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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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 忙しい週末の後は対照的と言って良いほどに特に特筆することのない日々が過ぎていった。変わったことが全くなかった訳ではないが、それはリュシカが宣言通り眠れぬ夜に話掛けて来るようになったことぐらいである。大体一週間に一〜ニ回は話している。その度に彼女は疲れた顔をしていてたが目に隈が出来るようなことはなくなってきた。それは無論良かったことだが結局何故そうなってしまっているのかは未だに不明である。


 エルフレッドからすれば相手が一切喋ろうとしないことを無理に聞き出す理由は無く、リュシカからしても今のところは語る気がない。最近では寧ろ話を楽しむことが目的になっている節があるため余計に聞き出そうという気は起こらなかった。




 そして、季節は流れる様に過ぎて夏を迎える。




 期末考査などはエルフレッドを含め彼の周りに点数を落とす者はいない。そのレベルの学習は既に中学の歳では終えているような者達ばかりだ。ケアレスミスがないように徹底的に見返せば自ずと満点である。


「エルフレッド。そなたは夏季休暇は何処に行くのだ?」


 試験終わりの夜にリュシカがそう訊ねてきた。巨龍退治をするという目的自体は知っている彼女だからこそ向かう場所を聞いているのである。


「色々考えたが、やはりグランラシア聖国に行こうと考えている。あちらは夏でも過ごしやすい気候だ。何より長時間水場に居るならば夏の方が良いだろう」


 アードヤード王国北西にあるグランラシア聖国は冬は雪が降って凍えるような寒さになるが、その分夏は気温の上昇が穏やかで住みやすい。避暑地として最適な気候の国である。神託に湧く聖国に御神の御子として向かうのは正直不安であることは変わらないが他の国より圧倒的に行きやすいことは否めない。


 そして、氷海の巨龍と戦うならば夏休みだと決まっていた。


 氷海の巨龍は水竜でありフィールドは確実に海などの水場となる。アマリエ先生が曲者揃いと評したのは今後戦う巨龍の多くが人間にとって戦い辛いフィールドを得意とするものばかりという一面がある。エルフレッドはその陸・海・空の巨龍を制することが解りやすく最強の証明だと考えているが元から不利なものを更に不利にする必要はないとも考えていた。


 要するに地の利を取られているならば季節の利はこちらが取るべきであるということだ。


「グランラシア聖国か......ならば都合が良い。実は母方のお祖母様から夏はあちらで過ごすように言われている。そなたもどうせユーネ=マリア様の御子として神託の聖女であられるお祖母様に会わなくてはならないのだろう?移動の折はあちらで落ち合おうではないか」


 嬉しげな表情を浮かべる彼女にエルフレッドは深々と頷いた。


「なるほど。確かにそれは一理あるな。氷海の巨龍を倒す前か天空の巨龍の捜索をする間には必ず顔を出すことになるだろう。その際リュシカが居るのと居ないのとでは全く違う。正直有り難いな」


 今回の夏休みは特に多忙だ。一度バーンシュルツ領に戻って北東の視察と平定。その後、グランラシア聖国に渡って氷海の巨龍の討伐ーー日数が残れば、そのまま天空の巨龍の捜索に入る。流石に一つの長期休暇で二体の巨龍を倒すのはエルフレッドでも不可能だ。特に天空の巨龍などはその称号の通り空を翔けている巨龍であるため情報収集だけでもかなりの時間を有する予定だ。


 そして、そんな主な予定の間に聖国の王族を含む要人との謁見や神託の聖女との会談を行って更には御子ユーネリウスとしての宣誓や顔見せなども行われる可能性がある。ーーだけでも大変なのだが、夏休みは会える回数が増えると思っていたのだろうフェルミナがすっかり機嫌を損ねた上に臍を曲げてしまったので課題のチェックを含めて何度か訪問しなくてはならなくなったのだ。


 転移の魔法を使っても魔力的な移動距離を考えれば二日〜三日は掛かる距離である。この時点で天空の巨龍の捜索は中途半端なものになるだろうと考えられていた。その上で秋の小連休は埋め合わせの意味を込めてホーデンハイド公爵領で過ごすことがちゃっかり決められている。


「ふふふ、有り難いか。そうであろうな。そなたは多忙が故に一分一秒が惜しかろう。巨龍の情報などの神託を受けとれないか私もお祖母様に聞いておこう」


「何から何まで助かる。何らかの形で御礼はさせてもらう」


「期待している。とはいえ、休暇先のグランラシア聖国で友と会えるだけでも御礼みたいなものだがな」


 彼女は眠くなってきたのか軽く伸びをすると手を上げるだけで挨拶を済ませて寮の方へと去っていった。それを視線で見送ってエルフレッドは天を仰ぎ見た。


 極力陸地での戦いを考えているが相手を考えれば水中戦もしくは海中戦は必須である。そのことを考えると未知なる戦いへの期待が胸に湧き上がってくるのだ。この少し冷たい夜風に輝く満点の星空を見ても尚、彼の気持ちは高まっていった。


(全くの未経験ではないが巨龍との戦いの前に何度かこなしている必要があるだろうな)


 目ぼしい何体かの候補を頭に思い浮かべてエルフレッドは鍛錬を再開するのだった。













○●○●













「うぅ、家の娘が男を!大体アハトマン‼︎君が鬼神染みた強さで、そんな話し方をするから家の娘がーー」


「......その話は毎回聞いている。そして、今日だけでも三回は聞いているであろうな」


 そもそも稀代の天才で軍神と称される男が娘のことになるとこのザマである。親友であり上官でもあるゼルヴィウスを見ながらアハトマンは溜息を漏らした。寧ろ、リュシカについては公爵令嬢でありながら今まで婚約者がいなかったことの方が異常だ。理由についても"過ぎたるは及ばざるが如し"と王太子妃筆頭から外れたからだ。リュシカを小さな頃から知っているアハトマンからすれば漸く御眼鏡に叶う男が現れたのかと少し安心したくらいである。


「大体ゼルヴィウス。そなたは気が早いのだ。リュシカから恋情の報告があった訳でもなければ婚約の話が出た訳でもない。男友達の一人や二人を連れてきたぐらいで喚いておっても仕方なかろう?」


「そ、それはそうだがな!妻が非常に乗り気なのだ!ユーネ=マリア様の御子を家に迎え入れるなんて(婚約的な意味で)最高の栄誉などと言っている!そもそもだな!そうなっては迎え入れるのではなく送り出すことになるというのに!」


 赤ワインを煽って赤い顔で捲し立てるゼルヴィウスを見ながら安い発泡酒に口をつけていたアハトマンは「ほう?それはそれはーー」と何方とも取れる言葉で相槌を打った。


「まあ、そうなると現実味があるとも言えるな。リュシカ嬢が懇意にしていてメイリア様の御眼鏡にも叶っている。そして、相手はあの巨龍討伐の英雄"龍殺し"にしてユーネ=マリア神の御子だ。メイリア様としてもリュシカ嬢の婚期を逃したくないのだろう。何より、これ以上の相手が現れるとも思えない」


 淡々とそう告げると「君はどっちの味方なんだい⁉」と大荒れの返事が返ってきた。アハトマンは嫌そうに顔をしかめながらーー。


「味方も何も事実を述べただけであろう?そして、懸念が爵位とホーデンハイド公爵家への出入りだけではなぁ。前者は将来的に辺境伯となることでほぼ解決済み。後者は家庭教師として勤めているだけだ。それこそ妻も言っていたが精神の病を患っているフェルミナ嬢の為に放課後の時間を削って臨床心理学書を読み漁っているそうではないか?もう十年若ければ家の婿に欲しいくらいだ」


「むぐぐ......聞けば聞くほどに欠点が無い......我が娘は流石と言うべきか......」


 男親としてはゼルヴィウスの気持ちも解らなくはないが鼻輪のようなピアスを着けたDQNが「チョリ〜ス!娘さん貰いにきました‼︎あっ、もうぶっちゃけ貰いました(笑)」と来たわけではない。まあ、そんなのが奴が来たらアハトマンでも粉塵にするだろうが品行方正が過ぎて堅いくらいの青年だと聞く。


 寧ろ、巨龍退治で身体に影響でも出ない限りは今の内に囲って将来を盤石にするのが親の務めというものだ。


「まあ、まだハッキリとリュシカ嬢の気持ちが解った訳ではないのだから気長に待てば良いのではないか?将来はお互いの子をなんて話をした時期もあったが流石に家のケルヴィンでは荷が重すぎる」


 アハトマンの息子であるケルヴィンはアードヤード王国軍第一師団にて僅か二年で少佐まで駆け上がった立派なエリート軍人だ。将来を有望視されているアインリッヒ侯爵家の跡継ぎでもある。しかし、そんなケルヴィンを持ってしてもリュシカの才覚には到底及ばないのである。


「アハトマン......」


 ウルウルとした視線を向けてくるゼルヴィウスを鬱陶しそうに遇らいながらアハトマンは発泡酒のジョッキを煽った。


(バーンシュルツ伯爵子息か。一度会ってみたいものだ)


 アードヤード王国軍陸軍元帥にして最強の軍人と謳われる鬼神アハトマン=エルンスト=アインリッヒは発泡酒を飲みながらそんなことを考えるのだった。

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