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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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第六章(上)エピローグ

 会社の自身の机にて記事の作成に勤しんでいたジェームズは思い出しかのように机の引き出しを引っ張ると中から暖めている記事を取り出した。


 ヤルギス公爵家の闇ーー。


 そう名付けた例の記事だが未だ出すタイミングは来ない。だが、ジェームズはあまり心配していなかった。


(ーー俺には神の声が聞こえるからな。心配しなくても大丈夫だろ)


 婚約式の大事件が起きた直後の話である。他の会社がアーニャ王太子妃を責めるような文章を書き連ねる中で自身が貴族と王族の確執について記事を纏めていた所、突然、頭の中に声が響いたのだ。


"王太子妃を擁護し貴族を糾弾する記事を書いて正義を知らしめるといい。俺が詳しく教えてやろう"


 ジェームズは驚いたが彼が調べた内容と辻褄の合う貴族側の横暴がどんどん明かされていったことで、彼はこの神と名乗る存在の言葉は信用に値すると思ったのだ。


 そして、その記事は大成功を収めた。国王にも感謝され、会社からも特別手当てが支給された。彼がそのことを神に感謝すると神はいつものように頭の中に話し掛けてきた。


"最近、何者かに目をつけられているようだな。先ずはその警戒を外さねばなるまい"


 その後も暫くは頭の中に語りかけてくる神の指示に従い記事の作成に勤めてきた。それはジェームズにとっては少し不満なものでもあったが、目をつけられていた存在がホーデンハイドの密偵だと解った時には感謝した。


 そして、リュシカのSランク昇格の記事を書いた頃にはその密偵も居なくなった。無警戒というわけでは無いだろうが隠れてコソコソと記事を書く必要は一切無くなった。


 声しか聞こえぬ神と名乗る怪しき存在ーーしかし、ジェームズはその存在を信じた。いや、最悪、悪魔でも構わないとすら思っている。自身が考える正義を遂行するために必要な存在であるのだから態々否定する必要がない。


 何よりーー。


"お前の考える通り、リュシカと呼ばれる人間の姫は再度レディキラーと遭遇することとなるだろう。記事を出す時期はその時まで待て。お前の正義は間違いなく遂行される"


 その言葉は彼が最も求めていた言葉であり、欲していた言葉でもあった。彼が頭に響く謎の声を神として崇めるようになる為に、それ以上必要なものはなかったのである。


 ジェームズは記事をしまい、現在取り掛かっている記事へと再度取り掛かる。


 アーニャ王太子妃の献身。レーベン王太子殿下に目覚めの予兆有りか?


 王家に媚びを売るようだが異国から渡ってきた姫が半年も目覚めぬ未来の旦那の為に頑張り続ける様はジェームズとて心動かされるものがあった。


 そして、アードヤード国民の大きな関心事でもあり、記事の売れ行きは上々ーー様々な面での利害が合致しているのである。


 彼の心情とする正義というのは彼の匙加減だけで決まるものだ。時に彼の正義と世間の正義が合致すれば、正しく世に伝わる素晴らしい記事を書くことだってあったのだ。


 故に彼の尺度が彼の中にしかないことが非常に惜しまれる。彼の蛮行とも呼べる記事を諌める者が近くに一人でもいたならば彼の記者生活はとても素晴らしいものになっていただろう。


 無論、そんなIfは存在しない。そして、彼も望まない。今日も今日とて彼は記事を書き続ける。自身の尺度に沿った自身が考えるだけの正義ーー彼にとってそれ以上に素晴らしいものなど、この世には存在しないのだからーー。













○●○●













 影を討たれ目を覚ました常闇の巨龍ウロボロスは、人族の英雄から受けた目に余る恥辱の言葉に黒紫の巨体を震わせて怒りを顕にした。


 自身が何者であるか知っていての言葉ーーそれはウロボロスにとって許せるものではなかった。確かに自身は翼をもがれ地に堕とされた存在ではあるが、元は神の隣を許された最も美しき至高の存在である。


 堕ちたとて人間如きに馬鹿にされて良い存在ない。


 ウロボロスの中にある最も大切な誇りーーそれをむざむざと破壊するような言葉を投げ掛けてきたあの存在にウロボロスは底知れね怒りを覚えていたのだ。


「あ、う、あ......あ、あ」


 ギロリと動いた瞳の先には意味のない言葉を発するだけのレディキラーの姿があった。人族の姫を壊すために精神世界へと送り込んだというのに返り討ちにあい、現実ではないとはいえ焼き尽くされた痛みに耐え切れず、逆に精神を破壊されてしまったのである。


 矮小で下らない塵のような存在の末路ーーウロボロスはここでこの存在を叩き潰せば少しは溜飲が下がるのではないかと自身の大きな尾を動かして、それを止めた。


 恥辱に怒り、失敗に侮蔑するーーその気持ちは確かに抑え難い。だが、この存在との遭遇が人族の姫を追い詰めていたのは事実だ。そして、現実で遭遇させることがもう一つの駒を動かす上で最も必要なことなのだ。


 ここで怒りに任せて破壊すれば今迄の我慢は全て水の泡ーーそれこそ神の悲願を達成させて、自身が神と邂逅を果たす機会を永久に失わせる結果を招いてしまう。


 それは恥辱の怒りをも上回ることだ。神の隣が相応しき自分が、相応しき場所に戻る機会を永久に失う事になる。そんなことが許されていいのだろうか?いや、良い筈がない。


 ウロボロスは尾を戻した後に闇の魔力を滾らせるとレディキラーに向けて、それを放った。そして、魔力が浸透し馴染み始めた頃、レディキラーが絶叫した。


 今迄、ただただ譫言のように意味のない言葉を放っていただけのレディキラーが苦しみ、悶え、絶叫し、のたうち回っているのである。


 ウロボロスはその様を冷めた瞳で眺めながら鼻で笑うと天を見上げる。存在を誇示するかの如く瞬き、遥か遠くから光を届けんとする数多の星達は知らないだろう。


 宇宙という大きな箱庭の外に億を超える星々の年齢さえも超越した存在が調和の為に見下ろし見守っていることをーー。


 時間という作られし概念の外に永劫を生きる存在が輝かんばかりの光を放ち、遍く存在達を照らしていることをーー。


 知る機会さえ与えられまい。しかし、自身はそれを知り、全ての知を司ることを許され、隣に居ることを許された。その事実は何事にも代え難い幸福なのだ。


 自身という存在自体を否定され変質していく痛みに苦しみ、絶叫し続けるレディキラーの声を意識の外に聞きながらウロボロスは天を眺め、崇め続ける。


 その場所こそが自身の帰る場所、そして、自身の居るべき場所なのだと疑いなく信じ続けるかの如く、いつまでもいつまでも眺め続けるのだった。

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