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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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14

 朝食後、迎えにやって来たバーンシュルツ伯爵家の新たな馬車に乗って寮へと帰還。身支度を整えて家庭教師として作った資料に目を通す。


 そして、文言などに問題が無いことを確認して昼食を食べるのである。


 バーンシュルツ領のように数日から数週間単位で時間が掛かるわけではないが広大な敷地を持つ公爵領も馬車で行き帰りすれば、それなりの時間が掛かるのだ。移動して食事をして勉強を教えて食事をする。今日はどうもそんな一日になりそうだと思わず苦笑せざるを得ない。食事後は休憩がてらお茶を楽しみ疲れた頭をクリアにする。


 ホーデンハイド公爵邸については邸宅外壁前までの転移魔法の許可が取れているため少し時間が残っていた。


 約束の時間は十五時。現在が十四時過ぎなので再度資料に目を通して半になったら学園外に出て転移ーー。四五分にはホーデンハイド公爵邸についている予定である。


(さてさて、気合いを入れる必要があるな)


 フェルミナの現状について理解すればする程に一つ言葉を誤ればフラッシュバックによる精神崩壊へと向かう危険性を秘めている。目が腐るような酷い内容の虐めに関する資料を読んで危険性の高い言葉を排除していく作業は既にやっているが心配するに越したことはない。


 そして、個人の考えを述べるならば、このような状況になる前に逃げれば良かったのではないか?と考えてしまう。よくプライドの問題や親に言えない、教師が取り合ってくれないといったマイナスの話から、そもそもなんで相手が悪いのにこちらが逃げないといけないのか?といった意地の張り合いのシーソーゲームのような話を聞く。


 多分だが、そういった考えの虐めを受ける側は逃げると聞いて"逃走"を思い浮かべている。しかし、自身の考える逃げるは"避難"の方だ。


 こんな人を人と思わず頭を踏みつけるような正常な人間ならば出来ないようなことを平気でする者は災害と一緒である。きっと、担任が良いと言ったら人を害す上に一対多数など、一対一で害するよりも遥かに酷いことを行う。


 そして、相手が命を落とすと「こんなことになるとは思わなかった」と泣き出して大人になると「あの時は若かった」と言うのだ。


 その上、社会に出てもパワハラなど名前を替えて結局虐めを繰り返す。余程痛い目を見ないと人間は変わらないのである。そして、そんな危ない災害を野放しにするような学園、仕事からは台風や地震から避難するのと同じように避難して、法的措置、教育委員会による監査など然るべき対応を取らせ責任を取らせるべきである。


「ーー思考の渦に入り込んでたな。そろそろ行かないと」


 予定より五分過ぎていたが十分前行動なら許容範囲内だ。端末に送られてきた資料を閉じて紙媒体の教材を鞄に詰め込むとエルフレッドは学園寮の自室を出るのだった。













○●○●













 三回目の訪問にして既に恒例と化しているビー玉攻撃である。ユエルミーニエ様やルーナシャ様との挨拶もそこそこに既に三個目のビー玉をゲットしていた。さっさと捕まえたいので前回までは上級風魔法で飛んでいたが、それが大層不満な様子なので床を踏抜かないように風の膜で調整して猛然と全力ダッシュを決める。


「ーーもう‼︎なんれそんなに早いのら‼︎人間やめてるのら‼︎」


 四足歩行の体制で爆速する獣人族に人間辞めてるとまで言われているエルフレッドは眼鏡を着けていたらキラリと光らせているであろう鋭い眼光と無表情でそれを無視すると、目の前に揺れている二本の尻尾に狙いを定めサッサと捕まえる。


「はいはい、今日は飛ばずに捕まえましたよ。それではフェルミナ様一緒に勉強頑張りましょうね?」


「うにゃあ‼︎おかしいのら‼︎絶対にズルしてる‼︎ズルしてるのら‼︎」


 尻尾を捕まえられ連行されているのが納得いかないのか、そんな体勢でよく蹴れるなと褒め称えたくなるような威力の蹴りが飛んでくる。当然、エルフレッドは障壁で防いでいるため平気だが普通の人族なら即死級だ。溜息を吐いたエルフレッドはフェルミナを小脇に抱え直すと一応注意しておく。


「前も言いましたけど普通の人をその力で蹴ったら絶対に駄目ですからね。本気で死んでしまいますから。あとズルはしていません」


 そうズルはしていない。他人から言わせればエルフレッドの場合は存在自体がズルなだけである。


 フシャア、フシャアア‼︎と可愛らしいものだったそれが今ではどこから出しているのかガオン、ガオオン‼︎と虎の咆哮を挙げて暴れ始めるフェルミナ。


 世は理不尽なものだと改めて思わされたのだろう。


 しかし、それを見たエルフレッドは首を傾げながら今日は矢鱈暴れるな?ストレスでも溜まってるのか?とあくまでも他人事のように心配するのだった。




「エルフレッドぉ〜、ここはどうするのらぁ?」


 一転して勉強が始まるとニッコニコの満面の笑みで腕を引っ張ったり撫でることを強請ったりとデッレデレな様子なので、どうやら機嫌が悪いという訳ではないようだ。


「こちらは先程教えた公式を使って......はい、そうですよ!完璧です!」


「エヘヘ。ほら、エルフレッド、ナデナデするのら〜!」


 後ろから勉強を教えていたエルフレッドに器用に頭を擦りつけて頬を緩ませている。


「偉いですよ〜、フェルミナ様。次の問題も頑張りましょうね〜」


 うんと優しく頭を撫でながら妹が出来たらこんな感じになるのだろうかと我ながら甘々なエルフレッドは少し自身に少し戦慄した。


「にゃはは!次の問題も頑張るのら‼︎」


 彼女は幼児が机で落書きでもするかのようにべたりと机に向かう。鼻歌交じりで勉強しているが内容は学園の数学Ⅲから陰関数定理である。全体的に平均学力が高い上に数学に関しては最初の時点でアードヤード王立学園の入学レベルを遥かに超越していた為、レベルにあった勉強にしている。


 無論、他の教科に比べて授業時間自体は短めにしているがーー。


(本当に勉強については教えた分だけ吸収する。全く問題無いのだろうが......)


 このままの状態でもアードヤード王立学園のCクラス以上には入学出来るとは思うがマナーや人格等を問われるAクラス以上は厳しいだろう。そして、ホーデンハイド公爵家の御令嬢ならば基本的に求められるのはSクラスだ。


 (もしくはルーナシャ様のように聖アンジェラ女学園に入るか......)


 アードヤード王立学園は確かに最高位の学園であるが専門的にそれに匹敵する学園は何校か存在する。例えばクリスタニア王妃殿下が通っていた聖イヴァンヌ騎士養成女学園などは城内勤務の女性騎士を目指す者にとってはアードヤード王立学園よりも就職率が高い。


 そして、ブルーローズ宮殿入りを目指す生徒は大体聖アンジェラ女学園へと進学する。平民で貧民街のシスター見習いからブルーローズ宮殿の女官長まで駆け上がったアンジェラ=イーリスが作った学園で徹底した婦女教育や女性に関するマナー教育ではアードヤード王立学園の上を行く。


 そして平等を心情とする聖アンジェラであったために入学時の人間性でクラスに優劣をつけたりもしない。そういう意味では入学さえ出来れば面子を保つことが出来る。


(とはいえ、今の状態ではどちらにしろ入学後が厳しいか.....)


 徹底したマナー教育、婦女教育にフェルミナが耐えられるかと問われれば今のところは頷くことは出来ない。そもそもが集団生活に適応出来ない可能性が高い。まだ二年近くあるので、その間にどうにか出来ればとも思うが無理をさせる必要などない、否、出来ない。寧ろ嫌な場所に通わせて精神を壊すぐらいなら極力俗世から遠ざけたほうが遥かに良い。


「エルフレッド?どうかしたのら?」


「いえ、少し勉強方法について考えていただけですよ」


 我が子の将来を取り戻そうとする親の気持ち、しかし、命を落とすくらいならと家から出さないようにする心。ユエルミーニエ様のことを考えると正解が見つからない。


 今日は色々考えてしまうなと頭を悩ませるエルフレッドだった。

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