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本来ならば、こういう時に隊長、副隊長で上手くバランスを取るのだが、如何せん参謀の彼は戦闘力に多少難が有り、役職上は可能でも実質的な副隊長に据えることは難しい。当然、彼より下となるとそれ以前の問題だ。
実績、経験共に不足ーー危険且つ激務なSWDの副隊長など務まらないのである。ーーとまあ現実的に休みを与えるという選択肢が難しい中で何を与えるのがベストなのかとハーマインは頭を悩ませていた。
(とはいえ完全な証拠を抑えるまでは下手に動く事は出来ない。あれだけ大掛かりに動いていながら、怪しい渡航や輸出入は無いからな......)
犯人の目星がついていたとして尻尾を出させねばならない。アリバイ的に怪しかろうと殺害のされ方が魔物に食い荒らされたようなものーーならば、どうやってか魔物を飼い馴らしているか、少なくとも持込はしている筈なのだ。
しかしながら、その形跡が一切無い。
故に今、ミレイユを動かす事が難しい。護衛以上のことをさせるならば、それなりの理由が必要なのだ。
「......全く被害が収まってくれたのは幸いだけど八方塞がりじゃないか。あれだけ派手に動いておきながら犯人も中々巧妙な奴だねぇ」
携帯端末をポケットに入れたミレイユは背伸びをしながら苦笑した。彼女とて理解していた。今回の事件はかなり不可思議である。元来ならば直ぐに証拠が出て来てもおかしくないくらいに派手な犯行なのだ。
故に直ぐに事件を解決し再度連休に持っていけると踏んでいた。その算段が見事に外れて、ここまで落ち込んでいるのである。
「すまんな。極力何とか便宜を図るようにするからもう少し待ってくれ」
「まあ、期待しないで待ってるよ。隊長に任された以上は辞める気は無いし......」
モチベーションは極限に低いが辞める気はさらさら無い。そんな表情を浮かべながらミレイユは片手をひらひらと振った。そんな彼女を見ながら溜め息を漏らすハーマイン。掛ける言葉が見つからなかった。
○●○●
「忌々しいハーマイン。そして、SWDめ......我が覇道を邪魔しおって......」
苛々とした様子で爪を噛むブラントン。闇とは違う漆黒の魔力を滾らせながら彼は自身の机を蹴飛ばした。
"そう焦ることはない。お前がその気になれば奴等を消す事など容易い事......期を待ち、隙をつくのだ"
光があるところに闇がある。しかし、光を奪われた者には闇すらも無い。そこに存在するのはただの漆黒ーー虚無の黒。大抵の者は適応出来ないのは当たり前だ。如何に闇の中と言えど光が無いことなどあり得ない。
ルシフェル等は正しく対極に居た存在だ。光を齎す存在だったのだから、黒の存在など知る由もなかった。故に最上の罪には最上の罰を、と黒の中に閉じ込められたのだ。しかし、神に継ぐ力を持つ彼はその力を自身の物とした。
そして、ブラントンはその"黒の魔力"に適応した不可思議な存在となった。レディキラーなどは耐え切れずに傀儡と化したが、彼は上手く自身へと取り込んだ。ここに来てルシフェルの力を遺憾なく使用出来る存在が現れたのだ。
彼にとってこれ程都合の良い存在は居ないーー故に計画は加速していく。
「しかし、このまま手を拱いていると言うのは......いや、無論、力をくれた神に従うつもりだが......」
元々、思慮が浅い上に肝も小さく短気で傲慢な男だから口ではそう言っても全く納得していないのだろう。そして、ルシフェルにとってそれは都合の良いことこの上無いのだ。
"私が何も考えて無い訳がなかろう。一旦、標的を変えるのだ。人類の王に相応しい力を持っていると多くの者に知らしめ無くてはならない"
ブラントンはその言葉に頷いた。自己顕示欲は人以上だ。故に多くの者に自身の新たな力を見せ付けることに喜びはあれど、否の感情は無い。
「して、神よ。その多くの者達に力を見せつける方法とはーー」
愉悦の表情はルシフェルと同じだ。最後にブラントンは自身で責任を取ることをしない。自身より上の存在の許しを得て、存分に力を振るうことを望む虎の威を借る狐ーー。小物の中の小物だ。故にーー。
"多くの贄を捧げよ。新たな力を使い民を天へと捧げるのだ。力を振るい多くを救済した時、貴殿の名は永劫歴史に刻まれるであろう"
許可を得た時、恐ろしき力を発揮する。その残虐性、暴力性は生半可なものではない。神からの許しという免罪符は余りにも効力が有り過ぎる。
「生贄を大きくお望みか‼我が神よ‼ならば、最も贄を捧げた者として名が残るよう存分に力を振るおうでは無いか‼」
かくして無差別の殺戮が幕を開ける。捜査の撹乱とルシフェルの好む混沌の為に罪なき人々を恐怖のどん底に陥れる狂宴が世界政府の島にて行われようとしていた。




