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バサバサと翼を慣らし「天の彼方まで、さあ行くぞ‼」と空へ飛び立ったアルドゼイレンに「天の彼方は飛び過ぎだろう」とツッコめば「グワッハッハーーおっと‼お腹の子供にまでツッコまれたぞ‼」と一際強い振動の後に巨龍はお腹を擦るのだった。
先ずは強度の高い携帯端末はどれ程の物かと聖国の中心地へと向かうエルフレッドとアルドゼイレン。青々とした空を悠々と飛びながら鼻歌を混じらせる巨龍にエルフレッドは訊ねる。
「アルドゼイレン。少し聞きたいことがあるのだが......」
「うん?どうしたのだ?」
「いや、常闇の巨龍についてだ。以前、お前は中々の強さだと言っていたが......その、だな。俺が考える正体が正解だとするならば、その実力はアルドゼイレンにも勝ると考えている。だが、お前が相手の実力を見誤るとも思えない。そう考えた理由や考えられる可能性があれば参考の為に聞いておきたいと思ってな」
「......なるほどな。我も神の使いになってからユーネ=マリア神にウロボロスが偽りの巨龍であるのは聞いているぞ?それを踏まえて考えると可能性は三つーー可能性が高いのは二つだと我は考えている」
「聞かせてくれ」
アルドゼイレンは背中越しに頷くと「まずは可能性が零に等しいものからだな」と前置いてーー。
「最早有り得ないだろうが我が感じた通りの強さだという可能性だな。智謀や策略に優れているものの強さ自体は中々程度だということだ」
「まあ、有り得ないだろうな。次は?」
にべもなく告げるエルフレッドに対して特に気にした様子もないアルドゼイレン。巨龍自身、言いながら有り得ないと考えているからだろう。
「二つ目は実力を謀ったというものだ。知を極め、時に創世神さえも謀る存在だ。いくら我が実力見極める目を持っていたとして創世神のそれを超えるとは思わん」
「......なるほどな。相手を油断させる為に実力を偽ったということか。確かに有り得そうではあるな。それでも俺はアルドゼイレンが騙されるとは思えんがーー」
確かに創世神さえも謀る存在だと考えればアルドゼイレンが騙されていた可能性は否定出来ない。故に十分考慮する必要がある可能性である。しかし、エルフレッドは多少なりとも納得出来ない気持ちがあった。無論、友である巨龍に対して少なからず主観が入った感情を抱いているのはあるだろうが、再戦すれば次に地に伏すのは自分かもしれないと思う程の実力を持っている。
世界最強の巨龍を自負するに相応しい実力は正しく地上最強の生命体に等しい。故にそのような実力者を謀れるような存在が居るとは俄に信じ難いのである。無論、神をも謀る存在故にこの星に存在する全てを謀るくらい造作もないと言われれば、それまでだがーー。
「まあ、我とて、そう謀れるとも思っていないがな。故に最後の可能性として我は何らかの制約に縛られていると考えている」
「制約、か」
巨龍は「旧神話時代の神と三柱の創世神が違う故に定かでは無いがな。どうにも創世神とて無条件に全てを話せる訳でもないらしい」と苦笑するような声を零す。
「あくまでも想像の域は出ない話だが、天にも逆らいし大罪を犯して地の底に封印されるだけというのは考え難い。神の隣に居て尚輝くとされた存在であろう?その実力は創世神とて侮れぬものの筈だ。ならば、ただ閉じ込めただけでは何れ世を乱す為に抜け出すことなどいくらでも考えられる。故に自身等では手を出せぬ状況を想像し、何らかの保険をつけていたとしてもおかしくは無いだろう」
それ故の制約か、と考えるエルフレッドを他所に「象徴とされた翼を奪われたことがそもそもの保険とするならば話は変わってくるがな。それで弱体化しているのであれば有る意味制約とも言えるし、一つ目の可能性も零ではない。それ故、可能性として挙げた訳だしな」と肩を竦めるような動きをしてみせた。
「確かに可能性としては高そうだ。ならば最後にアルドゼイレンが考える制約があれば聞かせてくれ」
エルフレッドは影と相対した時の事を思い出し、考えてみたが皆目見当がつかなかった。そもそもが本体ではないので強さ的にも参考にならなかったというのもあるが、何にせよヒントが少な過ぎる。今の時点で思考を巡らせるならば翼を奪われた事がそもそもの制約と考えるのが理に適っているとさえ思うのである。
アルドゼイレンは何時だったか、常闇の巨龍としてのウロボロスと相対した時の事を思い出して思考していたが「あまり有力な可能性は無いな」と苦笑を漏らした。
「魔法が使えなくなっていた様子でもなければ十全の巨龍としてのを実力がなかった訳でもない。とはいえ、全く想像が出来ない訳ではない。ユーネ=マリア神曰く、人は神を模して創られた存在であったが、龍はそもそも天使として神に仕える存在だったそうだ。翼の生えた蛇と表されし熾天使等は正に龍のそれだな」
多くの龍はそれを知りもしないが巨龍にはその時の名残りのようなものが残っている、とアルドゼイレンは語る。
「元来は人を導く為に一つの地域を見守り、人を助け導く為に神の力を分け与えられた。そして、それを表す名を与えられていたのだ。神の炎、神の人、神の癒やし、神に似たる者は特に高位の天使として有名だな。残念ながら我以外の巨龍は見守るべきが支配となり、助け導く筈の力を持つが故に人を見下す様になってしまったのだがーー」
そう言って苦笑しているアルドゼイレンに「ならば巨龍としてのを有り方はアルドゼイレンが正しかったのか?それはそれで微妙なのだが......」と呟けば「微妙も何も正解ならば良いではないか‼我が友ながら不思議な事を言う‼」と大笑いするのだった。
「まあよい。ーーとなれば制約はその天使としての根幹に関わるものではないか?と我は思うのだ。例えば神の力を失ったとかな?」
それを聞いたエルフレッドは自身が読んだ書物等の知識を総動員して思考ーーその結果、アルドゼイレンの言葉が正しいと判断するに至った。
「有力な可能性が無いなんてとんでもない。恐らくはそれが答えだ。ウロボロスの真名はルシフェル。即ち、光をもたらす者だ。それが今では光の届かぬ地の底に落とされ、常闇の巨龍等と呼ばれている。要はーー」
「神から与えられし光を司る力を取り上げられ、最も得意とする光の側に向かうことさえ禁じられた、と......嘗ての長が憐れなものだ」
同胞を思ってか少々の憐憫を見せたアルドゼイレンだったが「とはいえ、神の情けか知を司る力までは取り上げられなかったにも関わらず、それを使って人々や神を謀り続けているのならば救いようも無いがな」と失笑した。
「さて、ある程度検討がついたところでこの話は終わりだな。我の携帯端末を買う話をしようではないか‼」
嘲る様な表情から一変してウキウキとし始めた巨龍に苦笑しながら「そういえばーー」と彼は思いついたように訊ねた。
「巨龍が天使だとするならばアルドゼイレンにも真名があるんじゃないのか?まあ、今更、真名で呼ぶ事もないのだろうが興味本位でな」
するとアルドゼイレンはニヤリと口角を上げるような笑みを見せながら天に向けて雷を放つのだった。
「我の真名は神の雷霆、ラミエルだ。嘗ての我は人族の女性と交わり堕天したそうだが繰り返し使命を果たした故に許された。愛故に交わったが、その結果、愛する者を深く傷付けることになったことが問題となったそうだ」
「......なるほど。では、元々そういう性質を持ち合わせていたのだな?」
自身の友人の一人と婚姻関係にあることを思い浮かべながら苦笑したエルフレッドに対して、アルドゼイレンは大きく頷くと楽しげに笑うのだった。
「人を愛する宿命は変えられないようだが、初めから傷付けずに自身で産むことを考えれば良かったのだろう‼衝動もあったのだろうが嘗ての我は愚かな事をしたものだ‼グワッハッハーー」
そして、稲光色の巨龍は自身が抱える卵の中で胎動し始めた我が子に目を細めると、満足気な表情を浮かべながら自身のお腹を両手でゆっくり擦るのだった。




