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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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20

 自己防衛の為か無意識の内に強く燃え上がっている白炎はリュシカの魔力を湯水の如く消費していった。しかし、彼女はそれを止めることが出来ずにいる。


 何度も触られ、弄られている内に戦う気持ちが完全に折れてしまった。そして、白炎の中は安全だと知ってしまったが故にそれに縋ってしまっている状態であった。


 魔力が尽きてしまえばどうなるか?


 そんなことは考えるまでもない。しかし、今の彼女はそんな思考さえも放棄してしまっている。危機的状況の中で彼女は安全な場所で助けを求めるだけの少女と化してしまっていた。


 とはいえ、それを責めることは出来ない。彼女は試験用として出て来たレディキラーの偽物と戦っている時から精神を張り詰めさせていた。ましてや、それを倒し、漸く外に出れると思っていた矢先に本物のレディキラーに襲撃されてしまったのである。


 その重なった不幸から逃れられる方法が有るのならば縋るのは当然の事だ。それが例え魔力が途切れるまでの有限のものであったとしてもーー。


 罅割れた配管から滴る水の音。鼻に纏わるカビと血の臭い。それさえも眼前で機会を伺っている穢らわしい存在に比べれば安らぎ愛おしい。


 私はこのまま逃げ続けて、助けを求め続けるしかないのかーー。


 その考えが頭を過った瞬間、現実逃避し、魔力を無駄遣いしていたリュシカはふと我に帰ったようにそれを止めた。このまま生まれたての子鹿の様にブルブルと震えながら外部からの助けを待つーーきっとそれも一つの選択肢だろう。


 魔力が途切れるまで待っていれば外部からの助けが来るかもしれない。


 しかし、だ。


 自身は果たしてそれで良いのか?


 そもそもは自身は何の為に来たのか?


 レディキラーの気配が近付いて来る。本当に気持ちが悪く救いようがない存在だ。そして、前よりも遥かに質が悪い存在になっている。


 だが、それを乗り越えてこそ、エルフレッドの隣りに居て相応しい存在になれると思ったから此処に来たはずだ。


 曲刀に白の炎が纏わった。今までの身を守る白とは違う強烈な熱量を秘めた閃光を放つ白炎が彼女の愛刀を美しくも猛々しく染めあげる。


 異変を感じたレディキラーが動きを止めた圧倒的でーー尚且つ神秘的な白の炎に本能的に途轍もない力を感じたのだろう。距離は取らないがそれ以上近づこうとはしない。


 リュシカは自身を奮い立たせる様に立ち上がった。怖さはある。嫌悪も感じる。しかし、震えて動けないような事はなかった。


 今までの自身は様々な人々に称賛を浴びせられて来た。美しい、才能に満ち溢れている、出来ないことが見当たらない、貴女が望むならばどんな物でも手に入るーー。


 だが、周りが幾ら崇め奉るように扱おうとそれは自身で手に入れたものではない。優れた両親、祖父母、先祖達ーー今日の自分に辿り着くまでのヤルギス公爵家を繋いできた人々の血筋が成しただけのものだ。


 そんなものは手に入れたとは言えない。元より()()()()()()だけのものである。


 数分の間、動きを見せなかったリュシカにレディキラーは何もしないと判断したのか、姿を見せぬまま接近を再開する。感覚が研ぎ澄まされた彼女には、先程よりも鮮明にその様が感じ取れた。


 リュシカの根底にはエルフレッドにまつわる劣等感が存在していた。彼の周りを彩る友人達が夢を追い、自身の目標を達成し、時に自分の状況を受け入れながらも前を向き、自身の力で何かを成していく中で自身は元から持っていた物の価値だけで彼の隣にいる。


 簡単に言えば、彼に選ばれた自分が彼の隣に()()()()()()()()


 一度は虐めで精神を破壊され自死の寸前までいくも、虎猫族の女王となることを選んだフェルミナ。


 きっかけはエルフレッドが助けたことだったのかもしれないが今では立派に修行をこなし自身の夢の為に邁進している。そして、自身との過ちで傷付けてしまったにも関わらず婚約の祝いの品まで持って来た。


 そして、親友のアーニャ。


 対人恐怖症を持ちながらも克服するためにあらゆる手を尽くして堂々と振る舞う術を覚えた。時にエルフレッドの苦悩さえ解決する素晴らしい頭脳は何も生まれ持ったものだけではない。多くの書物を読み漁り、蓄えた知識と何度も何度も考え構築された独自の計算式は彼女にしか使えないものである。


 じゃあ自分はなんだ?


 フェルミナを傷付け、アーニャに譲ってもらい、エルフレッドの苦悩にも気付かずに被害者面して、親友の為だと彼との距離さえ誤った。


 相応しい訳がない。ただ、恋とか愛とかの感情のままに選ばれただけの自ら何かを掴み取った訳ではない自分に何の価値があるというのかーー。


 レディキラーの魔の手が伸びた。襲い掛かるには丁度良い距離だと言わんばかりに飛びかかってくるそれをリュシカの白の曲刀が阻んだ。


 熱が空間を歪ませる程の一閃。陽炎の様に歪み悲鳴を上げる大気に本能的に身の危険を感じたレディキラーが身を捩り、後退しなければ、それだけで勝負が着いていた。そんな一撃だった。


 轟々と大気を喰い破り、斬り裂いた曲刀を下段に構えたリュシカは踏み込む為に両足に力を込める。


 ならば、だ。せめて隣に居る権利くらいは掴み取らねばならないだろう。即座に相応しくなれなくても彼の足を引っ張るようなーー邪魔になり、負担になるような存在のままでは駄目だ。


 その為のSランクーーその為のトラウマからの脱却なのだ。逃げるわけにはいかない。


「ハアアアッ!!」


 気合い一閃。リュシカは本物のレディキラーとの戦闘において初めて自身から動いた。炎を蹴ることで生まれた爆発的な推進力と共に風と自身の残像を置き去りにするように駆けた。


 戦闘において謂わば素人であるレディキラーが目で追えるわけもない。相手を恐怖で支配していなければ、ただの大きなだけの木偶である。


 リュシカがその事に気付いたかどうかは解らなかったが横一文字に白線を描き、爆発するかの如く空間を斬り裂いた陽炎が正しく一撃必殺の名の元にレディキラーを葬った事だけは間違いなかった。


 声を上げるも無く切り裂かれ爆散したレディキラー。リュシカの過去を映し出した魔法石の世界には水平に曲刀を伸ばし、荒い息を吐く彼女だけが残された。


 大量の魔力が根こそぎ奪われたような感覚と共に曲刀の白は消えた。襲い来る虚脱感に曲刀を突きながら膝を着いたリュシカ。


 正直に言えばトラウマを解消出来たかは解らない。無我夢中で振るった一撃にて、この現実ではない世界に召喚されたレディキラーを倒した。それが全てだ。また現実世界で相対することがあった時に自身の体がどういう反応を示すかなどは、実際にそうなってみないと解らないのだ。


 しかし、一撃を放ったあの瞬間は間違いなく恐怖に打ち勝った。そして、レディキラーを倒したのだ。リュシカは強い疲労感を感じると共に強い達成感を感じていた。


 グラリと突如、視界が揺れた。強い白の閃光に全てが包まれていく中で現実世界への帰還を感じ取った彼女は薄れゆく意識の中で思うのだ。


 自身が劣等感を抱く程、素敵で魅力的な彼女達ーー。少しでも彼女達のように彼の隣に相応しくなれたのなら、それ以上に幸せな事はないであろうとーー。

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