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「Sクラスの諸君、今回の闘技大会は出場禁止条項や技術に関する禁止条項が撤廃された。文字通り学生最強を決める戦いとなりそうだ」
アマリエが告げるとSクラスは完全に御通夜状態になったーー後にざわつき始めた。出場禁止条項の撤廃という言葉に若しくはと思ったのだろう。
「アーニャ君が出れないのは残念だがルーミャ君は神化の使用が認められている。そして、リュシカ君も出場可能だ。獣人族の聖化も認められているから、かなり苦戦を強いられると思うが歴代最高の戦いとなるだろう」
学生同士の戦いに得られるものは少ないとSランクになったリュシカであるが、相手が聖化有りの獣人族と聞けば話は別である。それに二学年下ともなれば機会を見て一度は顔を合わせなくてはならないと思っていた彼女が居るーー。
内なる想いを燃やしながら話を聞く者が居る中で多くの生徒が聞きたいのは、それでは無い。
学生最強を決める戦いーーならば、我が国が誇る最強の英雄が学生である現状はどう扱われるのか?もしや、その力が存分に振るわれるのでは無いかと期待に胸を膨らませるのである。
「......あの、アマリエ先生。禁止条項の撤廃と言う事は自分もーー」
そして、皆が考えていた男、アードヤードの英雄エルフレッドが手を挙げた。彼の瞳を見るだけでは出たいと思っているかどうかは判断出来ない。従ってアマリエは言葉に困る。視線を彷徨わせ「......あー、その事なんだが」と言った時点でエルフレッドは何となく答えを察していた。
「エルフレッド君は駄目だそうだ。流石に実力差があり過ぎるという理由でな......」
神化したルーミャが良くて何故自分は駄目なんだと思ったエルフレッドだったが「まあ、そうですよね。はははーー」と返事するに留めた。クラスメイトから溜息ーーそして、まあ、仕方ないかといった雰囲気が漂う中で密かにガッカリするエルフレッドだった。
○●○●
「ということで今回も俺はサポート役だ。まあ、ルーミャ、リュシカが出て負けることはないと思うが手伝えることがあれば手伝おう」
「そして、妾も学園にいる間はサポートするミャ♪それに今回の世界大会はもう決まってると思うけど九十四%の確率でアードヤードミャ!お腹が大きくなっても見に行くから皆頑張るミャ!」
Sランクからの選出は何時ものメンバーである。リュシカ、アルベルト、ルーミャ、イムジャンヌ、ノノワールーーエルフレッドの直接的な指導もあって彼等を超える存在がSランクから出て来ることは無かった。というより才能面でもこの五人に匹敵する者達は早々居ないだろうと考えられた。
「それにしても〜、リューちゃんが出場するのは大分意外〜♪もう出ない為にSランクになった訳だしね〜♪」
「私もそのつもりだったのだが......まあ、フェルミナが出るならば話は別だ。何れは顔を会わせるものと考えていたが、こういう機会が有るならば、こちらから会いに行くのも良いと考えたのだ」
自身の考えが足りずに傷付けて酷い言葉を言わせてしまった。それでも最終的には許そうとして、文化祭の時には婚約祝いの品を持って来てくれた。積極的に会おうとまではしなかったが、Sクラスまで来てくれたということは、万が一顔を合わせる可能性くらいは頭に入れていた筈だ。
「ナルホドねぇ。妾も何事かと疑問だったけどぉ。フェルミナのことを考えての出場だったんだねぇ。それなら確かに納得だわぁ」
納得納得と何度も頷くルーミャの横で「それに三年連続で優勝して行くのも良い思い出になりそうだと思っている。出るからには勝ちに行くつもりだ」とリュシカは楽しげな表情を浮かべるのだった。
「順当に行けば世界大会までは敵は居ない。私は実家でアルドゼイレンに教えて貰うのがメインになると思うけど一緒に頑張ろう」
愛刀に触れてグッと握り拳を作ったイムジャンヌに皆は大きく頷いた。
「さて、早速練習と行こう。ーーアルベルト。何か気になる点でもあったのか?」
皆に練習の指示を出し、実力を確認しておこうと考えていたエルフレッドは気難し気な表情を浮かべながら黙り込んでいるアルベルトに気付いて声を掛けた。
彼はハッとした様子で顔を上げると微笑んでーー。
「ああ、ごめん。最近、考察している魔法理論の事が頭に過ぎってね。そのまま思考の中に取り込まれてしまったよ」
「そうか。まあ、研究は大変だろうが程々にな。俺は何時でも相談に乗るぞ?」
エルフレッドにとってアルベルトは学園内における数少ない同性の友達である。時に男性特有の似たような悩みを共有しては解決していった経緯もあって貴重な存在でもあった。
「......ありがとう。エルフレッド君」
故に彼が何かで悩んでいる事は一目瞭然であり、救いを求めるならば直ぐに手を差し伸べる準備は出来ていた。ただ、彼はまだそれを望んではいないようだった。ならば、今はそっとしておこうと思ったのだ。
「気にするな。さて、今は練習あるのみだ」
話を切り上げるように微笑んで練習の指示へと移ったエルフレッド。それに付いて歩くようにしながらアルベルトは頷いて指示通り、練習を熟すのだった。
○●○●
島へと緊急帰還したミレイユが狙われていると考えられた要人を警護することによって被害は一時収まりを見せた。彼女の実力を知り、それが抑止力として作用する人物であると考えれば大凡相手の検討もついてくる。
「ああ〜ハーマインの旦那。サッサと犯人に目星をつけて任務から開放してくれませんかねぇ......このままじゃあ私の一世一代の恋が終わっちまいますよぉ。こんな事なら、あのまま有無を言わさず連れ去っておくべきだった......ああ、ノノワールちゃん......」
「だから悪かったと言ってるではないか。それにもう深い仲なのだと......とりあえず、任務が終わったらアードヤードの休みに合わせて連休を出すつもりだ。だから、そう落ち込むな」
完全なる恋煩いに陥っている次期SWD隊長ミレイユを横目にハーマインは溜め息を吐いた。こうして人参をぶら下げておかなければ隊長になる前に本当に辞めかねないと彼は内心戦々恐々としていた。
元隊長のエドガーに関してはもう全く期待出来ない。勿論、義手になった時点で戦闘職は諦めていたもののアドバイザー的な役職をしないかと打診したことがあった。だが当の本人は話を聞いていると例のあーちゃんとやらの仕事が落ち着いたら法衣貴族の当主としてのんべんだらりと暮らす気満々らしい。
腑抜けが‼と憤りを覚えたハーマイン。しかしながら、それも仕方無いと頭の片隅では解っている。労災、保険金でガッポガッポーー手厚過ぎた福利厚生と給料を使う暇も無い程に激務ながら超高給のSWD隊長職。年金程度の法衣貴族の収入も併せれば、余程阿呆な使い方をしない限り生涯お金に困る事はないだろう。
何かの切っ掛けで牙の折れた狼が駄犬となるのも致し方ないのである。
となると棒線グラフの如く新人も現隊員も少ないSWDに十年近く所属し、唯一隊長職を務められるであろうミレイユを逃がす訳にはいかないのだ。職務が鞭の為、こちらが与えるのは飴、そして、人参のみ。出来る限りの優遇、厚遇、高待遇をチラつかせて置かなくてはならないのだ。
「......それって何時ですかねぇ。恋ってタイミングって解ってますよねぇ?というか、このままじゃあ秋の小連休には絶対間に合わない......うぅ......予定が立てられない駄目な大人でごめんねぇ......ノノワールちゃん......」
メッセージアプリを見ながら更にしょんぼりとしている彼女にハーマインは内心頭を抱える。どんな運命的な出会いをしたのかは知らないが今回の恋煩いは今迄の比ではない。このまま可能性だけの人参をぶら下げても乗り切れるかどうか怪しい。




