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「解った。退院の頃になったらこちらからも連絡するようにする」
自身の要件は終わったと手を振るアーニャにリュシカは同じ様に手を振って答えた。
「昼御飯はリュシカの退院後に行くだろうが軽く腹ごしらえでもしておくか?」
彼女達の後方で今後の予定を話し合っていた男性陣は周りにそれを共有していたが、アーニャの話が終わったと気付くとリュシカへと祝いの言葉を贈る。
「リュシカさん、おめでとう!Sランク昇格は早々出来るものじゃないからね!僕は本当に尊敬するよ!」
「アルベルト。ありがとう。私としては多少目的と違うところでもあるのだが昇格出来たこと自体は素直に嬉しいな」
「ハハハ!多少は違うのに昇格出来ちゃう辺りが流石だよね!今日は皆で色々祝いを考えているから、楽しみにしててよ!内容は内緒だけど」
爽やかな笑みを見せながらお茶目に告げる彼に「フフフ。それは楽しみだ」とリュシカは微笑む。祝いの内容が気になりエルフレッドに視線をやると「俺はリュシカに頼まれるとなんでも答えそうだからと何も教えて貰ってないんだ。俺、個人としては昇格祝いの準備をさせて貰ったがな。流石に中身まではその時の内緒にさせて貰うぞ」と肩を竦めた後に笑顔を浮かべる。
「......ありがとう。だが、嬉しい反面、エルフレッドには迷惑を掛けてしまったからな。何だか少し悪い気がしてしまうぞ?」
皆に単純に祝ってもらうこととエルフレッドに祝ってもらうことではリュシカの中で少し感情の色が違う。あの場に居なかった皆が心からの祝いを見せてくれることは素直に喜べるが、相手が相手とはいえ一時は囚われの身となり試験から戻った後も意識を失い倒れてしまった。その結果、心配を掛けた上に病院への搬送をさせるハメになった。ーーだけでなく、我が家の両親への報告と合わせて謝罪をさせてしまう事になった。
自身としては少しでも彼の負担を無くしたかった訳が結果的に確信に到るまでには至らず、迷惑を掛けてしまった事の方が多いように感じる。苦笑しながら眉尻を下げるリュシカを見てーー。
「狙いはどうやら俺達二人のようであったし、相手が悪かっただけだ。結果的に本物のレディキラーと相対した上でSランク昇格を勝ち取ったのだから、これ以上は無いだろう。俺は婚約者として当然の事をしただけだ。リュシカが気にする必要はない」
それを聞いて尚、申し訳無さそうな表情をしている彼女を見てエルフレッドは微笑んでーー。
「試験の日にも言ったが俺は俺の為に行動を起こしてくれた事に素直に感謝している。そして、今回のことに苦労があったとして長期的に見て正しい事をしてくれたのだから、俺が責めるいわれはない。素直に喜んでくれた方が嬉しいぞ?」
多少、冗談めかして言って見せる彼に「そうか......そうだな。じゃあ、祝いの品を楽しみにするとしよう」とリュシカは、はにかむように微笑むのだった。
「こういう輩がいるからアルドゼイレンを連れ出したくない。私とアルドゼイレンの大切な卵なのにーー」
謝られても尚不満げなイムジャンヌに「まあまあ、今日は祝いの席なんだし!それにほら!リューちゃんとエルちんの話が終わったみたいだからイムイムもなんか言わないと!」と多少雑ながらもノノワールが言えば、彼女は少し唸った後にリュシカへと顔を向けた。
「Sランクは素直に尊敬する。おめでとう」
「ああ、ありがとう。それにしても卵か......私としては其方の方が目出度い気がするが?」
再度、アルドゼイレンのお腹の辺りに目をやったリュシカにイムジャンヌは「実はそれも祝ってもらうって話になったから来たのもあるんだけどね。一年は掛からないみたいだし」と彼女は嬉しそうに頬を緩めた。
「なるほどな。まあ、私としても祝いたい所だからバーンシュルツ領に着いたら何か準備するとしよう」
「ありがとう。じゃあ、お互いに祝い合おう」
祝い合いは楽しそうだ、と二人は楽しげに微笑見合う。そんな二人を眺めていたノノワールは「私も祝いたいと思ってるよ〜♪詳しくはバーンシュルツ領に向かってからだね♪」と笑うのだった。
「では、時間も時間だ‼︎そろそろ行くぞ‼︎では、後程また会おう‼︎エルフレッドの姫よ‼︎」
「身重の中、ありがとう。アルドゼイレン。また後で」
手を振るリュシカに答えるようにグルンと旋回したアルドゼイレンは皆を乗せたまま青々とした空へと飛び去っていった。一瞬で点となり消えて行った友人達を目で追っていたリュシカは燦々と輝く太陽の光の眩しさに目を細めた後に微笑んだ。
この数ヶ月は色々と大変は事が重なり、一度は友情に亀裂が入る可能性もあった。エルフレッドと皆が疎遠になっていく可能性もあった中で今日という日を迎える事が出来たのはリュシカにとって非常に特別な事であるように思えた。学園も最終学年になった。問題はまだまだ解決していない部分もあるが友人達との掛け替えのない絆があれば、どんな事でも乗り越えていけるような気がした。
「ーー今日は本当に楽しみだ」
リュシカは呟いた。友人と愛する婚約者と共に過ごす日々が帰って来たと、彼女は心からの喜びを感じながら病室内へと戻って行くのだった。
○●○●
春の小連休が終わり学園が再開した。未だレーベンの目覚めを待つアーニャは放課後は城に帰る事が多いものの、それ以外はエルフレッドを含めた友人達と過ごす事が多くなった。エルフレッドもバーンシュルツ領訪問を機にアーニャの謝罪を受け、悩みの根底が解決したこともあって以前の姿を取り戻しつつある。
婚約式の日から考えれば役半年程掛かった友人間の問題は大凡解決したと言って良いだろう。担任のアマリエも春の小連休後の彼等の様子を見てホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「さて、三年Sクラスの諸君。君達の多くは既に進路が決まっていると思うが確認の意味も込めて、今日のLHRで進路調査をさせてもらおうと考えている。今から配るプリントに希望進路、もしくは決定している進路を記入し教壇に提出してくれ。無論、現時点で万が一決まっていなくても何も心配する必要はない。私が一年と三年の一ヶ月を見て適性があると思ったものを元に一緒に考えていこうと思っているからな。嘘偽り無く、今のありのままの進路を書いてくれれば、それで良い。今日の午後の殆どをLHRが占めている理由でもあるから安心して考えてくれ」
前の席から後ろの席へと進路調査票が回ってくる。特に関係の無い会話でなければ生徒間の話も許されているので、三年Sクラスの生徒はそれぞれ仲の友人達で集まって、将来について話し始めた。
「進路調査かぁ〜。って言っても妾達は大凡、進路決まってるから余り関係無いんだけどねぇ」
プリントが配られるなり”ライジングサン次期女王”と記入したルーミャが頬杖を着きながら呟いた。
「まあ、そうミャア。逆に非現実的な希望進路を考えて書かれた方が迷惑だろうニャア。妾としては進路が決まっているのにも関わらず、それ以外の進路を書くのもどうかと思うくらいだからミャア」
”アードヤード王太子妃、次期王妃”と記入しながらアーニャが笑う。どちらかと言えば進路が決まっていない生徒の為にある時間である。三年Sクラスに関しては多くの生徒が進路が決まっている事が予想されるが全員決まっているとは限らない。そういった生徒を邪魔するような行為は以ての外だ。




