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学園を卒業し晴れて騎士となったイムリアは新人研修を終えた祝いということもあって、ウルニカに連れられ行きつけのBARへと向かっていた。
マスターから祝いのオリジナルカクテルとフルーツの盛り合わせが出されて驚き、親友を見れば「サプライズよ。今日は私からの奢りだから」と微笑まれて胸が熱くなった。
「ありがとう。私は幸せだ」
そう言って微笑みオリジナルカクテルに口をつけたイムリアはーー。
「ふふふ、それなら良かったわ。ゴブリンの話とか妹さんの話とか聞いた時は本当に大丈夫なのかと心配したけど......何とかなるものね?」
冗談めかしながら告げるウルニカの言葉に噎せて、吹き出した。
「ウ、ウルニカッ‼その話はやめてくれと言ってるではないか‼妹の話は本当だし、ゴブリンやオークの話は親の行き過ぎた妄想だ‼」
すいません‼顔を真っ赤にしながら口をハンカチで拭う彼女にマスターは「大丈夫ですよ。気になさらないで下さい」とテーブルクロスで汚れた場所を拭った。
「だって、いきなり"妹が巨龍と結婚してパパになるそうだ"とか言われたら頭大丈夫?ってなるでしょ?しかも、その次の話が"最近、両親が私が婚約者を捨ててゴブリンとかオークとか連れて来るかもしれないと本気で疑ってくるから有り得ないと説得してくれ"でしょ?幾ら親友でも、流石にちょっとって思うでしょ?」
苦笑するウルニカを前に当時の事を思い出したイムリアは遠い目をしながら「......言い方が悪かったことは反省している」と溜め息を漏らした。
「妹さんの件は正直私も悪かった部分があるわ。説明不足とはいえ言ってることは全て真実だった訳だし......でも、貴女の件は貴女の趣味嗜好に問題があったのが、そもそもの問題だし......」
お気に入りのジントニックを飲みながら困ったような表情を浮かべるウルニカに「別に現実にどうこうしようと思っていた訳ではないからいいじゃないか......まさか、母親に携帯端末をチェックされるとは思わなかった......うう......」と顔を真っ赤にしながら唸り声を上げるイムリア。その時の事を思い出して恥ずかしさがぶり返しているようだ。
「まあ、現実にどうこうなったのは妹さんの方だから貴方の言い分も解らなくはないけども......普段はそうは見えなくても貴女のお母様って伯爵家のご令嬢でしょう?大層、驚かれたと思うわ」
「......驚いたというよりは悍ましい物を見るような目で見られたな。あんな母親の顔は今迄一度も見たことがない」
頭を抱えながらオリジナルカクテルを煽る彼女に「よっぽど酷い内容の物を読んでたのでしょうね」と呆れた様な表情を見せるウルニカだった。
「そういえばアルドゼイレンさん、携帯端末契約したんでしょう?妹さんに連絡とかあったの?」
「ああ、そうなんだ。サプライズで契約したみたいで妹も本当に驚いていたぞ?あ、これこれ!この画像を見てくれ!」
メッセージアプリを開き、妹の欄に表示された画像を開いたイムリアが携帯端末の画面を見せるとウルニカは驚いた様子を見せた。
「もしかして、この大きなドラゴンがアルドゼイレンさん?......本当に巨龍だったんだ......」
「嘘を言う訳が無いだろう?とはいえ、実際、見るまで信用出来ない気持ちは解る。ーーまあ、今回の画像はそこじゃなくてお腹だお腹」
ウルニカは「何だか全体のフォルムの割にお腹がプックリしてるわね?」と繁々見詰めた後に「あっ‼そういうこと‼」と再度驚きの声を上げた。
「そうなんだ。以前来訪した際も多少は大きくなっていたのだが卵のサイズとしてはもう産まれる時のサイズと一緒なのだそうだ。初めは不思議な気分だったが、こうやって実際に大きくなっていってる所を見ると両親も私も盛り上がってしまってな?もう、男の子なのか女の子なのかとーーもしかしたら本人達以上に盛り上がってしまっているかもしれん」
「ふふふ、そうなのね?そうしたら、イムリアは遅くとも来年には叔母になっているのってことね?そう考えると何だか面白いわね」
軽食を頼み、摘みながら笑うウルニカに「一番結婚が遠そうだった妹から結婚し、子供が出来ている訳だから家族としても面白いと思っている。家に殆ど寄り付かなかった兄も今回は流石に帰って来るそうだ。というか、そろそろ兄も家督を継ぐ準備をしないといけないから遅いくらいなのだが、まあ仕方ないだろうな」
イムジャンヌからするとほぼ面識が無い兄だが、別に妹を含む家族が嫌いな訳ではない。イムジャンヌ以上に剣の道にのめり込み、家族よりも婚約者に優先順位をおいている。そして、年若き婚約者を貰った為に剣に掛ける時間があったが、それも、そろそろリミットがくるだろう。となれば時間をあまり取れないのだ。
無論、多少拗らせているというのもあるが妹が結婚し、子供が産まれるともなれば流石に時間を惜しまないくらいの感情はあった。
「何だかこうやって通じ合っている結果を見ていると異種恋愛って凄くロマンチックに感じるわね。それに妹さんのことを考えるとお互いを補い合うような形なんでしょう?」
フルーツ盛りに手をつけながら頬を緩めていたイムリアは優しい笑みを浮かべながら頬杖をついた。
「そうだな。私のせいかもしれないと思うと少し悩みもするが......普通の恋愛に比べて困難が付き纏うイメージがあるからかもしれないが私もそう思うぞ?家族として考えれば困惑する面もあったが、今はただただ嬉しく思っている」
そして、さくらんぼを口に入れて幸せそうにしているイムリアにウルニカは微笑み掛けた。
「そこは何はともあれでしょう?妹さんも気にしていないようだし、幸せならそれで良いじゃない。さて、今日は楽しく呑み明かすわよ‼」
ジントニックを追加して乾杯を促す彼女に「程々にな?」とイムリアは苦笑した。半分程飲み干して楽しげに笑うウルニカを見て彼女も追加のカクテルを頼むのだった。
○●○●
翌日、地面にポッカリと空いた洞穴へと繰り出したエドガー達SWDの面々は真昼間というにも関わらず、相変わらず底の見えない洞穴を見て表情を引き締めた。
そして、自身達がある程度接近している状態に対して、魔物の一体の出現もない静寂に包まれた状況に不気味さを覚えるのだった。
「さて、穴の中からは何が出るんだろうな?やっぱり、ここは大きな蛇でも出てくるんだろうかねぇ」
突然の魔物の出現に備えて愛刀を何時でも抜ける状態に構えたエドガーが緊張を紛らわすかの如く戯けた調子で言う。
「私としちゃあ正直、大きな蛇は勘弁何だがねぇ。どちらかと言えば大きな蛇の軍門に下った愚かな犯罪者と濃密な時間を過ごしたいってもんさ。このハルバードを使ってね」
同じように軽い調子ではあるものの長く積み重ねてきた感情に眼光をギラギラとさせて洞穴を睨みつけるミレイユ。近くに彼女を止める者は居ない。
「それで隊長。調査の後にエルフレッド殿へと引き継ぐってことですが、どうやって調査するおつもりで?この状況を見るに対策無しに潜るって言うのは、あまりオススメ出来ませんが?」
ミレイユの後で弓の準備をしながら参謀が告げれば、エドガーは肩を竦めながら溜め息を漏らした。
「オススメは出来ない......ねぇ。まあ、正直に言えばオススメ出来なかろうが普通に潜るしかねぇだろうな。危険は承知の上だが他に策がねぇ。確かめてねぇものをエルフレッドに頼む訳にもいかねぇしな」




