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「キャッハー‼流石にウロボロスに遭遇したら私も死ねるよね‼最後の晩餐三日目だけど何日掛かるかな‼」
「お前って本当に持ったいねぇよな。その死にたがり無かったらSランクも狙えるかもしれないのに......」
小国列島、SWD部隊探索地域の反対側を担当するギルド部隊の内、Aランク冒険者である蛇腹剣使いのエキドナと銃剣使いのコーディはそんな話をしながら歩いていた。安っぽいニッカを直瓶で飲み、煙草を深々と肺に落とすエキドナに呆れた様子で肩を竦めるコーディである。
「つうか、死にたがりなのに自殺は駄目って言うのが俺には良く解んないだが?」
「何度も言ってんじゃん‼私、敬虔なる創世神教団の信徒だって‼自殺したら天国行けないんだからさぁ‼」
「いや、それなら、そもそも死にたがりは良いのかよ?」
エキドナはカラッポにしたニッカの瓶を自身の空間魔法の中に放り投げーー。
「自殺しようとしてる訳じゃ無いから良いでしょ‼あくまでも不慮の事故とか病気で死んじゃおうとしてる訳だし‼」
「んで、扱い難しくて自分に刺さるかもと思って使い始めた蛇腹剣に才能があって、免疫落ちるらしいじゃん?で全身入れ墨彫りまくり、ニッカを毎日愛飲してたら肝臓やられるっしょっでストレートで飲み続けて五年目で、煙草とか体に悪いよね?で一日三箱、こちらも五年目なのに何故か健康診断オールA。危険な任務なら死ねるかも、で危ない任務選び続けて全て達成......何なの?超人なの?寧ろ、逆に呪われてる?」
「いや、私が聞きたいって話‼どう考えても呪われてるっしょ‼キャッハー‼」
と楽しげに笑うエキドナにコーディは再度、肩を竦めるのである。
「ふっふっふ〜。エキドナちゃん。今回は私がいるから死ねないね〜」
クルクルと魔女帽子を指で回しながら、今回のギルド側の指揮を任されているメルトニアが残念でした〜と言わんばかりの表情で言った。
「たっはー‼本気でメルトニア姐さん居たら駄目じゃん‼なんで?今回はギルマスが出るって言ってたじゃん‼本部やられたら俺が出るしかないまで言ってたじゃん‼」
心底納得いかないと憤るエキドナを見ながら彼女は「う〜ん、ギルマスは出る気満々だったけどね〜、タキオンちゃんが駄目ってさ〜」と両手でバッテンを作って言うのだった。
「あれま、タキオン姐さん出て来たの?そりゃあ、ギルマスは動けんわ‼残念だったな、エキドナ‼」
「うへぇ......そりゃあ無いわ、タキオン姐さん......」
心底残念そうに肩を落とすエキドナの肩を叩きながら良い笑顔を見せるコーディだった。
タキオン=ブラッドブリンガーはメルトニアがSランクになる以前、最もSランクに近いと言われていた少女であった。元は名のある貴族の娘だったが、冒険者を目指し始めたことで親と対立ーー絶縁された。ブラッドブリンガーは元々通り名だったが、冒険者ランクが上がるにつれて名字が無いと不都合な事が増えてきたので、そのまま名字とした経緯がある。
十代前半から類稀なる才能を発揮し、当時Bランクだったメルトニアを抜いたAランク昇格は誰もが今世紀初の女性Sランクは彼女だろうと考えていた。
たが、その道はあと一歩のところで断たれてしまった。かつて、巨龍討伐の精鋭部隊の一人に当然選ばれた彼女だったが、当時Sランク冒険者だった剣豪を守るために巨龍ジュライの前に躍り出て右腕を切り裂かれてしまった。
その傷は神経まで到達ーー、手術の結果、一応は戦えるまで回復したものの二丁魔法銃による精密射撃を得意とした彼女は、今の自身の状態では自身が目指す場所に到達することが出来ないことを悟ったのである。
失意のどん底に居た彼女に剣豪は責任を取ると言った。だが、彼女はそれを断った。新たな道は自身で見つけると言ってーー。
それから五年後、勉強を終えた彼女は第二の自分を作らない為に実力にあった仕事を斡旋しようとギルド本部の受付嬢になった。そして、奇遇にも雇い主になったのが嘗て彼女が守ったSランクの剣豪だったのだ。
これがエルフレッドが最近お世話になっている受付嬢、タキオン=ブラッドブリンガーと現ギルドマスターの過去の話である。要は未だにその時の事を負い目に感じているギルドマスターは彼女に口を出されれば、はいと頷くことしか出来ないのだ。
そして、ギルドマスターが出れないとなると他のSランクもしくは特Sランク冒険者が出ることになる訳だが、捜索の段階では学生である二人はとりあえず除外ーー無論、見つかればエルフレッドが出ることになるのは言うまでもないがーージャノバは政務を行うようになって実質休業状態、エドガーはSWDを指揮となれば残るはメルトニアとなったのだ。
元来、レディキラーが居ることを考えれば女性のSランクも除外されるべきなのだが、今回はあくまでも捜索がメインで有り、護衛に比べれば遥かに動き易く安全な事、そしてーー。
「私が新たに編み出した転移魔法を使えば〜、レディキラーも追ってこれないからね〜」
「......あの"マイダーリン追尾式転移"とか言う糞ダサい上にソクバッキー丸出しのヤバヤバ転移魔法のせいで私の死期が遠のくなんて......マジ呪われてるっしょ......」
従来の転移魔法だと魔力の残滓や空間の歪みなどで後を追跡される可能性があったが、このマイダーリン追尾式転移に関してはそれが無い。
元来、何らかの理由でアルベルトが逃げている時に全く悟らせないように近付く為のかなりヤバーー高性能な転移魔法である為、まず追跡されることがないのである。
「ふ〜ん、エキドナちゃん、そんなこと言っちゃうんだ〜。そんなに死にたいなら私のモルモットになってよ〜」
「うへぇ。それだけは勘弁。メルトニア姐さんの奴は死ねない上に地獄しか見ないヤツだし......未だに起きた状態で内臓取り出された時の悪夢見るんですけど......しかも、魔法関係無かったし......」
心底嫌な表情を浮かべながら顔を真っ青にする彼女を見て「そんなことあったね〜‼懐かしい〜」とメルトニアは笑うのだった。
死を願いながら何時も幸運にも生き残り身体まで超人的なエキドナは、そのことをメルトニアに相談したことがある。すると彼女は「幸運は解らないけど身体は魔力で特殊な強化がなされてるのかも〜!」と瞳を輝かせた。
突如、這い上がった悪寒に直感的に何かヤバいものを感じたエキドナは逃げようとしたが、謎の睡魔に襲われて意識を失うように寝てしまったのだ。実はこの時、彼女が飲んでいたニッカには無味無臭の睡眠系の魔法薬が盛られていたのである。
それから目を覚ました彼女は見覚えのある家の魔法陣の上に転がされていてーー、地獄を見る事になったのだ。
「う〜んと先ずは肺かなぁ〜チェックチェック〜」
何らかの魔法が唱えられた瞬間、何の痛みも苦しみもないにも関わらず自身の胸元が割れて肺が飛び出してきたのだ。
その瞬間、エキドナはあまりのショックに失神した。しかし、叩き起こされた。何故ならーー。
「今は単に綺麗な肺かもしれないけど〜魔力流してみないと解んないじゃん〜?ほら、寝てないで魔力流して〜‼」
それから彼女は自身の内臓を見ながら魔力を循環させなくてはならないという地獄のような実験を経験させられたのだった。
これがメルトニアの仲間内だったから許された割とヤバい事件の一つである"魔力循環超人理論事件"であった。




