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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(下)
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25

 足裏を蹴飛ばされたような感覚があった。勢いがまして自身は外へと弾き出されている。彼女は助かった。だがーー。




「ーー隊長っ‼」




 穏やかな顔で落下していくエドガーの姿が見えた。群がる異形、怒り狂うウロボロス。蜘蛛の糸から地獄に落ちていくような様で有りながら、とても満足気な表情をしている。


 戻ろうと白炎を蹴って手を伸ばすが、視界には大きく見えたそれは既に拳の一つも入らない。異形が喰らいつき、正気を失う程の怒りを見せた巨龍が自身が産み出した異形ごとエドガーを弾き飛ばさんと尾を振るってーー。




 そこは唯の赤土に覆われた地面となった。




 ミレイユはレーヴァテインの最大火力で地面を打つ。最早、その一撃は隕石でも衝突したかのような破壊力をみせた。地面が捲り上がり、半径数十mに及ぶ大きなクレーターを作った。


 ーーが、それだけだった。そこにエドガーが居た空間に繋がる物は何も残されていなかったのだ。


「......共に逃げるって言ったじゃないか......」


 エドガーのその言葉に嘘は無かった。長年一緒に戦ってきたから、もし嘘を吐いていたら解っただろう。故に共に逃げるつもりだったことに嘘偽りはない。


 だが、万が一何方かが逃げ損なった時ーーもしくは何方かしか逃げられそうに無かった時はこうしようと初めから決めていたのだろう。その為に最初にミレイユを向かわせた。そんな意図を今になって理解した。


 彼女にとってエドガーは恩人だ。SWDに入ったきっかけもそうだが、女性ながらに副隊長まで上り詰めることが出来たのは彼に理解があったからだと解っていた。


 別に性差別云々があっての話ではない。前例が無いと保守的に成りがちな人間の性を「実力さえ有れば前例なんてどうでもいい」と蹴っ飛ばす豪快さが彼にあったという話である。


 だから、ミレイユは恩返しがしたかった。本当ならば自身だけ逃げることになるならば共に命散らす事を選ぶつもりだった。それくらい共に歩んで来た存在だった。




 故にその何方の機会も目の前で失う事になるとは思いもよらなかったのである。



 赤土を握り締めた拳がブルブルと震え、涙の雫が甲を濡らした。こんなことをしている場合ではない。自身は隊長にSWDを任されたのだ。参謀と連絡を取り、ギルドの捜査隊と連絡を取ってウロボロスの居場所を伝えて世界を危機から救わねばならなくてーー。




「ーー隊長、隊長‼」




 冷静な部分が解っていて何になるというのだ。次から次へと浮かび上がる正解は確かに次の行動を示し急かす。だが、冷静ではない部分が全ての行動を拒否している。人とて強い感情に縫い付けられれば理性が定めた正解など無意味なのだ。


 どうすれば良いのかなど解っている。だが、それに勝る感情には勝てやしない。故に人は怒りに喚き、激情に涙を流すのである。


 そうこうしていると自責の念さえ湧いてくる。解っているならやれと自分を責め始める。頼まれた事さえ出来ないのかと強い怒りが湧いてくる。


 だが、それさえも胸を押し潰すような喪失感には勝てないのだ。喪失感に巻き起こる号泣に続き慟哭ーー自己否定と自己嫌悪による強い怒りーーそして、自身を防衛する為に働く逃避ーー。


 最初に言った通り何をすべきかは解っているのだ。だが、それを成すだけの気力が無いのである。ミレイユは泣いた。泣き喚いた。その慟哭は天にも届かんとした。どうしようもない感情が溢れ、零れ、辺り一帯に鳴り響いた。













「エドガー君ってマジ漢気系〜。でも、女の子泣かせたら、唯のカッコつけしいじゃん〜?とりま、ちょいダサ系にして来なきゃあ〜」













 余りにも場違いな間延びした声にミレイユは顔を上げた。そこには毳毳しい入れ墨塗れのギャル。明らかに苦労性が絶えないと見て解る紳士なおじ様。そして、見てくれで魔女だと解るような格好をしている美人なお姉さんという何とも統一感のない三人組が、こちらを見下ろすような形で立っていたのだった。













○●○●













「もっし〜。ギルド側のリーダーしてるメルトニアです〜。エドガー君居る〜。ーーえっ?怪し気な穴に入ってから出て来ないって?」


 日差し避けの下でダラダラしていたメルトニアはガバッと身を起こすといそいそと魔法で片付けを始めた。


「昨日言ってた洞穴だよね?はぁ⁉洞穴消えた⁉え、それってエドガー君達、閉じ込められてるし‼魔法で探って見るから何か判ったら連絡して‼」


 そして、電話を切るや否や魔力を張り巡らせ始めた彼女にコーディは不安気な表情をエキドナは気怠げな表情を浮かべていた。


「うへぇ。メルトニア姐さん。お友達のエドガーさんに何かあった系?」


 メルトニアに言われればと言いつつも何も無ければ良いに越したことは無いと思っていた彼女が煙草を吸いながら聞けば、メルトニアは珍しく焦った様子でーー。


「昨日、SWD側が見つけた洞穴があったでしょ!あそこに入ったエドガー君達が洞穴ごと消えたって!」


「マジですか。って、ことは大当たりを引いちまったってことですね......」


 苦渋の表情を浮かべながら顎を擦ったコーディの横で「姐さんの恩人の為なら仕方ないっしょ。私は何すれば良い?」とエキドナは蛇腹剣を手に取った。


「とりま、探知するから待って......はは〜ん。なるほどね」


 一人納得するような表情を見せた彼女は「風に乗って飛ぶよ?話はそれからーー」と返事をする前の二人を連れて空中へと飛び上がった。




「うっひゃあー‼速い速い‼ヤバイ‼てか、落ちたら死ねるんじゃーー「とりあえず、任務終わるまではお預けな?」




 天空を風に乗って飛びながら「影の居た穴に歪みの残滓。要は別空間を用意していたってことか......但し、入口は一方通行。指定は巨龍の自由。通常の探知では解らない。私でもあの洞窟の残滓に気付かなければ解らないなんて......とはいえ、元の次元空間から座標を離れた場所に指定するのはーー」と思考を巡らせているメルトニアには聞こえていないようだ。


 暫くの間、そうして思考を続けていた彼女は「とりま、二人は着いたら待機」と告げてーー。


「簡単に言うとエドガー君達はお隣の次元にポッカリと存在する巨龍の住処に閉じ込められたってこと。んで、参謀君の情報と二人が潜ってから洞穴が消えるまでの時間から大凡の範囲が解ったって感じ。とはいえ、入る方法は今の時点じゃ何とも......解り次第潜入して救出して転移で帰る。エルフレッド君に教える。そんで、とりま任務完了って流れ」


 バシッと告げて大体の場所とやらに飛翔しているメルトニアに二人は顔を見合わせた後に「「解りました」」と返した。


 赤土の広がる荒野を天空から見下ろし、メルトニアは再度魔力を張り巡らせた。何処か緊迫した様子で「何処......巨龍の住処は何処なの......」と祈る様な表情を見せている彼女に何時もの砕けた様子は一切無い。


 空高くから見下ろすような配置を取ったのは彼女とて完璧に場所を把握した訳じゃないからだ。そして、この位置からならば彼女が想定する範囲全てを魔力で探索することが出来る。


「歪み、残滓共に無し?......想定が間違っている?......そんな筈はない......考える......考えるのよ、私ーー」

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