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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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13

 エルフレッドには宿泊する際に必ず困ることがある。まだ宿などならば良いのだが格上の家への宿泊などはその最上だといえよう。


 単純な話だがエルフレッドは人との生活時間が違う。夜中の一時から四時までの僅か三時間しか睡眠が必要ないショートスリーパーなのだ。人に迷惑を掛けずに、しかし、時間を無駄にしないようにしなくてはならない。


 そんな心情なのだが客人が何時までも起きていると担当の使いが寝れない。だからといって敷地外に出る訳にもいかない。何時もなら事情を話して鍛錬でもするのだが公爵邸にて帯剣して大剣を振るうなどいうことが許される訳がない。


 夕食後に客人を担当するお付きの者に事情を話すと意外にも敷地内にあるというダンスホールの使用を許された。無論、剣術の練習は出来ないが物を壊さないという条件にて魔力の使用と体力トレーニングを許されたのである。


 どうにも、すんなり話が通ったなと考えていたが既にリュシカがその話をしていたようだ。助かったと考えると同時によく覚えていたな、と感心するばかりだった。


 読書や勉学に時間を使い就寝ーー、何時も通り空が明るくなる前に起きてダンスホールに向かう。闇夜の中、特に灯りもつけず空間把握能力を鍛えつつ魔力を巡らせて全てを把握する。体捌きを徹底して自身の出来る行動、そして、可動域を増やすのだ。


 ただ無心に流れに逆らわず倒れるようにして蹴りを放つ。ただ当たり前に後ろに飛ぶようにして後方に宙返りする。そこに魔力はいらない。人間が当たり前にできる行動に何かを加えるだけで人は多くのことが出来るのだ。


 そうして軽く汗をかいたエルフレッドは就寝前に教わった給水所へと向かいその足を止めた。


 膝を抱え蹲るようにして顔を埋めている少女ーーリュシカだ。表情が解らず、どういう状態なのかも解らない。しかし、変に力が入って震えているように見える。どちらにしても驚かせることになるだろうから最も安心出来る方法を模索して声を掛けた。仄かに風の魔力で辺りを照らすのを忘れずにだ。


「エルフレッドだ。リュシカ、何かあったのか?」


 名前を名乗って驚かさないように気をつける。それだけのことだがリュシカは跳ね起きることもなく整えたような声で「......エルフレッドか」と顔を上げた。


「私としたことが......昨日と言う日を楽しみ過ぎて幼子のように寝られなくなってしまったのだ」


 そう言って微笑む彼女の目の下には隈が浮かんでいる。当然、言葉通りの状態ではないのだろう。疲れ弱り果てていた彼女だったが、それさえも幻想的な美しさに見える。ーーそれを指摘するには彼女は自然過ぎた。


「なるほど。なら勲章授与式のことで頭がいっぱいで寝れなかった昨日の自分と一緒だな」


 詰め過ぎない程度に隣座って微笑むと「そなたにもそういう日があるのだな」と大層意外そうに笑った。


「ははは、まあな。というより初登校の日だって眠そうにしていただろう?自分だって完璧超人というわけではないぞ?」


「確かにな。完璧超人なら今日ここにはいないものな!」


 戯けてみせれば中々に手厳しい返しが返ってきてエルフレッドは苦笑する。


「まあ、そうだな。そういうことだ」


「ふふふ、そうであろう?中々に核心をつけたと我ながら感心していたところだ」


 疲れた表情のままだったが冗談めかして笑って見せれる程度には楽になっているらしい。学校が始まってからの一週間どんなことがあったのかを話す彼女。エルフレッドはただただ相槌を打つ。


 それだけだったのだが彼女の何処か緊張していた体が徐々に解れていくのを感じ取れた。いや、緊張していたのはその心だろう。心の中にある何かが体の不調としてあのような強張りを起こしていたと推測する。正直心配に思ったが、この瞬間にそれが薄れて、ようやく心地良さを覚えているであろう彼女に態々蒸し返すような真似はしたくないと考える。ーーそれをするには情報が足りな過ぎるとも思っていた。


 そして、それから三十分程たわいもない会話を繰り返し続けていると彼女はコクリと船を漕いだ。


「ハハハ、私の単純なことだ。そなたと話して満足したらすっかり眠くなってしまったぞ?寝室に戻るとしよう」


「ああ、自分もすっかり楽しませてもらった。満足してもらったのなら幸いだ。ゆっくり休んでくれ」


 立ち上がり軽く伸びをするとリュシカは歩き始めた。


「また、こうして話しを聞いてくれないか?」


 ぽつりと溢れるような、か細くもあり懇願するような響きを覚える声である。ここにきてエルフレッドは両親の言うことがいかに正しいかを理解するに至った。


「無論だ。望まれるならいくらでもそうしていよう」


「ふふ、そうか。その言葉忘れるなよ?」


 嬉しげな声が響いて彼女は邸宅の方へと歩いていく。その姿を見送りながら何が彼女をそうさせていたのだろうとエルフレッドは考えるが、自身にはその情報が一切無いことを理解していた。実はヒントならあったのだ。時には言葉で時には態度で彼女はそのことを話していた。しかし、その時にエルフレッドは居なかったり勘違いしても仕方無い様相であったのだ。そして、彼女もまた、そのことを話すつもりはない。否、話す日が来るかも解らない。


 だから、エルフレッドがどれだけ考えても解らないのは至極当然の話であった。




 朝練を終えて室内に備え付けられたシャワーを浴び終えた頃にはすっかり朝となっていた。朝食に呼ばれて向かうとパンとフルーツをメインにした料理の前には既にヤルギス公爵家の方々が座って食事をしていた。


 その中には当然リュシカの姿もある。多少疲れが残っている様子ではあったが目の隈はとれており寝れた様子であった。


「おはよう、エルフレッド。我が公爵領の特産品の数々だ。とても美味しいぞ?」


「ああ、おはよう、リュシカ。フルーツが特産品なのは耳にしていたが艷やかで素晴らしいな。是非頂くとしよう」


 ゼルヴィウスは一瞬眉を顰めたが特に文句が出ることはなかった。思うところがあったようだ。


 席について朝の挨拶とダンスホールの使用についてのお礼を告げるとゼルヴィウスは「それならば良かった」とだけ告げて食後のコーヒーに手をつけている。


「ふふ、おはようございます、エルフレッド君。昨日はよく眠れたしましたか?」


「おはようございます、メイリア様。大変よく眠れました。元より睡眠が短い質なのですが配慮して頂き真に感謝しています」


「それなら良かったですわ。睡眠時間についてはリュシカから聞いていましたから配慮するのは当然のことです。気にしないで下さいね」


「そうだ。態々礼を言うことでもない。それにしても睡眠時間が少なくて済むのは羨ましいぞ?」


 夜中の様子を知っているエルフレッドとしては、そうだろうなと思わなくは無いが周りの反応を見る限り家族にそのことが伝わっている様子はない。きっと、侍女にも隠しているのか口止めをしているのかだろう。


 ならば今の自分に出来ることは一つである。


「人様に迷惑をかけない限りは良いことではあるな。生活時間が人と違うといのは寂しくあったりもするものだ」


「アハッ!そなたでも寂しいと思うことがあるのか?何だか意外だな!」


「......俺を何だと思っているんだ」


 あまりに楽しそうに言うものだから思わず呆れたような笑いが出てしまうエルフレッドであった。

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