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「エルフレッドぉ!遅いのら!何してたのら!」
「ハハハ、フェルミナ様。申し訳ありません。片付けに手間取ってしまいまして......」
実際はフェルミナが投げ飛ばしたペンを探すのに時間が掛かっていたのだが一々そんなことは言わないのがデレ甘なエルフレッドである。
「あのフェルミナ様。申し訳ありません。そちらのお嬢様はーー」
「あ、はじめまして。私、カターシャ=ルナミス=カーネルマックで御座います。お話は兼ね兼ね伺っておりますよ!」
「これは失礼致しました。改めて私エルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツと申します。よろしくお願い致します」
無礼がないようにとエルフレッドが礼をしながら告げるとカターシャは可笑しそうに笑う。
「ご、ごめんなさい。そんな歴戦の戦士の様な風貌なのに凄く丁寧な挨拶が返ってきたのが何だか可笑しくって」
クスクスと笑う彼女にエルフレッドは恥ずかしげに頭を掻いた。
「いえ、自分で言うのもなんですがこう傭兵のような風貌だとは感じておりますのでお気になさらず......」
「エルフレッド‼︎なんれカターシャちゃんとばかり喋るのら!私とも喋るのら〜‼︎」
ただの自己紹介の延長上の話だったがムスっとした表情で急に駄々をこね始めたフェルミナにエルフレッドは困った様子で笑った。
「いえ、フェルミナ様。挨拶の延長線上で話していただけですから......一緒にお茶菓子でも食べましょう。えっと鰻パイを、えっ、鰻......パイ?」
エルフレッドは包装袋を確認するが何処にも鰻らしさは感じなかった。横でガサガサと嬉しげな表情で袋を開けたフェルミナが牙が見えるくらいの大口でバリバリと鰻パイを齧り始めた。
「サクサクして美味いのら!あっ、エルフレッド!こっち!こっちに座るのら‼︎」
カターシャがいる方とは逆隣の席を叩くあたり余程さっきの会話が気に入らなかったらしい。特に席に拘りはなかったので示された方の席に着くと彼女はニマーと嬉しげな笑みを浮かべた後に頭を擦りつけたりしてくる。
「ふふふ、本当にフェルミナちゃんに好かれているんですね!」
「ハハハ、どうやら懐かれているみたいで恐縮です」
機嫌を損ねないように頭を撫でながら答えるエルフレッド。それを見ながらカターシャはエルフレッドに関して目を光らせ、こんな印象を抱いていた。
(あっ、この人、人たらしだ)
○●○●
(まずは一人目ですの)
ユエルミーニエは部屋を出ながら考える。実際は妹親子をどうこうしようなどとは考えてすらいなかったのだが妹は昔から自分のことを怖がっている節があったのでそれを利用させてもらうことにした。ホーデンハイド家の感覚は持ち合わせていないが妹アナスタシアは非常に優秀である。その分敵に回ると些か厄介な存在だ。
(そもそも感覚と言えばカーネルマック家の血が入ってるはずのカターシャの方が鋭いですの。先程のあの表情を見ると......)
普段はオドオドしているのにアナスタシアを連れて行こうとした瞬間に”お母様に何かしたら許さない”と非常に強い感情を見せてきた。とても、ホーデンハイド家らしい反応に思わず苦笑してしまう。
きっとアナスタシアが帰って来たら、それはそれは非難がましい視線を送って来ることだろう。可愛い姪っ子から嫌われるかもしれない事実に少し胸が傷んだがユエルミーニエは止まるわけにはいかなかった。
(私はフェルミナの為に生きると決めていますの)
虐めに気づいてやれず壊れてしまった娘ーー、その後悔は何時までも晴れることがない。今のユエルミーニエに出来ることは誰を敵に回そうと、傷つけようと、傷つこうと、フェルミナの全てを叶える為に動くということだけだ。あれから一年。フェルミナが治る兆しはない。ならば、治らなくても幸せになる方法を考えるしかないのである。
「......私はもう止まれないのですの」
見つかったのは小さな希望だ。それを成熟させることが自身が出来る唯一の償いだとユエルミーニエは信じていた。
(ごめんね。アナスタシア)
せめて病まぬことを祈る。強く精神的にダメージを与えたのは間違いない。そして娘の為に全てを捨てる姉をどうか許して欲しい。そんなことを思いながら我ながら身勝手な考えだとユエルミーニエは自嘲するのだった。
○●○●
お茶会の帰り道。カターシャはあからさまな空元気を見せる母親を心配しながら考えを巡らせる。母親の様子が変わったのはユエルミーニエ様と二人で話してからだ。あれほどアピールを考えていたエルフレッドとも軽い自己紹介と世間話で終わらせるくらいだである。何か言われたのは間違いない。
カターシャは少し眉間に皺を寄せた。叔母様は私が釘を刺したのを解っていながら手を打つ程度には本気なのだろう。このまま参戦し続けても傷つくのは母親ばかりである。
(ちょっぴり良いな、とは思ったけど......)
エルフレッドは風貌とは真逆で優しくて気の利いた人物だ。知性的で話も面白い。そして、既に伝説的功績を持つ英雄である。更に将来は広大な敷地を持つ辺境伯が内定している。あれはお母様方の間で争奪戦が起きるのも仕方がない逸材だ。
だけど、そのちょっぴり良いなで母親が苦しむのはカターシャとしては大問題だった。もっと突き動かされるものがないと叔母様と戦うにはあまりにも割が合わないと思ってしまった。
「お母様」
「ど、どうしたの?カターシャ?」
普段はキリッとしいて凛々しい母親が何かに怯えるようにオドオドとしている姿をカターシャは見ていられなかった。
「ごめんなさい、お母様。私、エルフレッド様はちょっと苦手かも。目つきが鋭いしお話も合いませんでした。せっかくお母様が機会を用意して下さったのに何だか私申し訳なくて......」
ならば一抜けを表明する。そして、申し訳無さそうに上目遣いで見ながら悲し気な表情を作るのだ。
「そう。それは残念だけど人には相性があるものね?今回は縁がなかったってことかしら......」
アナスタシアは残念な表情をしながらカターシャの頭を撫でた。しかし、その表情の中に一瞬安堵の色が浮かんだのをカターシャは見逃さなかった。
「一回しか会ってないのに我儘言ってごめんなさい」
ダメ押しで彼女が謝るとアナスタシアは愛おしいと思っているのが解る表情で微笑んで首をゆっくりと横に振った。
「良いのよ。貴女の幸せが一番なのだから。焦らずゆっくり探していきましょう?」
「はい、お母様!」
(私の幸せはお母様を守ること。私がお母様を守るんだ!)
笑顔の裏でそう誓ったカターシャ。母親に撫でられながら俯き、母親に見えないようにフンスと鼻息を荒くするのだった。




