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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
終章 偽りの巨龍 編(上)
383/457

5

「まあ‼ジャノバ様‼私に会いに来て下さったのですか‼」


「......ええ。麗しき我が姫。貴女の誕生の日を祝いに参りました」


 未来は変えられず、ならば、その時まで極力近付かないようにしようと政務と引き篭もりの日々を送っていたジャノバは「つうか、年齢的に非公式とはいえ婚約者の誕生祝わないとかマジ有り得なくね?ジャノバのせいで皇族の品位問われるとかマジ勘弁だから。サッサとライオン丸卒業してレナトリーチェ姫に会いに行けっての」とアズラエルに城を蹴り出された。


 非難の声を上げようとするジャノバを前にして「好感度MAX過ぎ超ウケる系だからって、蔑ろは駄目じゃね?ちゃんと愛を育まないとーーブフ......ヤバ‼ツボに入っては、腹いてぇ......あ、コルニトワちゅわーん‼今日も薔薇より美しいねーー」と散々爆笑した挙げ句、嫁の尻を追い掛けて消えて行った兄には殺意が湧いたが、言ってること自体は正しいので諦めてアイゼンシュタットへと向かった彼だった。


 華やかな満面の笑みを浮べているレナトリーチェを前に跪き、手の甲にキスを落としたジャノバが「エスコートを」と手を差し出せば「嬉しい‼ジャノバ様って本当に紳士だわ‼」とウットリとした表情を浮かべながら手を置いた。


(流石に腕を組むようなことはしないんだな。ーーそこら辺は確り王族って訳か)


 ジャノバとしてはどうしてもヤンデレとしての強烈な一面が焼き付いて離れないが、普段は完璧な姫様だと有名である。何もなければ、こうして穏やかな時を過ごす事も出来るのだーー。


「最近、暗部の仕事は如何ですか?やはり、何人か捻り○しましたか?」


「ハハハ、最近は巨龍もおらず穏やかな事もあって落ち着いてますよ?兄であるアズラエル陛下の政務を手伝う日々を過ごしておりますーー」


 ......まあ、相変わらず物騒な会話を好まれるが、それもジャノバの事を理解しようと思った結果だと思えば可愛いものーーだろうか?複雑な感情を抱きながらも理解があると助かるのは事実なので、とりあえず、サラリと躱すことにしたジャノバだった。


 誕生日は大体的に祝われる予定だが、準備から開始までの時間の間に多少余裕があった。流石にジャノバの立場を考えてエスコートはリュードベックが行うが、その代わりに二人になれる時間を用意したのである。


「ジャノバ様、学園でフラワーアレンジメントを習いましてーー」


「それはそれはーー姫様に彩って貰えたのなら花達も幸せだったことでしょう」


「まあ‼ジャノバ様ったらお上手だわ‼」


 お茶の席の用意があると散歩がてら二人で向かう。終始満面の笑みのレナトリーチェにジャノバは心が癒やされるのを感じていた。無論、そこに恋愛感情は一切ないものの、美少女の邪気の無い笑顔というのは萎びた心を穏やかにする効果があるようでーー。




「キャア‼」




「おっと。足元が疎かになっておりましたね?」


 それは近くを通った侍女がドジを踏んで転けてしまったのをジャノバが受け止めた時だった。元来、他国の皇族に迷惑を掛けるなどあってはならない事だが、王女殿下の誕生日ということもあって疲労が溜まっていたのかもしれない。


「ジャ、ジャノバ大公殿下⁉大変申し訳ありません‼」


 顔を青くし大慌てで離れようとする侍女に「急に動いてはいけませんよ?足を痛めているかもしれません」と回復魔法を掛けて、ゆっくりと起き上がらせる。


「あ、ありがとうございます。大公殿下」


「いえいえ。頑張り屋さんの美しきレディを助けただけですからーー無理は禁物ですよ。粗相があっては本末転倒ですからね?」


 紳士的に微笑みながらリップサービスと注意を忘れない。そんな対応に感動した侍女が「ジャノバ大公殿下」と頬を仄かに色付かせた瞬間ーー。




「ねぇ?そこの貴女。誰の許可を得てジャノバ様に触れてるの?」




 底冷えするような無感情な声に二人はレナトリーチェの方を振り向いた。


「レナトリーチェ様?ーーヒィ⁉」


 侍女が息を飲むのも無理は無い。光の失せた瞳、無表情な顔で侍女を見詰める彼女の手には空間魔法から取り出された鈍器ーー。




 ミートハンマーが握られていたからだ。




「確かに十八歳になるまでは女性関係には口を出さないって言ったけど......誕生日の日に私の目の前でジャノバ様を誘惑する侍女が居たら流石に怒って良いわよね?中々会いに来て下さらないジャノバ様が折角来てくださったのに......小娘だと思って馬鹿にしてるのかしら?」


「レ、レナトリーチェ様⁉違います‼けして、けして、そのような気持ちはーー「跪いて手を出しなさい。ジャノバ様に勝手に触るような手なんて無くしてしまいましょう」


 普段、温厚で愛らしい王女殿下の余りの変わりように侍女は恐怖に怯えるような表情を浮かべて震えていたが「殿下、お許しを‼この通りで御座います‼けして、邪な気持ちなど抱いておりません‼どうか、どうかお許し下さいーー」と跪いて地に頭を着けた。


「貴女の言い訳なんて聞きたくないわ。抱き止められてウットリとした表情を浮かべてたじゃない‼謝罪は良いから手を出しなさいよ‼年齢的に釣り合わないからチャンスだと思ったんでしょ‼二度とそんなこと考えられないようにしてやるんだから‼私のこと馬鹿にして‼許さない‼許さない許さない許さないーー」


 全身をわなわなと震わせながら目を血走らせる彼女にジャノバは一瞬、思考が停止していた。そうこうしている間に侍女に詰め寄り手を叩き潰さんとミートハンマーを振り上げた彼女にジャノバは慌てて駆け寄った。


「レナトリーチェ様‼駄目です‼落ち着いて下さい‼」


「ジャ、ジャノバ大公殿下⁉」


 驚き顔を上げた侍女に「姫には私から説明します‼御行きなさい‼」と声を荒げた。


「も、申し訳ありません‼ありがとうございます‼ありがとうございます‼」


 と何度も頭を下げながら走り去っていく侍女を見送ったジャノバはホッと安堵の息を漏らす。


「......なんで?なんで侍女を庇うのですか?」


 脱力した手からミートハンマーが転がり落ちていった。振り返った彼女の大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。振り乱した髪はセット崩れ、台無しになってしまっている。


「私だって我慢しようと思っています......でも、目の前であんなに幸せそうな表情を見せられたら悲しくなってしまうじゃないですか......年齢なんて、どうしようも出来ないのに......不安で不安で胸が苦しいのに......何も私の見えるところであんな対応取らなくても......私が子供だからってーー」


「違いますよ。レナトリーチェ様。そんな悲しげな表情をしないで下さい。あそこで侍女の手を叩いてしまったら折角、今日の為に仕立てたドレスが台無しになってしまうじゃないですか?」


 その言葉に俯いていた顔を上げた彼女の頭を撫でながらジャノバは微笑んだ。


「それに私はあの侍女の事をどうとも思っておりませんよ?目の前で転ければ手を差し伸べる。それは我が国の宗教の教えに従ったまでです。他意はありません」


 そして、涙を零し続ける彼女を引き寄せると優しく抱き締めた。


「......ジャノバ様?」


「年齢が釣り合わないのは私も一緒ではありませんか?貴女が華となる頃、私は枯木にも等しい。それでも良いと言って下さった方を私が大事に思わない訳がありません」




「ーー私は貴女が十八となるのを心よりお待ちしております」




「......ジャノバ様」


 瞳を閉じて身を委ねるように寄せてきた彼女を抱きしめながらジャノバは心の底から思うのだった。




(......マジでやらかした。やっちまった)




 ーーと。


 彼の頭の中ではファンファーレが鳴り響き、ヤンデレエンド確定の文字と共にエンドロールが流れ始めた。即ち終わった。


 とりあえず、ジャノバは彼女を抱きしめながらミートハンマーを回収ーー空間魔法の中に投げ込むと今後の自身の人生を思い描き、心を無にするのだった。

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