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馬車に揺られて自身が泊まっているホテルに向かう途中、ジャノバはエルフレッドへと電話を掛けた。コールが二回程なった頃に通話へと切り替わった携帯端末から「お疲れ様です。ジャノバさん。如何でしたか?」とエルフレッドのあくび混じりの声が響いた。
「如何も何もって感じだが......エルフレッド。先に聞いてもいいか?」
「先にですか?まあ、良いですけど......」
エルフレッドの返事にジャノバは「先ずは......そうだな」と独り言ちてーー。
「リュシカちゃんは確か、王女殿下のことを可憐で麗しき姫だと言っていたよな?」
「確かに言っていましたね」
「だよな。なあ、エルフレッド。最近の可憐で麗しき姫と言うのは拷問とか処刑とかを嗜むものなのか?しかも、割と生々しいというか、リアルと言うか......ミートハンマーで手の甲をバンッ‼なんてことを底の見えない瞳で笑いながら言うんだぞ?しかも、兄を害した貴族を粛清する為にって可憐で麗しいの言葉の意味が変わっちまったんだろうか?」
「......」
エルフレッドは何も答えない。しかし、電話越しに伝わってくる雰囲気でなんとなく"王女殿下はジャノバさんにもそれを言ったのか"と明らかに彼が彼女の悪癖を知っているような気配が漂っているのだ。
「それにだな。それを勉強した理由が俺だって言うんだよ。暗部の汚れ仕事を担当しているから、学んでおいて損はないと思ったらしいんだ。実際、その話しで盛り上がっちまったからな......ヤバイだろ?」
自嘲するように笑うジャノバにやはり、エルフレッドは無言を貫いていた。いや、正直な所、答えられる言葉がないのだ。悪癖を持っていることは知っていたが、それを学んでいた理由というのが実はジャノバと話をする為だったなんて知るわけがない。
そして、そこまでしていた事を考えると今回の縁談が一過性の恋慕のようなものではないことを想像するのは容易い事だった。長い間、機会を見ながら今日という日を迎えたとーーそうなるとエルフレッド達としてはあまり協力出来ないというのが本音なのだがーー。
「それだけでも中々ヤバいんだが、実はこれで終わりじゃねぇんだ。帰り際に馬車に乗り込もうとした時に抱き着いて来たから、これはいかんと思って確り断り文句を告げたんだ。女性関係はあまり良いほうじゃねぇから、きっと婚約しても傷付くだけだと......そしたらなんて言ったと思う?」
「......なんて言ったんですか?」
エルフレッドは何だか怪談話を聞いているような気分になってきた。態となのか、そういう気持ちにさせられたのか、おどろおどろしい雰囲気を出しながら告げるジャノバに彼は息を飲みながら話の続きを待った。
「十八になるまでは我慢しますって、無機質な声でーーしかも、光の無い瞳で笑いながら言ったんだ」
ゾワリと背筋が粟立ったエルフレッド。どうやら怪談話というよりはサイコ系の話だったようだ。全身をゾワゾワとさせる何かに心がこう芯から冷えていくような感覚を覚えた彼の心情に気付いていないのか、ジャノバは続ける。
「十二歳の少女が六歳の頃から見ていたと笑いながら一個一個思い出を語っていくんだ。お菓子をくれた、頭を撫でてくれた、花をくれたーーもう俺は恐ろしくなってな。逃げ出したくなっちまったよ。もう、どう考えてもアレじゃねぇか。王女に言う言葉じゃねぇが完全な地雷ーー真正のヤンデレ。しかも、俺の逃げ出したいという気持ちを察したのか"私が姫である以上逃げられませんから"なんて開き直ってるんだぜ?どうしたらいいんだ?」
「ジャノバさん......」
言葉がないと悲痛な声を出したエルフレッド。もし、電話越しでなく隣で話を聞いていたのなら、ウイスキーを出しながら肩を叩いていたことだろう。
「しまいには十八になった後に浮気したら教材にしないといけませんってーー何のとは言わないとか言ってたけどよ......話の流れ上聞き返すまでもないよな?ありゃあ、完全に拷問の教材にするって話だろ‼脅してきやがったんだ‼ちきしょう‼やば過ぎだろう‼俺の未来、どうなっちまうんだ‼しかも相手が婚約する気満々なら逃げようがねぇじゃねぇか‼どうにかしてくれよ‼このまんまじゃあ、マジでヤバい‼ヤバイんだよぉお‼」
電話越しに助けを求めるジャノバ。大きく頷きながら話を聞き続けるエルフレッド。四十を越えた良い大人が十二歳の少女に脅されて怖がる様に悲痛な思いを抱いたエルフレッドは悲しげな声で告げるのである。
「ジャノバさん」
「......エルフレッド?」
「それ、どうしようもないです。我が国の王女殿下がヤンデレだなんて初めて知りましたが予想以上に愛情が強いのは事実ですし、残念ながら王女殿下の言うとおり姫様が姫様である以上逃げられませんから......俺から言えることはただ一つです」
エルフレッドの言葉に衝撃を覚えて呆気に取られているジャノバに対して彼は悲しげな声のまま言うのだった。
「浮気をしなければ大丈夫です。多分。どうぞお幸せに」
「ーーいや、おい‼エルフレッド‼悲しげな声で誤魔化してんじゃねぇぞ‼何で地雷って解っててーーっ⁉あ、アイツ電話切りやがったな⁉クソッ‼鬼電してやる‼ーーって電源切ったなぁあ⁉いや、着拒か‼着拒なのか⁉なめんな‼ふざけやがって‼あらゆる連絡先から連絡入れてやるからなぁあ‼エルフレッドォオ‼」
そして、彼はあらゆる連絡手段を使ったものの、エルフレッドと連絡が取れたのはそれから三日後の事だった。そして、その三日間の間にあらゆる交渉が完了してしまい、婚約話を取り下げるのが難しい状況になっていた。
ジャノバは最後の手段と兄アズラエルに直訴することにした。顔合わせの結果とんでもないヤンデレだった。結婚したら命の危機に陥る可能性がある。危ないから助けてくれ、と藁にも縋る様な思いで跪き、土下座をせん勢いで何度も頭を下げた。
そんな弟の姿を眺めていたアズラエルは携帯端末を取り出すとその様子をカシャリーー何やらを打ち込みながらニコリと笑ってこう言った。
「ジャノバ程のだらしない系にはヤンデレぐらいが丁度良くね?」
「なん......だと......?」
唖然とした表情でアズラエルを眺めていると不意にジャノバの携帯端末が鳴った。彼が誰からの電話なのか確認するために画面を見るとそこにはーー。
妹。
ジャノバはまさかと思いながらも通話ボタンをタップした。
「もしもし‼俺、今、マジで人生掛かってるから、ちょっと後にーー「キャハハハーー‼人生掛かってる‼それって姫様ヤンデレ系でヤバいからって話だったんでしょ‼それで必死にアズラエル兄さんに土下座するって‼ジャノバ兄さん‼マジ面白過ぎるんですけーー」
ジャノバは通話を終了した。そして、追い打ちのようにメッセージアプリに送られてきた妹の"ヤンデレ姫様回避の為に土下座なう"というアプリ画面のスクリーンショットを見て、携帯端末を叩き壊した。
ガックリと項垂れた後に天を仰ぐようにしながら顔を覆ったジャノバは胸中で強く願うのだった。
誰でも良いから俺の味方になって下さい、とーー。




