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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(下)
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 思いの外、盛り上がってしまった。話の内容は完全にあれだが暗部の汚れ仕事を担当する事もあるジャノバがこういった話が得意なのは言うまでもなく、実際の経験はないだろうが具体的な内容を持って質問をしてくるレナトリーチェに答えるのが意外と楽しくなってしまったのは言うまでもない。


 特に普段は自慢気に話せるような内容ではないにも関わらず、教えを乞う少女に教師のように教えるという状況に些か高揚感を覚えてしまったのも否めない。完全に断るべき機会を失い、良くも悪くも話が合うということもあって情報収拾は完全に頓挫してしまった状態であった。


 流れるように過ぎた時間ーー惜しむ表情を見せるレナトリーチェに少しの申し訳なさと心の平穏の訪れに多大なる安堵を感じながらジャノバは「そろそろ御時間のようですね?」と手元に置いてあったベルを鳴らした。




 国王夫妻との挨拶を終えて王城の外に出る。結局、もう一度、顔合わせをすることになってしまったが今日の話だけでは気持ちを離れさせる方法を考えるのは難しい。せめて御見送りだけでもと表情を暗くするレナトリーチェに特に断る理由が無いジャノバが承諾すれば彼女は羽織物を侍女に頼んで外まで着いてきた。


 先手を打ち宿を決めていたジャノバに「次回は泊まっていかれて下さい」とレナトリーチェが言う。


「勿論です。予定が合えばですがーー」


 そう答えながらも兄であるアズラエル経由で話がいけば断る事は出来ないだろうな、と内心苦笑した。結局、ジャノバの乗る馬車の辺りまで着いてきたレナトリーチェ。


「御見送り感謝致します。また、顔合わせの際に会いましょう」


 微笑み馬車に乗り込もうとした彼の後ろからレナトリーチェが抱き着いた。


「王女殿下。このような場所でそのような行動を取られてはーー「私はジャノバ様が良いです......解って下さい」


 表情は見えないが悲しげな声で告げる彼女にジャノバは溜息を漏らすと馬車に掛けていた足を地面へと降ろした。そして、優しく回された腕を解きながら「このような無礼な行動を取ることをお許し下さい」と断って彼女の頭を撫でた。


「レナトリーチェ様は素晴らしい御方です。確かに変わった趣味をお持ちのようですが、その分を差し引いても嫁ぎ先に困る事はないでしょう。焦る必要は無いのです。もっとゆっくりじっくり吟味されて、貴女様に相応しい素晴らしい御方を見つけるべきだと私は考えております」


 正直に言えば"変わった趣味"は大減点なのだが、それを置いておけば彼女は非常に素晴らしい姫である。これから、その暗部を隠す術を身に着けて良い面を全面に押し出していけるようになれば、彼女が嫁ぎ先に困るような事は先ず無いだろう。


「それに自分で言うのも何ですが、私は女性関係があまり良い方ではありません。無論、仕事柄というのもありますが元々刹那的な恋愛観を好む質でもあります。私と共に居ては王女殿下にも辛い思いをさせてしまいますよ?」


 実際はどうかと言われれば若い時に比べて遥かに落ち着いたと言えよう。というより、あれだけ遊び、楽しめたのは正直に言えば才能と若さだったな、と彼は思うのだ。時間を持て余す程の才能と有り余る若さがあったから楽しく思えたのであり、今となっては馬鹿な事に時間を使ったものだと後悔する時間でもあるのだ。


 特に兄であるアズラエルが家庭を築き、辛いことはあれど幸せそうにしている様を見ると余計に惨めに思えてくる。互いに後腐れなく燃え上がる時だけを楽しみ火が消えたらサヨナラを告げるだけの関係ーーそれに何の意味があったのか、一時の快楽以上のものはなかった。


 とまあ、自身の後悔はさておき、今この場で思った以上に懐いている王女殿下の気持ちを離れさせるには良い断り文句だとジャノバは思った。いや、懐いているは失礼か。若くはあるが、それなりに自身の尺度を持って吟味し、確りと自身に合った相手を選んできている。


 若い娘と思っていると痛い目を見るとはリュシカの言葉だが、なるほど良く言ったものだと彼は思った。無論、まだ浅いと言わざるを得ないがーー。


「十八歳になるまでは我慢しますから......」


 それに対して聞き分けのない子供のように嫌々と首を振りながら告げる彼女についつい口調が強くなってしまう。


「レナトリーチェ様ーー」


 諌める意味を込めて名前を呼び、どうにか気持ちを離れさせなければと言葉を練ったジャノバはーー。




()()()()()()()()()()()()




 ゾッとするような無機質な声で呟いた彼女に続く言葉を止めた。頭を撫でる手を取り、愛おしげに細めた目で眺めながら自身の紅潮した頬に当てさせた彼女だが、その瞳は先程のように光を失っていた。


 あれ?これって浅いというか寧ろーーと内心、とある部類の女性達を頭に思い浮かべていた彼に「良いですよ?沢山遊んで?十八歳になったら私だけを見てくれればーー」と彼女は微笑んだ。


「ふふふ、驚いてますか?私、六歳の頃からずっとジャノバ様を見てましたよ?両親はユリウス様との縁談を望んでましたから写真選びの際は悩みましたが自分に嘘はつけなくて......裏のお仕事をされてらっしゃるようでしたから沢山勉強してきました。お陰様で今後は存分に()()()()()()()()()()


 酷い悪寒にゾワリゾワリと背中が泡立つ中で彼女は尚も続ける。


「初めは両親に内緒でお菓子をくれましたね?ユリウス様に会いに行った時に上手くいかず泣いていた私の頭を今みたいに撫でてくれました。次に会った時は私の好きな花を覚えててくれて、次に会った時は熱いものが苦手な私の為にお茶を冷ましてくれて、次に会った時はーー」


 ジャノバは戦慄した。彼女から次々と飛び出してくるエピソードに自身は全く覚えがない。いや、多分、無意識の内にやった気遣い程度のものだ。幼くともレディーとーー将来、甥の嫁になる可能性が高いと考えて良くしていたつもりはあったが、それを全部覚えているなんてーー。


「ああ、言ったら引かれると解っていたから言わないようにしてましたのに......この感情を教えた私の侍女にも感情のままに言ってはならないと言われてましたのに......気持ちが溢れてしまいました。でも仕方ありませんね。本人を前にして隠し続けれるものでもありませんしーー」


 華のように笑いながら告げる彼女に彼は頬を引き攣らせた。どうやら、あの専属の侍女の言葉は趣味の方ではなく、この話だったようだった。この重すぎる感情は確かに本人に告げてはいけないものだろう。


 しかし、彼女は「まあ、でも、バレてしまいましたからもう隠す必要もないですね。ジャノバ様がどう思おうと私が姫である以上は逃げる事など出来ませんから」と開き直った様子でクスリと笑った。


 完全に思考が停止して指先の一つも動かなくなかった彼を見ながらレナトリーチェは十二歳とは思えない妖艶かつ狂気的な笑みを浮かべーー。


「そういうことですから存分に遊んでおいて下さいね?私が十八になったら遊べなくなってしまいますよ?だって、遊んだりしたらーー」













「ジャノバ様を()()()()()()()いけなくなってしまいますもの」


 頬に当てさせていた手から人差し指を取って軽く何度か握りしめながら、何のとは言いませんが......と彼女は微笑むのだった。


 それがいつの間にか馬車に乗ったジャノバが目的地までの旅路に揺られていると気付くまでの間で、ちゃんと覚えていた最後の記憶であった。

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