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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
36/457

15

 勉強の時間が終わるか終わらないかの頃に侍女が来客を告げる為にフェルミナの部屋に現れた。


「失礼致します。フェルミナ様、エルフレッド様。カーネルマック家よりアナスタシア様とカターシャ様がおいでなさいました。このまま御夕食となりますので準備が終わり次第食堂へとお願い致します」


「カターシャちゃんが来てるのら⁉︎カターシャちゃん‼︎」


「あ、フェルミナ様⁉︎」


 今こなしている勉強道具さえもほっぽり出して「わ〜い‼︎カターシャちゃん‼︎」と喜び勇んで走り去っていくフェルミナ。


 その姿を溜息を吐きながら見送る侍女に苦笑を漏らしながらエルフレッドは片付けを始めた。


「申し訳ありません。フェルミナ様が......」


「いえ、あれだけ喜んでいるのだから余程会いたかったのでしょう。片付けが終わりましたら私も向かいますから、どうぞ、フェルミナ様をよろしくお願い致します」


「......かしこまりました。ありがとうございます」


 一礼とともに去っていく侍女を見送りながらエルフレッドは勉強机の上を片付けていく。


(......少し甘やかし過ぎているのだろうか?)


 自身には大層厳しくする性格をしているためにあまりそういった性質は持っていないと思っていたが、少しの注意さえも躊躇ってしまっているのは相手の精神を考えてだけとは思えずーー。


「まさか、自分に親馬鹿の性質があったとはな......」


 何処ぞに飛んでいっているペンを探しながらエルフレッドはそう呟き溜息を吐くのだった。




「カターシャちゃん‼︎」


「うわっぷ⁉わあ、フェルミナちゃん!お久しぶりだね!」


 飛び付いてきたフェルミナを抱きとめたカターシャ。嬉しげにキャッキャしている娘達に頬を緩めながらアナスタシアは姉へと振り返った。


「お姉様、本日はお招き頂きありがとうございます」


「ふふふ、アナスタシア。ここは貴女の実家でもありますのよ?そんな堅いことは言わないでよくてよ?」


 そう言ってユエルミーニエは嫋やかに微笑んでいる。テーブルの上には美味しい茶菓子と言っていたが鰻......パイ?袋の写真を見る限り鰻の要素は見つからない。


 アナスタシアが「鰻......?パイ......?」と頭を悩ませているとユエルミーニエは子供達に向き直った。


「フェルミナ、カターシャちゃんと先に頂いておいて!エルフレッド君にもよろしく言っておいてほしいですの!お母様はアナスタシアおばちゃんと少しお話がありますの!」


「わかったのら‼︎エルフレッドにも言っておくのら‼︎」


 元気良く挨拶をするフェルミナに頬を緩めながら「アナスタシア、ちょっと」とユエルミーニエが手招きしている。アナスタシアは一瞬首を傾げたが姉の後ろを着いていくことにした。


「あ......」


 視界の隅に入った娘のカターシャが何故だが酷く心配気な表情でこっちを見ている。


「少しお話に行ってくるわね」


 そう告げながらアナスタシアは解らないことばかりになったが姉を追うことにした。そして、彼女は娘が心配そうな表情を浮かべていた理由を直ぐに知ることとなった。













 姉はこちらを見ることもなく私室へと入っていく。そんな普段とは違う姉の態度にアナスタシアは少し戸惑ったが彼女は首を傾げながら中に入った。


「お姉様、どうしたの?急に話なんてーーッ⁉︎」


 その瞬間、アナスタシアは息が止まるかと思った。姉があの恐ろしい虚無の表情でこちらを見つめていたのだ。思わず後退るがそれは閉まった扉に阻まれた。


「ねぇ、アナスタシア。私に言わないといけないことがあるのではなくて?」


「い、言わなくてはならないこと?」


 思わず声が上擦ったがアナスタシアの様子を見てユエルミーニエは口元を歪める。それが笑みだ気づくのにアナスタシアは時間を有した。その瞳には光が無く感情が無いのに笑っている。それがあまりにも恐ろしくて体が震えて言葉が出ない。


「ふふふ、こそこそ嗅ぎ回らなくても貴女が聞いたのならちゃんと答えましてよ?だって姉妹でしょ?何をそんなに怖れる必要がありますの......あら?私の勘違いですの?それとも貴女じゃなかったのかしら?ギルド周辺のお店でこそこそ嗅ぎ回っていたのはもしかしてカターシャちゃんーー」


「お、お姉様‼︎申し訳ありません‼︎わ、私がエルフレッド君とカターシャはどうかと気になっていたの‼︎カターシャは関係ありません‼︎密偵なんて使って申し訳ありません‼︎」


 怯えきって半ば土下座するような形のアナスタシアを見ながらユエルミーニエは一瞬笑みを深めたが、その表情を隠すかのように感情を戻して告げる。


「もう、気になっていたのなら聞けばいいだけですの‼︎態々そんなことしなくても教えるに決まっていますの!全く困った妹ですの......」


 憤慨するようなユエルミーニエにアナスタシアはやはり自分の考えは合っていたのだと気づかされる。お姉様はフェルミナちゃんとエルフレッド君をーー。


「ごめんなさい、お姉様......」


「全くですの!ちゃんと考えるのですの!フェルミナの件でお世話になったのにいきなりどうこうする訳がないですの!」


 ユエルミーニエはプンスカと怒りながら座っていたソファーを下りると呆然と座り込んでいるアナスタシアの横を通りすぎーー。













「だって、貴女達親子が"いきなり消えたら"フェルミナが悲しむですの」


「......えっ?」













 高笑いと共に「表情が整ったら戻って来ましてよ?」と告げるユエルミーニエに対してアナスタシアは何も答えることが出来なかった。総毛立つ体の震えが増して歯が鳴るのを感じながらアナスタシアは暫く立ち上がることが出来そうになかった。

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