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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(下)
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「うわ〜ん‼メルトニア姐さん‼コーディが無理って言った‼乙女心踏み躙った‼マジ鬼畜〜‼」


「あ〜あ。い〜けないんだ〜いけないんだ〜。コーディ君の鬼畜〜‼よしよし〜エキドナちゃん、こっちおいで〜」


「......今のって俺が悪いんですか?後、その右手の注射はなんなんですか?せめて任務遂行してからにして下さい」


 聖母のような顔でエキドナを慰めるように抱き締めていたメルトニアの右手には蛍光色の液体が入った注射器が握られていた。ぶっとい注射器で脊髄を狙わんとする様は正にマッドサイエンティストである。


「ーー私は慰めてただけだよ〜?注射器ってなに〜?自分が責められそうだからって話捏造するのは良くないと思うな〜」


 あからさまに顔を顰めた後に何事もなかったように嘯くメルトニア。展開した空間魔法の中に注射器を投げ入れてポンポンとエキドナの背中を撫でた。


「はぁ......だからエルフレッドは証拠は取っておくようにって言ってたのか......もう何でも良いから行きますよ?敵さんは待ってくれませんからね?」


 溜め息の後に銃剣の安全装置を外したコーディ。何かが近付いてくる気配を感じていた。


「何でも良くないっ‼コーディの馬鹿‼阿保‼あーもう‼こんな大事な時に邪魔すんな‼」


 メルトニアから離れて苛々した様子を見せながら蛇腹剣を構えたエキドナも何らかの気配を感じている。


「赤い眼をした小さな黒蛇が一匹〜、とりま、こっちは()()かな〜」


 敵の姿を確認したメルトニアはギルドから聞いていた敵の詳細と照らし合わせながら杖を構えた。常闇の巨龍ウロボロスの()だ。本体では無い。無論、影相手とはいえ一筋縄ではいかない相手なのは重々承知だ。


「今日は人間の来訪者が多い。俺の住処でも探しているのだろうな?」


 蛇としての顔を器用にニヤリと歪めながらウロボロスの影が笑いながら言う。その小さな体に対して圧倒的な存在感を放っているそれにコーディは身を引き締め、エキドナは目を輝かせ、メルトニアは楽しげに笑った。


「この感じだったらあんまり威力とか気にしないで良いよね〜。新魔法を色々試してみよ〜と」


 即座に魔法陣を展開。各属性の魔法陣が黒のキャンパスを彩る絵画のように並ぶ中でウロボロスの影は笑うのである。


「ほう?これは見事な全属性魔法陣の展開だな?中々の使い手のようーー「対エルフレッド君魔法第四弾〜、"全属性レーザー(仮)"」


 影の声を掻き消すように魔法から無数の光線が発射された。様々な色の閃光が走り、蛇の体にぶち当たっていった。燃やされ、冷やされ、痺れさせられ、切り裂かれーー。


 多くの事象が蛇を襲い爆発を起こした。ポカーンと口を開く二人の前で魔法を放ち終わったメルトニアは全くの無傷で現れたウロボロスの姿を見て人差し指を顎に置く。


「素晴らしい魔法だったが闇の障壁の前では無力だっーー「うーん。理論上より損傷率三十%減ってとこか〜。射出スピードの関係で予想より相殺が発生してるのかな〜。見た目の派手さは中々好みだけど調整は必須だね〜」


 ニヤニヤと馬鹿にするように笑い挑発しようとしていたウロボロスを前にメルトニアは自身の作った新魔法の出来を評価し始めた。「どんどんいこうか〜」と更なる魔法陣を展開する彼女に頬を引き攣らせるウロボロス。


 チャンスと言わんばかりに蛇腹剣を伸ばして攻撃を始めたエキドナと、それをカバーするように的確な銃撃を見せるコーディには隙らしい隙もない。とはいえ、ウロボロスの影はその全てを避けて、時に障壁で受けている全くの無傷だ。


「見事な連携だが俺にはーー「対エルフレッド君魔法第二弾〜、"バーンオブカオス"」


 纏わりつく闇が粘着性のある接触を見せた瞬間、片っ端から爆発していく。ベチャ‼チュドーン‼ベチャ‼チュドーン‼と嫌な音を立てては破裂を繰り返すそれに再度ウロボロスの影の姿が見えなくなった。


 煙の中から出てきたウロボロスの影はやはり無傷ーーしかし、その表情には微かな苛立ちの色が見えていた。


「期待値通りの威力だから合格〜。まあ、常闇の巨龍には効かないみたいだけど〜。闇と炎の複合魔法だから仕方ないか〜。次はーー「貴様、俺を舐めているのか?」


 今までの余裕綽々で馬鹿にするような態度をとっていた状態とは打って変わって強烈な威圧感を放ちながら影が問う。


「戦いの割に随分余裕ではないか?頂点に立つ巨龍という存在を前にして研究成果を発表するような真似ばかりして......貴様がどれだけ優れた魔法使いだろうと俺にはーー「だって〜本体じゃないじゃん〜?」


 はぁ?と言いたげな表情を見せる影に対して、メルトニアは目を細めながら笑いーー。


「私だって〜本体出て来たら真剣に考えるけどさ〜。出て来たのがこんな()()()()()()()存在だったら実験にしか使えないよね〜。見てみなよ〜、死ねるかもって期待してたエキドナちゃんの残念そうな顔〜。そして、あの真面目なコーディ君が安心し過ぎて居眠りしてるし〜」


 メルトニアに言われウロボロスの影が視線を向ければ二人は正に言われた通りの状態だった。蛇腹剣で地面を叩きながら半分遊んでるようなエキドナはメルトニアに対して早く終わらせちゃって下さいと言わんばかりの表情であり、隣で船を漕いでいるコーディに関しては鼻提灯が割れて、漸く今が戦いの最中だと思い出したかのような表情を浮かべていた。


 確かに影ではあるがここまで馬鹿にされるような状況か?と表情を引き攣らせるウロボロスの耳に「確かにエルフレッド君程は強くないけどさ......」と普段の気の抜けた喋り声からは想像出来ないような底冷えするような声が届いた。


「リュシカちゃん人質に取って焦ってるエルフレッド君に勘違いしたのかな?ここに居るのは自分の身は自分で護れる子達ばっか。最悪、人質になろうものなら舌くらい噛み切っちゃうよ。だから私は勝てない本体が出て来たら逃げる役目を担ってるって訳。大切な後輩達を失う訳にはいかないからね」


 今までの実験的な魔法とは全く違う、精密且つ秀麗な魔法陣が展開されメルトニアの周りを回転し始めた。ウロボロスの影の強力な威圧感を飲み込むような威圧感と共にメルトニアの纏う魔力が人間のそれからエルフのそれに近しい物へと変貌し、彼女の双眸が金色に染まっていく。


「Sランクが何故少ないのか......試験が難しい?それも間違いじゃないけど多くは()()()()()()。ここに居るAランク上位の子だって越えなきゃいけない壁があるくらいにね?だから、残り滓なんてお呼びじゃない。本体じゃないなら時間も掛けられない。ていうか、()()()()()()()()


 彼女の手の中に光り輝く筒状の魔力が現れる。膨大な魔力が圧縮されたそれは大気中のマナ原子さえ取り込んでいき、周りの空間が耐えられぬ程の事象を起こして軋む音と共に歪みを発生させた。メルトニアは薄く笑ってウロボロスの影を見た。


 小さな蛇が、蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなっている姿を睨みつけるように見つめながら彼女は「これ喰らって消えなかったら影でも割と良い感じかな?まあ、そんなことは無いと思うから最後に一言言わせて貰おっかな?」と冷徹な瞳ながら満面な笑みを浮かべるのだった。




「とりま、人族舐めんな」




 振り下ろされた魔力がウロボロスに当たった瞬間、一本の光の柱が天を登った。ウロボロスが作った闇の空間を突き破り雲を切り裂きながら何処までも伸びていくような柱ーーそう表現しても何ら問題ないような爆発がウロボロスの影を飲み込んだ。


 圧倒的な破壊力、そして、押し潰さんとする方向以外には一切の魔力漏れを起こさない精密な操作が延々と影の存在を否定し続けた。


 魔法が終わり、メルトニアには何時の間にか落ちていたとんがり帽子を浄化魔法で綺麗にするとそれを被って踵を返す。


「んじゃ〜、次に行こうか〜」


 頷くAランク二人を見て何時ものように緩く笑うとメルトニアは歩き出した。そこにウロボロスの影が居たことを証明するかのように地面に焼き付いた蛇型の影ーー。それだけを残しギルド隊は洞窟を後にしたのだった。

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