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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(上)
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 ーーで、だ。


 それから夏休みの最終日までの間、アーニャの甲斐甲斐しい看護もあって僕は瞬く間に回復していった。家族や友人達との感動の再会も暫くは彼女越しの会話であったが、どうにか終えることが出来た。


 彼女の母であるシラユキ様のお陰で、後遺症は最低限に抑えられた。それでも脳には少なからずダメージがあって健忘症のようになってしまっているが彼女の支えが有れば、乗り越えていける程度のものであった。


 会えない日々が想いに変わったのか、彼女は強く僕を愛してくれている。そして、僕は元々彼女を愛していたこともあって、その想いは更に強く愛おしさを増していった。


「明日から学園だろう?僕ばかりに時間を使っていて大丈夫かい?」


「ニャハハ♪レーベン様、それは愚問ですミャ♪妾の頭脳をお忘れですかミャ?準備は既に完了しておりますのミャ♪」


「流石、僕のフィアンセだ」


 そう言ってベッドの上から優しく頭を撫でれば、彼女は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。


 アードヤードの夏から秋への移り変わりは早い。夏休みの終わりである今日も、気温こそ高いが既に肌寒い秋風が吹き込んでいた。


「あらあら、レーベン様の体が冷えてしまいますミャ。少々お待ち下さいミャア」


 彼女はパタパタと走って窓を締め、それでも冷えを覚えた僕にブランケットを羽織らせる。そして、ミトンを装着して部屋を出ると小さな土鍋でグツグツと煮えている雑炊という名のライジングサン料理をベッド脇の小さなテーブルの鍋敷きの上に置き、レンゲで掬うとふーふー息を掛けて覚まし始めた。


「はい、どうぞ♪レーベン様♪お熱くなっておりますので気を付けてお食べ下さいミャア♪」


 王女殿下とは思えない程の手際の良さと甲斐甲斐しさに僕は感動させられっぱなしだ。そして、深い愛を感じ、愛おしさは強まった。


「......うん。丁度良いよ。何時もありがとう」


「いえいえ♪妾がしたくてしていることですからミャ♪」


「ハハッ、少し熱くなってきた。愛が詰まっていたせいかな?」


「まあ‼レーベン様ったら困った御方ですミャ‼」


 そう言いながらも嬉しそうに微笑む彼女に頬が緩む。僕も大概愛とやらに狂わされてしまっているなと思いながら「そういえば」と前置いてーー。


「妹には驚いたよ。まさか、ジャノバ大公の事をあんなに慕っていたなんて」


 一杯目の雑炊を食べ終えた僕が言えば「妾は知っておりましたよ?相談にも乗っておりましたからミャア。レーベン様、お代わりはいかがなさいますかニャ?」と微笑んだ。


「良ければ頂こうかな?」


「勿論ですミャ♪まずは沢山食べる事が健康の第一歩ですミャ♪」


 アーニャが一応とミトンを着けて土鍋を抱えて行くのを見送りながらーー。


「そうなんだ。そうだとしたら大層驚かしてしまったかもしれないね。妹も愛が強い故かもしれないけどーー」


「......いいえ。愛とは時に人を狂わせるものですからミャア。妾は全く驚きませんでしたのミャア」


 ゾワリと全身が泡立った感覚にブランケットを直していた手を止めて僕は辺りを見回した。悪寒にも似たそれに確かに身の危険を感じたのだが、僕の他にはアーニャしかいない。


「あらあら、妾としたことが......薬味の生姜を忘れてしまったのミャア!」


 九本の尻尾をはためかせながらパタパタと走り去っていくアーニャの後姿ーーどうやら気の所為だったようだ。さっきよりは少な目に継がれた雑炊にレンゲが置かれている。


「ありがとう」


 微笑む彼女を前にして息を吹きかけて口に含むと、思ったよりも熱くて驚いてしまった。血相を変えたアーニャが水を注ぎコップを差し出した。


「ご、ごめん。こんなに熱いと思わなくて......」


 アーニャは心配するような表情を浮かべた後に微笑んでーー。




「気を付けて下さいミャア。レーベン様には元気になって貰わないといけませんからニャア......()()()()()()()




 声にならない声を漏らしながら僕はレンゲを落とした。ブランケットの上を跳ねて床へと転がっていたレンゲがカランカランと音を立てた。


「ああ、心配しないで下さいミャ♪ちゃんとレーベン様との子ですから♪心配なら産まれてきたらDNA鑑定でもしましょうミャ♪憂いは無い方がよろしいでしょうからニャア♪」


 そして、アーニャは下腹部の辺りを撫でながら「ニャハハ♪」と楽しげに声を上げた。愛らしい微笑みでありながら、その瞳は何処迄も終わりがない底無し沼のようであった。


 そういえば妹のレナトリーチェもジャノバ大公を見詰めている時にこういう瞳をしていたなと僕は衝撃で中々戻ってこない思考の中で、ただ呆然とそんなことを考えるのだった。













○●○●













 そんなアーニャ......恐ろしい子ッ‼な出来事から少々遡って夏休み終了二週間前の出来事である。携帯端末越しにSランクとの連携を深めていたエルフレッドの元に突然イムジャンヌから通話が掛かってきた。


「どうした?急にーー「ごめん!緊急事態!リュシカ連れてきていいから今すぐ来て‼」


 あまりにも緊迫した様子にエルフレッドが言葉を返せずにいるとイムジャンヌは捲し立てるように告げるのだ。




「予定日より大分早まったけどアルドゼイレンが言ってる‼産まれるって‼」




 ということでリュシカを連れてエイガー邸へと転移で向かったエルフレッドは、イムジャンヌとイムジャンヌの母と合流ーー早速、アルドゼイレンの住処へと転移で向かう。


「急に呼び出して申し訳ありません。娘達が大層お世話になっておりますのに中々御礼にも伺えずーー」


「いえいえ、エイガー男爵夫人。王妃殿下の近衛として大層忙しくされていると伺っておりますからお気になさらず。ーー本日の職務は公休でしょうか?」


「それが孫が産まれるって話をしたら帰らされてしまいまして。お産の手伝いが済むまで休みで良いと......巨龍のお産の手伝いなんて果たして手伝えるかも解りませんがねぇ」


 何とも言えない表情ながらも孫の誕生を心待ちにしているのは解る彼女の表情を見るとエルフレッドは何だか胸が暖かくなった。


「そういう話は後‼まずはアルドゼイレンの様子を見てから‼」


「そ、そうだな‼私達は先に行こう‼」


 焦れた様子で走り出したイムジャンヌにリュシカが追従している。


「あ、イムジャンヌ‼あんたが慌ててちゃ相手が不安になるでしょうが‼ーーったく、本当に困った娘だよ。全く......」


「初めての経験ですから慌てる気持ちは解ります。夫人が居られて良かったです」


 その後を追いながらエルフレッドが言えば「家は三人分の経験が有りますからねぇ。難産でなければ割とドッシリ構える土壌があります」と豪快に笑ってみせた。




「ーーアルドゼイレン‼しっかりして‼」




 が、それも一瞬の事。どうやら様子が芳しくなさそうだと顔を見合わせた二人は先の二人を追うようにして、住処の中へと入っていった。


「お、おお......エルフレッドも来たか......姫が居るから......もしやと思ったが......ううっ‼」


「アルドゼイレン‼」


 苦しそうに呻く巨龍を前にアワアワと涙を浮かべるイムジャンヌ。具に様子を確認していた夫人は「ちょっと、どきな‼」と声を荒げた。


「うぬ......イムジャンヌの母君か......ご足労頂きーー」


「挨拶はいいから‼ほら‼何処か痛い所は無いさね‼今は少しでも楽な姿勢を取りなよ‼」

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