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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(下)
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 常闇の巨龍との戦いの前に訪れた平穏。それは仮初めの物か、嵐の前の静けさかーー。何にせよ、一時期のどうにもならないような精神状態から抜け出し、エルフレッド達に漸く心の平穏が訪れたのは言うまでもなかった。無論、ノノワールの問題のように捨て置けない問題は残っているが、その答えも見方を変えれば見えつつあるものでーー。怪しく蠢くウロボロス、次の一手は不明。とはいえ、影を討たれ直ぐに手を打って来れる状態でもないのだろう、今の間に憂いを立ち、万全の状態を喫することーーそれが今のエルフレッドに課せられた使命のようなものであった。

 王女レナトリーチェの待つ部屋に案内される途中、ジャノバは侍女と話しているであろう王女の声を耳にした。


「レナトリーチェ様。くれぐれも自身の感情のままに話すのではなく、ジャノバ大公殿下の様子を見ながら......」


「解ってます!もう、貴女はいつも心配ばかりしてーー」


 年若い王女を心配する侍女の言葉。少しばかり微笑ましい気持ちになりながらも、彼女が自身の婚約者候補であると考えると微妙な気持ちになるジャノバであった。


「ジャノバ大公殿下が参られました!」


 案内の者の言葉に「お待ちしておりました!どうぞ、お入り下さい!」と明るい声で答えるレナトリーチェ。彼は部屋に入ると恭しく頭を下げて「ご機嫌麗しく存じ上げます。レナトリーチェ=セインティア=アードヤード王女殿下。顔合わせの機会を頂き誠に嬉しく思います」と告げて王女の言葉を待つ。


「ふふふ、こんな小娘にそこまでの気遣いは不要ですよ?ジャノバ様!さあさあ、前にいらして下さいな!お茶の準備もできております!こちらにどうぞ!」


 あくまでもニコニコとした笑顔。そして、溌剌とした声で告げる彼女だが、自身の事を()()()()()と称した際の声に違和感を感じたジャノバは内心困惑しながらも案内された席へと向かう。勝気に見える目尻の上がった瞳はクリスタニア王妃に似ており、顔の作りはリュードベックに似ている。可憐に笑う様は非常に美しいーー無論、美少女として考えるならばであり、ジャノバとしてはもう十五は年齢を重ねて頂きたいところではあったがーー将来が楽しみな姫様であることには違いなかった。


「こうしてお目に掛かるのは初めてで御座いますね。光栄だと感じる反面、私が呼ばれたことが不思議でならないのですが......」


 幾ら女性関係に強いジャノバであってもここまで年若い少女の興味の話などは解らない。失礼にならない程度ではあるが、いきなり確信をついてみようと考えたのは必然である。レナトリーチェは「お伝えした通りで御座いますが、瞳が気にいりました!とても深い深い色合いをされておりますから!」と微笑んだ後ーー。




「色々知っていらっしゃるのでしょう?そんな瞳をされています」




 首を傾げて笑う彼女。しかし、その背筋にゾワりと走ったそれは自身がしる限りでは純真な少女がーー少なくとも籠の中の鳥のように大切に育てられた姫に感じるようなものではない。どちらかと言えば、自身が何時も携わっているような裏の世界に潜む魑魅魍魎のようなーー。


「レナトリーチェ様」


 嗜めるような侍女の声にニコとした表情に戻った彼女は「あら?どうしましたか?男性はやっぱり目で語る者でしょう?」と少女らしい仕草で笑うのである。


 深い違和感と困惑が取れないながら「私の瞳に目を付けられるとはレナトリーチェ様はお目が高い」と冗談めかして笑えば「ジャノバ様にそう言って頂けて光栄です!」と彼女は楽しげに微笑んだ。


 その後も暫くは通常の顔合わせで話すような無難な内容が続いた。両国の今後の為にどういったことが行われるべきかーー年齢の割に非常に博識な王女殿下に娘を見るような目線で感心していたジャノバは、やはり、自身と婚約するべきではないだろうと判断していた。


(......最初に感じた違和感の正体は解らんが適任はユリウスだろう。非常に賢く、見目麗しい。将来的にもかなり有望と見た。リュシカの件を引き摺っているユリウスの目を覚ます為にも......いや、単純に彼女は素晴らしい姫だ。共に時を過ごせば解るはずだ)


 甥っ子がおませにも姪のリュシカに懸想を抱いていたことは知っている。そして、婚約式の日を機に恋敗れ、未だ引き摺っていることも解っている。そんなユリウスを支え共にいてくれる存在としてレナトリーチェがいる未来を想像した時、彼はとても素晴らしいものになるように思えたのだ。そう考えた彼は彼女と同じタイミングでお茶を飲み、置いたタイミングで自身から気持ちを離れさせる情報収集をしようと考えてーー。




「ジャノバ様は裏世界のことにも詳しいのですよね?例えば拷問とかーー」




 ガシャンと音を立てたティーポット。専属の侍女が「も、申し訳ありません」と言いながら顔を真っ青にしているのを見て未来予想図が曇り始めたのを感じた。そして、ジャノバはまたも、背筋がぞわりと泡立つのを感じながら彼女を凝視して気付く。


 表情こそ変わらないのだが異変が顕著なのはその瞳だ。先程までキラキラと輝いていたのが嘘のように光が一切無い。深い深い深層の様な瞳がジャノバの事をジッと見詰めているのである。暫く呆気に取られて言葉を返せずにいたジャノバを見て彼女はおかしな瞳のままクスリと笑うと首を傾げてーー。


「いえ。私が嫁ぐ前にお兄様を害した貴族達を粛清しないといけませんから、詳しい方にお話を伺わないと。因みに最初はーー」




「目玉を○ったりするのですか?スプーンみたいなもので、こう?」




 何かを掬い出すような動作をみせる王女を見てドンガラガッシャーン!と盛大な音を立てて専属の侍女らしき女性が倒れていく姿が見えた。泡を吹いて中々に悲惨な状況だが周りの侍女達は慌てながらも、割と何時ものことのようにてきぱきと片付けて行くのである。とりあえず、状況についていけないながらも黙ってばかりではいけないと思ったジャノバは頭をフル回転させーー。




「いえ。レナトリーチェ様、いきなり、そんな事をしてはショック死してしまうかもしれません。先ずは爪の間に竹串を刺すようなことから始めませんと」




 俺は何を馬鹿正直に答えてるんだ?とは思ったが彼女が「そうなのですね!とても勉強になります!」と胸の前で手を組んで興味津々な様子を見せて微笑むので彼は何が正解か解らなくなってきていたのである。


「では、それでも喋らない場合は指を○とすという段階ですか?」


「いえ、それもまだ早いですね。次は爪を○いで様子をみましょう。欠損というのは以外にダメージが大きいですからね」


「ふむ。では、あの肉を柔らかくするハンマーみたいな道具で手の甲をバンッ!とするのは良さそうですね!欠損しませんし!」


「ハハハ。確かに指のダメージで喋らないならばそのくらいは必要かもしれませんね?そうですね。先ずは命に関わりづらくも神経の関係で痛みを強く感じる末端の部分から責めていくのがセオリーです。無論、喋らせるのが目的ならばですがーー実際は喋らせる必要がなく恨みを晴らす為に苦しめたいだけならば、先ず舌をーー」


 他の人が聞いたら何をしに来たのかと聴きたくなるような話が延々と続けられる中ーー顔見せの場からは二人以外の姿は消え失せていた。手慣れたようにテーブルの上に置かれたベルがこの状況が割と普通の状態であることを現してた。


 その後も続く、拷問や処刑の話に答えながらジャノバは思うのだ。


(こりゃあ、ユリウスじゃあ駄目だわ。いや、そもそも適任がいるかどうかーー)


 深い闇を感じさせる深海の様な瞳で嬉々として血みどろの話を続けるレナトリーチェ。その話に答えながら、クレイランドの皇族は中々にあれだがアードヤードの王族も中々だな。と失礼ながらも思わざるを得ないジャノバだった。

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