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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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18

 スリスーーハッ!プイッ!

 

 ナデナデ......にゃはーーハッ!プイッ!


 本日は夏休み前、最後の家庭教師なのだがホーデンハイドのお姫様は大層ご立腹のようだ。しかし、癖なのか何なのか、ついつい甘えてきた上で気付いたら私は怒ってるのだアピールをするので逆に可愛らしく思えて仕方がない。


「可笑しいのら‼︎夏休みに休まないなんて!エルフレッドは仕事人間のら‼︎社畜‼︎社畜のら‼︎」


 何処でそんな言葉を覚えたのかプリプリとしながら癇癪気味にそう言って尻尾で叩いてくる。そんな彼女の様子にエルフレッドは苦笑しながら頬を掻いた。


「ですからフェルミナ様。代わりに秋の小連休は御一緒致しますと申し上げているではないですか?それにグランラシア聖国で何かお詫びの品を買うように致しますから......欲しいものはありますか?」


 欲しいものはありますか?と問われた際に耳がピクピクと動いていたので何か欲しい物があるのだろうが「厶〜」とむくれてソッポを向いている。その割にちゃんと勉強の手は動かしているので本当に真面目な御人だ。


「......なんでもいいのら?」


「はい。なんでも大丈夫です」


 余程高価なものは教育的に考えるがエルフレッドに買えない物はない。彼がそう言うとフェルミナは少し悩むような素振りを見せて頬杖をついた。どうやら何個か候補があって絞りかねているようだ。


「帰るまでには決めるのら。ちょっと待つのら」


 そう言うと彼女はカリカリと問題を解いて答えを見せてきた。


「えっと......はい。正解です。流石です」


「......ナデナデするのら」


 ブスくれた表情のままではあったが小さくお願いされて頬杖をついている彼女の頭を優しく撫でる。一瞬ピクリと反応したがあくまでも怒ってますよと顔は見せずに暫くはされるがまま撫でられているお姫様ーー。しかし、その尻尾は喜びを表すようかのように小さくゆらゆらと揺れていた。













○●○●













「まあ、そんなことがあったのですの!私からも説明したのだけど......エルフレッド君には迷惑を掛けてしまったわねぇ」


 報告会を兼ねた夕食の際にフェルミナの拗ねていた様子を伝えたところユエルミーニエは申し訳なさそうに言った。


「いえ、きっと本人の常識とズレがあったというか都合良く解釈していたのかと。確かに一般的に夏休みは休むものでしょうから......そう考えるのも仕方がありません」


 そして、その方法が非常に可愛らしいものだったのでエルフレッドは迷惑を掛けられたという認識があまりなかった。寧ろ少し申し訳ないとさえ思ってしまうのだ。


「どちらかといえば私の方こそ少し申し訳ないことをしたように思います。せっかく勉強に身が入ってきて楽しんで下さるようになったのに巨龍討伐で遠方に行くことで残念な気持ちにさせてしまってーー」


 エルフレッドが少し暗い表情を浮かべるとユエルミーニエはハーブティーに口をつけた後に微笑んだ。


「そう言ってくれて本当に嬉しく思いましてよ。フェルミナのことを本当に大事にしてくれておりますし母親としては大満足ですの。でもエルフレッド君の七大巨龍討伐はユーネ=マリア様の神託以降、エルフレッド君だけの問題ではなくなってしまいましてよ?それに北方視察もグランラシア聖国の要人との謁見も貴族としてはとても大事なお仕事。致し方ないことですから気に病まないで?」


「御理解を示して頂きありがとうございます。そう言って頂けると救われます。ところでフェルミナ様の件で一点確認なのですが現在の時点でユエルミーニエ様はフェルミナ様の進路をどうお考えでしょうか?」


 確かに貴族としては大事な仕事であるには違いない上に雇い主から気に病む必要はないと言われれば、少しは気が楽と言うものだ。エルフレッドは少し軽くなった心は一旦置いておいて本来の家庭教師の話をすることにした。彼女は頬に手をやって少し考え込んでいたが悩んだ末に解決出来なかったと苦笑してーー。


「元々お勉強は出来る方だと解っていたし出来ればアードヤード王立学園に入れて挙げたいのだけど、今のままでは上位クラスは厳しいのでしょう?ルーナシャと一緒の聖アンジェラ女学園が現実的かとは思いましてよ?正直な話だと今が最も悩ましく感じておりますの」


「そう......ですか。いえ実は自分も同意見で悩んでいたのですが参考までにと考えておりました。ならば、まだ受験まで時間は御座いますのでフェルミナ様の精神状態を見ながら考えるように致します。試験対策に多少違いがありますので来年の冬頃が限界かとは思いますが......」


 実際問題として今すぐ進路先を決める必要はないが展望はある程度視野にいれておきたいところである。完全にフェルミナの病次第なのは重々承知の上ではあるが治ればアードヤード王立学園、治らなければ聖アンジェラ女学園という考えでいられるのは来年までだろう。


「そうなりますわよねぇ。いえねぇ。エルフレッド君に家庭教師をお願いしたことで解ると思いますけども第一志望はアードヤード王立学園ですの。だから、基本的にはその方向で進めたいと思っていましてよ?だけどフェルミナはもう一年もあの状態ですから、このまま治らない可能性も視野にいれないといけないとお医者様にも言われておりますの......」


 幼児退行という防衛反応は回復が難しい。そして元々治るのにも時間が掛かる症状ながら長く続けば続く程戻ってこれなくなる可能性が高まるという矛盾を孕んでいる。一年という歳月は微妙ではあるが医者からすれば諦めることを勧告される時期ではあるということか......。


「難しい時期にこんな質問をしてしまって申し訳ありません。私も出来る限り最善を尽くしますので諦めず頑張りましょう」


「エルフレッド君......ありがとうございますの。そうね、私が気落ちしている場合ではないですものね!出来ることはなんでも探してみますわ!」


 少し表情を明るくしたユエルミーニエを見てエルフレッドは内心ホッとしながら微笑むのだった。




「エルフレッド!欲しいものが決まったのら‼︎」


 夕食兼報告会を終えたエルフレッドがユエルミーニエと正面入口付近で次回の訪問予定を話し合っていたところ、フェルミナがトタトタと慌ただしい様子で階段を下りてきた。


「慌てなくても大丈夫ですよ、フェルミナ様。それでは欲しいものを教えて頂けますか?」


「聖国には光る花があるのら!それが欲しいのら‼︎」


 それを聞いてエルフレッドは数カ月前にヤルギス公爵邸で見た一本の花のことを思い出した。


「ユーネ・トレニアですね。解りました。必ず持って参ります」


 大変貴重で出回らない花と聞いているが何でも良いと言った手前買ってこない訳には行かないだろう。何より花言葉である"神の祝福"はこのホーデンハイド公爵家に最も必要なものである。「あら、いつの間にそんな約束を致しましたの?」と少し困惑した表情のユエルミーニエに苦笑だけを返すエルフレッド。


「約束ら!忘れたら許さないのら!指切りするのら!」


 そう言いながら漸くいつも通りの輝かんばかりの笑顔を見せたフェルミナを見てエルフレッドも笑顔を綻ばせた。


「約束です。絶対に忘れません」


 フェルミナの差し出す小指に小指を絡めてエルフレッドは誓う。その様子を見ていたユエルミーニエは満足気な表情を浮かべるのだった。

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