕天使の物と思われる黒の魔力が確認されました。詳しくは神託を聴いた母より説明させて頂きます」
エルフレッドが頷くのを確認したアリエルが母親であるエウネリアに目配せすると彼女は頷き、彼の方へと顔を向けた。
「今までは完全に隠されていたこともあって解らなかったようですが、何時からか綻びが現れたようです。そこから漏れ出た黒の魔力を感知したユーネ=マリア様が火急の連絡をと神託を下されました」
「そういうことでしたか......ということはルシフェルは世界政府の島に居たと......まんまと謀られた訳か......」
渋い表情を浮かべて呟いた彼は「連絡ありがとうございます。助かりました」と礼を見せた後に表情を引き締めてーー。
「もし、神託や知識に有れば伺いたいのですが黒の魔力とは一体何なのでしょうか?これから相対することになると考えた時、全く解らないとあっては倒せるものも倒せなくなってしまいます。ーー闇の魔力と何が違うのか私では検討もつかないのですが......」
現存する数多の属性とは違う黒の魔力。ルシフェルが使う特有の魔力と言っても良いだろうそれは文献にも乗らない程の特殊なものだ。当然ながらエルフレッドの知識の中には存在せず、全くもって未知のものであった。
顔を見合わせたエルフ達の内、コウディアスは「身内の恥を晒すようで恥ずかしいですが......」と苦笑しながらーー。
「今から二千年前の話になります。私達の同胞の中にもウロボロスーー、堕天使ルシフェルに謀られた者達が居ました闇の魔力を操り、見た目も我々とは違い褐色の肌をしていた為、区別の為にダークエルフと呼んでいた者達です」
コウディアスが語る話はかつての差別の話だった。かつて同じ種族だったエルフとダークエルフはそれぞれ暮らす森の気候の違いによって姿形を変えていった。樹の精霊の守護から恵みを得たエルフに対してダークエルフは亜熱帯の厳しい環境化で過す内に影を生む闇を信仰するようになり闇の精霊の力を得た。
最初に話した通り元は同じ先祖を持つ種族ーーしかし、そうであるからこそ見た目の違いが許せぬ者が現れたのだ。元来の先祖に近しい見た目のまま生活を続けていたエルフの中からはダークエルフを"異端"と呼ぶ者が現れた。
ならばと応戦するかの様にダークエルフは古来の姿を持つエルフの事を"劣等種族"と位置付けた。適応を進化と考えたのだ。
彼が身内の恥を晒すようで、と言ったのはダークエルフを指した言葉ではない。あくまでもエルフから始まった差別だったと正しく認識しているからである。
最初に同胞を異端と嘲笑ったのはあくまでもエルフの方だったのだ。
「私が産まれた頃には全てが終わった後の話ーー言い換えれば取り返しのつかない状態になった後でした。エルフ同士の抗争は神の考える悲願の根を摘む行為に他なりません。ルシフェルはそこを狙っていたのです」
森林での戦いは樹の精霊の得意とする所、徐々に劣勢に追い込まれていったダークエルフはエルフと戦う為に更なる力を求めた。そして、そこに現れたのが堕天使ルシフェルだった。
「ルシフェルはダークエルフからユーネ=マリア様の信仰を捨てさせました。エルフを抑え、ダークエルフを救おうとしていたユーネ=マリア様でしたが、神の起こす大きな流れというのは目の前に危機が迫る人々には余りに遅く感じられたのです。ダークエルフの中で特に過激派だった者に力を与え、穏健派、保守派を虐殺ーー新たな力を持ってエルフに対して種族の存亡を賭けた戦いに打って出ました。その新たな力が虚無を操る魔法ーー黒属性だったのです」
全てを塗り潰す黒ーーその本質は奪う事である。そして、その奪うという現象に際限がないのだ。ルシフェルが閉じ込められた奈落の底は光さえも存在しない黒一色の世界だ。光をもたらす者として辺りを照らし続けたルシフェルからすれば、その光さえも奪う黒の存在は脅威以外の何者でもなかった。
その自身さえも脅威に感じた黒を支配下に置こうと考え、実際にそれを成した辺りは流石は神に次ぐ実力者と言ったところかーー。
さておき、黒の魔法は際限無く奪う事に特化した魔法と考えられる。エドガーの腕を喰った異形も闇魔法ではなく黒魔法から産まれたのだろ。喰われたというより奪われたのだ。そう考えると世界政府の島で起きている黒い異形の正体も同種のものであると考えられる。
「詳しい話をありがとうございます。ーーそれでルシフェルに謀られたダークエルフ族の末路を伺っても宜しいでしょうか?」
万が一も有り得ない話だが、神の悲願を邪魔する為とはいえダークエルフ族に力を貸した事実はエルフレッドにとって意外な話だった。もし何ならかの正義を持って、それを成したので有れば自身の中での認識に多少の変化が出てくる。
ーーが、それも彼の表情を見れば答えは火を見るより明らかであった。如何ともし難い表情を浮かべた彼は瞳を閉じ、絞り出すような声で告げる。
「正義はダークエルフに有りました。惜しむらくは頼った存在がルシフェルだったことでしょう。過激派のリーダーを務めていた族長の息子が当時の英雄様に破れ、戦局が一気にエルフ側に傾くや否や、ルシフェルはダークエルフ族を切り捨てた上に虐殺を行い始めました。結果、最後の希望として隠されていた一人を残し皆殺しに......純粋なダークエルフは死に絶えたのです」
彼は続けた。ルシフェルにとっては神の悲願に関わるものが根絶やしに出来れば何でも良かったのだ。ただ単にダークエルフ側につく方が都合が良く、根絶やしにするにも都合が良かったということだ。
「酷いことをしますね......」
「そうですね。しかし、その要因を作り、付け入る隙を見せたのはエルフ族なのです。ルシフェルが関わった結果、英雄様の介入があり悲しい結末となりました。ですが、ユーネ=マリア様とて望まぬ結果です。悲しみの雨が降り注ぎ、我等は罰として王となる資格を奪われたのです」
大きな流れは感じ難い。しかし、ユーネ=マリアが介入し、味方となって救おうとしたのは間違い無くダークエルフであった。故にエルフ族の目に余る行動には相応の罰が下ったという。
王になる資格を奪われたとは言うが公爵になるまでコウディアスさエルフ族の王であった。不思議に思い問おうとするエルフレッドに先んじる形でコウディアスは告げるのだった。
「ダークエルフの生き残りは族長の娘でした。故にエルフ族の王は彼女の子孫で有ることが条件となっております。彼女は私の祖母に当たります。この楔は永劫消える事は有りません。我々は我々が異端と蔑んだ者の子孫を王と崇め、生涯軽んじる事を許されないのです」




