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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(下)
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 上から下からと異形を増やしながらウロボロスは高々と笑う。


 エドガーに肩を借りて立ちあがったミレイユが「一々、煩いんだよ‼癇に障る奴だ‼」と叫んだ後に傷を押さえて呻いた。


「ミレイユ。こっからはノーリアクションだ」


「......隊長?」


 思わず聞き返した彼女に「ここからはな?」と耳元に顔を寄せたエドガーはニヤリと口角を上げて言った。




「レーヴァテインは少し待て。逃げる方法を見つけた。ずらかるぞ」




 なんとかノーリアクションを貫きながらも彼女が息を飲んだのが解った。エドガーはそれを理解したと捉えて話を続ける。


「俺だって、ただただ魔力を無駄遣いしていた訳じゃねぇ。ここはどうやら地の底って訳じゃないらしい。天井付近まで跳べば薄っすらとだが空が見えたんだ。要は魔法空間って訳だな」


 残像で撹乱しながら逃げ道を探っていた彼は端から時間稼ぎに重きを置いていた訳ではない。無論、巨龍を引き付け、最悪逃げ場がなかった時の為に次善の策としては想定していたが可能性が見つかれば話は別だ。途中から逃げる気満々に切り替えたから惜しみなく大技を使っていたというのもある。


「昔、メルトニアさんが似たような空間に実験とか言って閉じ込めようとした時があってな。その時も俺は奥義をかましてぶち破って逃げたんだ。今回もそれでイケると思う。ここからは一回しか言わねえ。よく聞けよ?俺がウロボロスに技を叩き込み、隙が出来た瞬間に奥義を放つ。それは勿論、ウロボロスに向かってじゃない。天井だ。ギリギリまで狙いに気付かれないように攻撃するフリをするから奥義を使うくらいの瞬間にレーヴァンテインを発動するんだ。んで、天井に向けて奥義を放った瞬間に跳べ。共にとんずらすんぞ」


 ミレイユはウロボロスに気付かれないように小さく一回だけ頷いた。それに満足げに頷いたエドガーは早速鞘に収まった愛刀に手を翳す。


「作戦会議は終了か?この状況で何が出来ると思っているかは解らんが、俺を倒せる気でいるならば大きな間違いであると言っておこう!」


 未だに異形を出し続け、隙を見せれば食い殺そうとしている巨龍がさも面白げに笑う。対処に終われ傷を増やし続けている二人が絶望的な状況にあると信じて疑わぬ態度ーー、その慢心は唯一のつけ入れる隙だ。チャンスは少ないが希望の光を胸に灯した二人にとっては今の状況とて未だ絶望の中ではない。


「はん!笑いたければ笑えば良い!次に吠え面を掻くのはあんたさ!ウロボロス!人間を舐めたことを後悔させてやるよ!」


 作戦を理解した上であくまでも倒しにいくという姿勢を見せるミレイユにエドガーも便乗した。今までの魔力操作の中で最大規模の魔力を滾らせ、迸らせる。


「Sランク舐めんなよ!とっておきを見せてやる!」


 そこに嘘はない。故に嘲るウロボロスはより面白いと笑うのだ。


「人間の技ごときが俺に通用すると思うか!片腹痛いわ!やってみるが良い!その異形の群れを越えて俺に到達する術があるとするならばな!」


 夥しいは何も比喩ではない。この巨龍と二人を閉じ込めるに最適な空間に上下左右、所構わずに黒の異形が溢れている。壁際に追い詰められる形になった二人が辺りを見渡して、逃げ場を模索するに時間が掛かる程の状態なのだ。そして、そうしている間にも何らかの攻撃が飛び、躱しきれぬ場所に傷を作り続けている。更にウロボロスが動けば、それこそ終わりかもしれない。そんな状況だ。


 時間がないと言う割に行動を起こさぬ慢心したウロボロス。ただ、その心の隙だけに助けられている紙一重の状況ーー切迫しているが、今というチャンスも来ない。綱渡りのようなスレスレの感覚が二人を襲っている。そして、その間、レーヴァンテインを使えぬミレイユは回復しきれない肩に苦しみながら体力を減らし、エドガーの魔力は減っていくのである。


 異形を薙ぎ払い機会を作ろうとするミレイユと彼女が作った隙が奥義を使うに相応しいかを判断しながら敵を捌くエドガー。その心に多少の不安と焦りが募っていっていた。




「ーータイミング、外すなよ?」




 エドガーが敵陣へと足を踏み出した。駆狼で姿を消したかと思えば異形の群れを一狼で蹴散らし道を斬り開く。更に湧き出た異形の群れも同じように一狼で弾き、追従するミレイユの姿を確認しながらウロボロスを取り囲んだ。


「狼犬流抜刀術ーー狼彩‼」


 残存と本体の計六体のエドガーからなる強力な一撃がウロボロスを狙う。元来ならばAランクの魔物でさえ切り伏せることの出来る高威力な技だが「その技は先程も見たぞ‼鱗を削ることしか出来まい‼」と更に笑みを浮かべたウロボロスに大きなダメージを与えることは不可能だ。


 そして、それはエドガーとて解っていた。この一撃はあくまでも巨龍の意識を逸し、奥義へと繋げる布石だ。巨龍の目が残像の中を追っている。ギラギラと輝く視線は捉えきれていないと思われたエドガーを捉えているのかーー最早、奥義を出そうとしている彼には意味の無い話だが。


 猛然と襲い掛かるエドガーにウロボロスが牙を剥いた。地を這う為に備えられた前足が彼に伸びる。ーーその後方では異形に囲まれていたミレイユが高々と燃える白炎を身に纏いながら派手に異形を蹴散らし始めた。


 レーヴァテインの発動。タイミングは少し早いように感じたが長年共に戦い続けたエドガーには彼女の意図が解った。ウロボロスが爪を伸ばしたのはミレイユが敵になり得ないと判断しての一点集中。狼彩で無理矢理抉じ開ければ隙足り得るとは考えていたものの完全ではない。


 だが、ダメージはほぼ無くても白の業火に敵足り得ると意識を逸らすことが出来れば、幾ら巨龍の攻撃でもSランクの実力ならば完全に抉じ開けることが出来る。


(流石、長年一緒にやってきただけはあるな)


 エドガーの口角が上がる。気の逸れた一撃で倒せる程、俺は甘くないぞ?と彼の気分は高揚していた。


 ガンガンッ‼と音を立てて爪が弾かれた。悦に浸っていたウロボロスの表情が一瞬歪んだ。


「狼犬流抜刀術、最終奥義ーー」


 雷の魔力に毛が逆立ち、全身がバチリバチリと音を立てながら輝いた。最終も何も奥義は一つしかないのだが、それもエドガーの遊び心だ。


 ただただ、ひたすらに速さを求め続けた。残像の数が増えれば増える程に威力が増す。単純な世界の構造に感謝したことが何度あったかーー学のない自分がSランクまで上り詰めSWDの隊長にまでなれたことは、そのわかり易さ故だ。


 メルトニアに言わせればそれさえも理論があるそうだが彼にとってはどうでもいい。自身が扱える限界の速さで斬れば斬撃以外に()()()()()()。その事実さえ解っていれば後は何でも良いのである。


 自身の目には十の残像が見える。故に単純にその名を付けた。そして、存外、その響きを彼は気に入っているのだ。




十狼(とうろう)っ‼」




 ウロボロスの鼻先を掠めるようにして十の衝撃波が天井を打ち抜いた。約束通り跳んだミレイユが青空の元へと飛び出して行く。外したと笑おうとしたウロボロスが彼等の目論見に気付き、怒りに顔を歪めた。


 足に雷の魔力を纏い異形を踏み台にしたエドガーが飛び上がる。


 空間を急ぎ修復し始めた巨龍ーー。見えていた青空が闇に包まれていく。ミレイユはレーヴァテインの魔力を打ち出し、脆くなった空間を維持、数多の異形が阻止せんと襲い来る様を振り払い空へと飛び出した。


 見慣れない景色が広がった。しかし、小国列島の何処かであるには違いなかった。タイミング的にはかなりギリギリだ。抜け出せるか抜け出せないかーーそこまで考えてミレイユは違和感を覚えて視線を下げた。




「SWDを頼んだぜ?」

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