第六章(下)エピローグ
ルシフェルの住処で見つけた痕跡を上手く使えば今までのように居場所を特定することが難しいということはないだろう。そう考えたエルフレッドは大剣を強化する為にフーリ活火山研究所へと預け、万全の準備を整え始めた。
放課後、浄魔の剣での鍛錬を行い、学園を抜け出した彼はアードヤード総合病院を訪れる。SWDは世界政府の管轄下にあるため、通常ならば世界政府の置かれた島の総合病院へと搬送されるところだが緊急性を感じたメルトニアが転移で向かえる大きな病院はアードヤード総合病院しかなかった。
故にエドガーはアードヤード総合病院にて療養ーー、頃合いを見て、あちら側の総合病院に移されることとなった。
病院の個室に入院しているエドガーへの見舞い。
エルフレッドは状況から少し迷う所があったが意識を取り戻した彼より『暇過ぎてやべぇから見舞いに来てくれ』と軽いノリで送られてきたので、とりあえず向かうことにしたのだ。
約束通りの時間に病室前に到着した彼がコツコツとノックすると「開いてんぞー」とエドガーの気の抜けた声が聞こえた。
「失礼します」
「失礼も糞もねぇよ!暇潰しに来てくれてありがとな!」
明るい声、何時もの調子の表情ーー唯一違うのは利き手に嵌められた高性能の義手のみである。
「いえ。エドガーさんの頼みですから......それに自分が無関係と言うわけでもありませんしーー」
「ははっ‼何だそりゃあ‼エルフレッド、お前責任感じてんのか‼」
プハッと吹き出す様に笑い、目尻に涙を浮かばせる程爆笑し始めた彼に「それはそうですよ。俺がレディキラーを取り逃がさなければこんなことにはならなかった訳ですから。それにもっと早く確証を得てルシフェルだと伝えれば世界政府の対応だって変わったかもしれません」とエルフレッドは申し訳なさそうに告げる。
全てはタイミングの問題だった。数多の可能性の中で最後のチャンスは常闇の巨龍が実際は堕天使ルシフェルであったことをもっと早く伝えるかどうかだった。もし、早く伝わっていたなら、その危険性から捜査は中止になっていたかもしれない。
そうなれば彼が利き手を失うことはなかったかもしれなかったのだ。そう考えて申し訳なさそうにしているエルフレッドにエドガーは穏やかに微笑んで「若いな」と呟いた。
「若い、ですか?」
「ああ、若い。別に悪い意味じゃねぇぞ?一つが全てで諦めがつかないってのはエネルギーに満ち溢れてるってこった。それは成功するには必要なもんだからな?精神の成熟云々とは別の話だ」
魔力で操作しているだろう義手を器用に動かした後、彼は腕を枕にするようにして寝っ転がると「いってぇ‼義手固えの忘れてた‼」と笑った後にーー。
「それが落ち着いた頃だったから俺は諦めがついて、こうして生きてるんだけどな?もし、後十年若けりゃあ絶望して死んでたかもな」
黄昏れるようにしながら言うのだった。
「......エドガーさん」
返す言葉が見つからないと表情を暗くするエルフレッドに「だから、お前が気にする事じゃねぇよ。俺は誇りを持って任務に臨んで失敗した。イレギュラーはあったが、今の状況を受け入れる心構えはあったってだけだ」と微笑み掛ける。
「人生ってのは長え。その長え人生をSWDで駆け抜けたかったって気持ちに嘘はねぇ。いや、未だにそこに向かえる可能性を夢見てる。だけどな?色々な理由をつけてどうにか自身を納得させられるくらいには歳を重ねてた。別の道を探す余裕もあった。それが若くないってことだ」
欠伸を一つ。換気の為に開けられた窓から青空を眺めて彼は、やっぱ夏は青空に限る、と独りごちる。
「今までで一番大切にしてた物は無くなった。とはいえ、それが全てって訳じゃねぇ。SWDはミレイユに任せられるしな。保険と世界政府の労災でガッポガッポ。義手は大変だが日常生活は送れそうだ。時間は沢山あるし、次をゆっくり探せばいい。早目の引退ってだけだ。法衣とはいえ貴族だし?当主という名目でジャノバのおっさんみたいに自由を謳歌すんのも楽しそうだ」
考えつく限りの言い訳を並べて見せたエドガーにエルフレッドはやはり何も言えないと表情を曇らせる。彼が"若い"と表現した考え方は非常に的確にエルフレッドの心情を表していた。今、この瞬間に自身が積み上げてきた一番が失われたら、自分は立ち直ることは出来るのだろうかと、そう考えてしまうからである。
さりとて、エルフレッドは自身が変わっているという認識があってのそれだが、どうなったところで死を選ぶことはないとも思っていた。その程度には自身の世界は狭くない。今、所属している場所、仕事、立場、環境、国ーーそれが僅かな一歩で変わることくらいは理解しているからである。
思考も相成って表情を曇らせたままの彼に「だから気にすんなって‼お前は妙に頭が良いからそうなるんだよ‼大体な、俺達、男の世界ってのはシンプルじゃねぇか!夢破れたって、まだ残ってるもんがあるだろ!俺達を幸せにしてくれる物はシンプルに三つ!金に夢にーー」
ブーブーと携帯端末のバイブレーションが鳴り響く。エドガーは枕元に置いてあったそれを取ると、ナイスタイミングと言わんばかりの表情を浮かべて通話ボタンを押した。
「もしもし、どうした?んあ?足りない物、今の所は大丈夫だぞ?......うん?料理差し入れてくれんのか!最高じゃん!いや、最近の病院食は悪くねぇけど、やっぱ大盛りでも量足りないからさ!マジ助かる!ーーそそ!肉!やっぱ、あーちゃんが作ってくれる肉料理は最高だからなぁ」
ポカーンと口を開けているエルフレッドの前でエドガーは意気揚々とあーちゃんなる人物との通話を続けている。途中途中でーー。
「やっぱ、あーちゃん最高だわ!......貴族様だからからかってるって?んな訳ねぇじゃん‼俺、元孤児‼一緒一緒‼貴族ったって法衣だし‼」
やらーー。
「何時になったら俺の気持ちに答えてくれっかなぁ......ギャハハ!誰にでもそう言ってると思われてんの、俺!そういうキャラじゃないし‼」
ーーとまあ、非常に楽しげに話している姿を見ていると何だか重く考えていた自分が阿呆らしく思えてきたエルフレッドだった。
「んじゃ、後で来んの楽しみにしてるわ!見舞いに友達来てるからさ‼......はっ?違う違う‼女の子じゃない‼SWDのモテなさぶりを舐めちゃいかんぞ‼ほら、あーちゃんも知ってる英雄様よ‼あのゴリマッチョの‼てか、あーちゃん嫉妬してくれるなんて可愛いとこあるよなぁーーあっ切られた」
イケメンな面をニマニマと台無しにしながら携帯端末を眺めていたエドガーは呆然としているエルフレッドに、ドヤァと言わんばかりの表情を見せながら言うのだった。
「愛すべき女性だろ?ってな‼」




