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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(下)
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 思わず笑みが溢れた。そのくらいの精神力があれば自身も助かるのだろうかと考えていた時、異形が何処かに喰らい付いた。痛みはあまり感じなかった。しかし、体力がゴッソリと持っていかれて体の何処かが失われたのが解った。いよいよ助かるのが難しくなってきたと彼は他人事のように感じていた。


 空間魔法を開けば回復薬があった筈だ。完全な欠損まで治せるかはわからないが、エリクサーなら或いはーー。


 二匹、三匹ーーと飛び掛かってくる数が増えていくに連れて、ああ、そういう話じゃないな、と思う。何方にせよ、もう時間も稼げやしない。助かる道など無いのだと頭の何処かで理解して、後悔は何だろうかーーと思考が微睡んでいく。


 生きてしたかったことは何だったか?もう、満足したか?しがみ付く藁を探していたエドガーはーー。


 眼の前に居た異形が赤となって霧散していく光景を何処か遠い意識で見詰めていた。




「とりま、寝たら駄目〜。帰るよ〜?あ、お馬鹿な巨龍ちゃん。また会ったね〜。そして、バイバイ〜」




 聞き覚えのある声と共に癒されていく身体に激痛を感じたエドガーは、意識を保つ事が出来ずに気付けば意識を失っていた。













○●○●













 転移で空間内に入り、利き腕を失ったエドガーを回収したメルトニアは誰もいない森の奥深くへと転移した。先日、ギルド班が洞窟を見つけた辺りだった。回復魔法を何度か唱えて彼がどうにか喋れる程度まで回復したところを見計らって、彼女は問い掛けた。


「ねぇ、エドガー君」


「んあ?メルトニアさん?......俺は夢でも見てるのか?」


 理解が及ばないと虚ろな目で返事をするエドガーに彼女は「それはエドガー君次第だね」と曖昧な返事を返して微笑んだ。


「私、六十年生きてるじゃん?そしたら色々な人を見てきたわけ。初めはみんな生きることが幸せだって思ってたんだ。私は孤児だし親も居ないけど、とりあえず生きてれば辛い事ばかりでも良いことあるって思ってた。でも、全員がそうじゃないよね」


「そう......かもしれねぇな......」


「ご飯食べれなくても、どうにかして生きようと思った。草でも虫でも、次の日に良い事がなくても、その次の日には良いことがあるかもって思えば、とりあえずは生きようかなって。死にたいって気持ちは衝動的なもので何れは過ぎるものだからさ。孤児の時も、学園辞めた後も色々あったけどーー結果、みんなが助けてくれて今があるし、今は本当に幸せ。だから、みんなそうなのかなって」


「......」


「でもさ。中にはこうなるなら死んだほうが良かったって言う人も居るじゃん?明日になっても救いが来ない。絶対に救われない。誇りを失うくらいなら、夢を失うくらいなら、死んだ方が良かったってさ。別の幸せを見出せない人っていうのかな?それが全てって感じの人。私、もしかしたらエドガー君ってそれじゃないかって助けた後に思ったんだよね」


 メルトニアは彼の利き腕があった場所を見た。肘から下が完全に食い千切られてしまっている。生き残ったとして日常生活すら苦労する羽目になるだろう。そして、彼が得意としていた刀術に関してはーー。


「私は助けたい。そして、困ってる時は友人として出来る限りのフォローはする。でも、それには限界がある。そして、エドガー君が誇りを持って働いていたSWDへの復帰はーーハッキリ言って無理だよ。事務とかならゼロじゃないけど戦闘部門はほぼ無理。幾ら魔法を使った高性能の義手を使ったところで無理だと思う」


 メルトニアがハッキリと告げるのはエドガーの本心を聞きたいからである。エドガーの死生観によって彼女は様々な選択肢を与える事が出来る。最初に言った通り、この出来事が夢であったかのように穏やかな眠りにつくことを見守ることだって出来るのだ。


「エルフレッド君なら絶対助けるね。どんな状態でも生きていればってーー本人がそうやって生きてるから。そして、元来、それが正しい。どんな状態でも死が生よりも良い状況っていうのは生まれ得ない。でも、人は千差万別、考え方によってはそうじゃないことになり得る。だから確認しとかないといけないって思った。これからのエドガー君は例えるなら声が出なくなった世界最高峰の歌手だったり、足が動かなくなったスポーツ選手と一緒。そして、友人は居るけど、支えてくれる家族は今の所居ない。輝かしい栄光は過去の物になる。だから、一応確認するね?」


 メルトニアは屈みこんで虚ろに天を見上げる彼の瞳を覗き込むようにしながら問うのだった。




「エドガー君はそれでもやっぱり死にたくない?」




 人の闇を知るメルトニアのゾッとするような光の無い瞳がエドガーの瞳を覗き込んでいた。


 ーー彼女をよく知るものならば必ず疑問に思う事がある。それは彼女の話す過去に空白の期間が存在することである。孤児員を出てから学園に入るまで、そして、学園を辞めてから冒険者としての活動が軌道に乗るまでの間が絶対に埋まらない。


 その事に気付く程に彼女が自身の過去を語る人物がそもそも少ないというのが第一にあるが、聞けば本人さえも覚えていないと答えるために穿るような者も居ない。


 ただ、メルトニアがその当時珍しかったエルフと人族のミックスであったことや本来禁止されている類の実験に詳しいことを考えれば推測することは出来た。その適切な処置をすれば()()()()()()と解っていて行っている様は実際に何処かで体験した事があるからだろう。


 無論、答えは本人が語らない限り確かめようが無い。そして、彼女はそれでも生きたいと思ったから今日、この場所にいる。


 エドガーは考えるのも億劫な自身の状況の中でシンプルに思ったことを口にした。


「俺はーー」


 答えを聞いたメルトニアは微笑みながら頷いた。そして「解った」と答えた後に魔法陣を展開ーーエドガーへ向けて掌を向けてーー。




 全てが終わった後、メルトニアはエルフレッドを連れてウロボロスの住処へと向かった。記憶した座標へと転移した彼女は決着をつけるつもりでもあった。


 しかし、空間自体は残されていたものの中は既に蛻の殻ーー戦いの痕跡さえ残されていなかった。中を一通り確認し、待ち伏せの如く罠を張るなりしたが巨龍が再び姿を現すことはなかった。


 あからさまにガッカリとしているメルトニアに対してエルフレッドは何らかの痕跡を見つけたようであった。だが、それを共有することはしなかった。


 エドガーの一件が彼等に与えた衝撃は余りにも大きかった。それ故に巨龍との戦いに誰かを巻き込むことを良しとはしなかったのである。


 更に言えば、万が一自身が負けた時の事が彼の頭を過ぎったのだ。そうなった時のことを考えれば現存するSランクは極力温存するべきである。


 今までの巨龍とは違い、そもそもが人間に害をなすことを目的としているような存在だ。エルフレッドを倒した後に世界に仇を成すような行動を取り始める可能性は高い。そして、そうなった際にSランク全員が力を合わせて共闘し、猛威を振るう巨龍と戦うというシナリオは容易に想像出来た。


 そのくらい、今回の常闇の巨龍ーーいや、偽りの巨龍、堕天使ルシフェルは強大な力を持っているのだ。それこそ、単純な物理攻撃ならばエルフレッドをも上回るエドガーでさえ歯が立たなかったのだからーー。


「帰りましょう。メルトニアさん」


「......わかった〜」


 何処か元気の無い様子で告げる彼女にエルフレッドも表情を暗くする。エドガーの件で責任を感じているのだと思えば掛ける言葉が見当たらない。


 エルフレッドの転移にて常闇の巨龍の住処を抜け出した二人ーー。帰路に着いた二人の間に言葉は無く、何処か物悲しい雰囲気だけが漂っていたのだった。

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