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暫くの間、言われたい放題のわちゃわちゃを天を仰いだまま受け入れていたコーディは頃合いを見計らってメルトニアへと言った。
「もうGL萌えでも百合専でも何でもいいですが、SWD側に連絡しなくて大丈夫なんですか?別にエドガーさんの実力は知ってますし、そこまで心配はしてないですが巨龍本体が居るかもと考えれば流石に......しかも、メルトニアさんの言うSランクで一番速いっていう根拠も今一良く解らないですし......」
やれやれと首を振って難しい表情でいる彼にメルトニアは「確かに巨龍本体と当たるとね〜流石に不味いか〜」とエキドナに回していた腕を外して体を起こした。
「でも〜。一番速いってことが根拠になる理由が解ってないのは勉強不足だね〜。物理の勉強しなよ〜」
携帯端末を取り出した彼女は「エドガー君に掛けて出るかな〜?後は連絡先聞いたのは参謀君か〜」と連絡先を見ながらーー。
「魔法って力が出来たから一概には言えないけどさ〜。別に物理法則が変わった訳じゃないんだよ〜?寧ろ、自身を強化出来ることで耐えられる力が増えて〜、周りに与える影響さえコントロール出来るようになった訳じゃん〜?ってことは質量×速さが、そのまま攻撃力として扱えるって訳でしょ〜?」
キョトンとした表情を浮かべるコーディを前に"参謀君"と表示された画面をタップしたメルトニアには自身の耳に携帯端末を近づけながらーー。
「要は単純な物理攻撃力ならエドガー君が最強ってこと〜。だから、あんまり心配してないんだけどね〜」
○●○●
十全の巨龍を相手に戦ったエルフレッドが一枚の鱗を割るのにどれだけ時間が掛かったかーーそれを考えれば技一つで多くの鱗を叩き割るエドガーの攻撃力がどれ程高いのかは言うまでもない。
輝き閃光と共に縦横無尽に駆け回るエドガーの姿に羽虫と嘲ったウロボロスがどれ程の苛立ちを感じているかなど、想像するに容易いだろう。
圧倒的な機動力と破壊力ーーしかし、それを持っていながらエドガーが世界最強ではないのにはそれなりの理由があった。
「これだけ叩いても鱗を削るだけで精一杯ってなると流石に気持ちが萎えそうだな?」
荒い息を吐きながら眼前の敵を見据えるエドガーの横で同様の状態のミレイユは苦笑しながら言うのであった。
「本当だねぇ......こりゃあ英雄様の強さが諦めの悪さだって言われて納得だ。並大抵の精神力なら心折れてるよ」
彼等の場合、端っから倒すことを前提に戦っていない。それもあって戦えるがダメージというダメージを与えられない巨龍との戦いに真っ向から挑めば先に精神からやられてしまいそうだと、感じることは出来た。
そしてーー。
「隊長。魔力はどんな感じだい?」
「......正直、微妙だな。何処かで回復薬を呷りたいところだ」
Sランク最強の攻撃力と機動力だが、それを支える魔力が足りない。エドガーの弱点はその一点に尽きた。無論、通常の戦いで有れば事足りる。幾ら足りないとは言ってもSランクの中ではの話であり、一般的な冒険者に比べれば遥かに多い魔力を保有している。
だが、Sランクで最も魔力を保有しているメルトニアと比べると、その量は半分以下だ。元より長期戦には向かないのである。
「そろそろ逃げ疲れたか?俺としてはこの状況に飽き飽きしてきたところだが?」
クックッと音を鳴らすような笑い方をしながらウロボロスは闇魔法を展開ーー魔法生物と呼ぶには余りにも混沌とした異形達が闇の中にポッカリと空いた黒の大穴から飛び出してくる。
「闇の中級魔法といやぁ、もう少しメルヘンな感じだったと思うんだがねぇ‼」
体のバランスに比べて異様に大きな顎を持つ異形がその口を限界まで開いて襲い掛かってくるのをハルバードで裂きながら彼女は叫ぶ。返す穂先をクルクルと回転させて後方より同じ異形が長い牙をミサイルのように放ってくるのを弾くが、何発かは体を掠めていった。
「ミレイユ‼」
半ば囮のような動きになった彼女の前方に居た異形を斬り伏せながらエドガーは問うように名を呼んだ。
「こんなのは掠り傷さ‼隊長‼火属性の再生力を舐めんじゃないよっ‼」
清らかな赤が彼女の全身を包んだ。傷口を焼くかのように燃え上がり消えれば無傷の肌が現れる。
その様子にホッとした様子を見せたエドガー。襲い来る異形を六体纏めて払い切りウロボロスへと視線をくれた。ニヤニヤと顔を歪め続ける巨龍の横に広がった穴は吐瀉物を撒き散らすかのような勢いで夥しい数の異形を吐き出し続けていた。
「雑魚が幾ら襲い掛かって来ようが俺の敵じゃねぇ‼」
魔法を使うまでもないと己が剣術だけで斬り伏せ続ける彼に異形が殺到している。援護に向かおうとするミレイユを足止めしながら後方に回り込み戦力の分散を図っている。
前で切り込むエドガーは勿論、後方で足止めを喰らっているミレイユは今の状況を苦々しく感じていた。寧ろ、壁を背負っている分だけ余裕が有り、状況把握に努めやすいミレイユの方がより危機的に感じていると言っても過言では無いだろう。
そして、ウロボロスの足止めの為に大技を連発している為に明らかに消耗の具合が激しいエドガーを狙っているところが的確かつ嫌らしい。更には前方で様子を伺っているウロボロスは何らかの行動を起こすべく闇の魔力を練り始めた。更なる危機が訪れているのは言うまでもない。
「ーー隊長‼後ろ‼」
ハルバードで敵を掻き分けエドガーの背中に迫ろうとしているミレイユの前で大口の偉業が長い歯を射出しようとしている様が見えて叫んだ。
「ーーぐっ!」
しかし、エドガーは避けることが出来ない。そもそも四面楚歌の状況で前、横も膠着状態ではない。襲い来る異形を切り裂きながら反転、障壁を張り巡らせるが間に合わず肩の辺りを撃ち抜かれた。
「隊長⁉このっ‼消し飛べ‼異形ども‼」
ハルバードから吹き出した炎が異形を焼き尽くす。横薙ぎに払われた一撃は過分に魔力を持っていったが包囲網を突破するのには十分だった。回復魔法を唱えて、エドガーを援護ーー駆け寄り背中を守ろうと考えて居たミレイユはーー。
「おっと。足元が疎かになっているなぁ!」
突如、足元に広がった穴より飛び出した鮫のような見た目の異形に飛び掛かられ、肩に食い付かれる。
「あああああ!」
痛みに絶叫ーー炎の魔力で引き離そうとするが中々喰らいついて離れない鮫型の異形。よろめいて倒れたミレイユへとエドガーを囲んで居た異形が殺到する様に進路を変えた。
「ミレイユ‼ーークソォオ‼どけぇ‼化け物がぁ‼」
残像を作り駆け抜けたエドガー。異形が認識する前に切り裂き、屠り、蹴散らして彼女に喰らいつかんとする異形達を瞬殺して彼女の元に到達ーー鮫型の異形を切り裂いて彼女を抱き上げた。
「ミレイユ⁉」
「隊長......下手こいちまった......でも、お陰で助かったよ......」
食い付かれた左肩は動かすのも辛そうな様相だが、どうにもならないと言うわけではない。火属性の最大の特徴は破壊と再生。当然、Aランク相当の強さを持つ彼女もレーヴァンテインなどの魔法が使えるため回復は可能だ。その後の状況はあまり良いとは言えないが命は繋がるだろう。
「しぶといなぁ.....まるで害虫のようだ。いや、人という存在は俺からすれば真に害虫だがなぁ!」




