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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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 彼女の黒炎が血に濡れたナイフを焼いた。蒸発し燃え上った血液が生温くも鼻に纏わる嫌な臭いを上げる中でリュシカは黒炎と共に回り踊る。


 時に足を出し、曲刀を伸ばし、上下に打ち分けながら、全ての動作が一連の動きとして連動するように回転するのだ。下段の斬り払いに脛の皮を斬られ、距離を取ったレディキラーが血が焦げ付いたナイフを捨てて新しいナイフを取り出したのを下から眺めながめていた彼女はゆったりとした動作で立ち上がり、血振るいのように曲刀を回した。


 酸素を喰らいボウボウと猛る黒炎を横目にリュシカはナイフを構えて闇の魔力を滾らせるレディキラーを観察する。確かに闇の魔力を持っていたように思うが、その魔力を使ったことはなかったように思う。無意識の内に身体強化をしていた節はあるが、それ以外の技術を習得しているようには思えなかった。大体が女性を捕まえ拘束するのは魔封じの腕輪頼りだった筈だ。魔力を封じて弱った女性を襲う卑劣な犯行ーー今思えばそれさえも彼女を苛立たせる要因の一つである。


 目の前を猫の瞳がチラついた。しかし、リュシカは迫り来る相手を視覚だけでなく魔力を使って探っている。例の特殊能力に対応すべく、魔力を散布し接近を感知する術を用意していた。


(ーー来る‼︎)


 魔力越しに接近を感じ、白炎を纏う。猫の瞳が消えて突如、レディキラーの顔が完全に拡がった瞬間は彼女とて動きを止めそうになったが、迫り来るナイフを前に硬直する程、柔な鍛え方はしていない。完全に身を守る白炎と共にナイフを上に弾き、上から下の回転で振り上げを放つ。


 流れるような一撃にレディキラーの上半身に縦一文字の焼け切れた裂傷が走った。もう一撃ーーと曲刀を水平に持っていって横凪ぐがそれは距離を取る事を選んだレディキラーに避けられた。


(痛みを感じていないのか?)


 切られた傷は確かに重傷ではないが全く無視出来るものでもない。丹田から首下まで一文字に切り上げたのだから普通の人間ならば、そのようにダメージを全く無視して冷静な表情を保っていられるとは思えない。ましてや、何事も無かったかのように飛び下がり、新たに闇の魔力を滾らせるなと到底出来る事ではない。例えば何らかの形で回復魔法を唱えるなどして、傷を消すなどしなければ苦悶の表情を浮かべて然るべきのダメージである。


 リュシカは疑問に思うことが多々あったものの、一旦捨て置くことにした。そして、この程度ならば、と短期決戦に持ち込むべく上級魔法の印を描く。


「その痛みを感じぬ体も劫火の剣の前ではいつまで保つであろうな?」


 自身の曲刀が白の炎を纏い爆発的な熱量を持ち始める。同時に黒炎を纏い、混ざり合わぬ白と黒に包まれた曲刀は全てのものを焼き尽くさんと滾るのであった。本質魔法と上級炎魔法レーヴァンテインの融合ーー現在の彼女が使える最大の火力の魔法である。


「秒で終わらせてくれるな?そこまで簡単では興醒めも良いところだからな」


 その大きな力に反応したのか彼方も最大の魔力を纏い対応せんとナイフを構えた。黒々とした底なしの黒がともすればナイフを黒色の剣に変えてリュシカを迎え討たんとするのである。彼女はそれを眺めながら試験を終わらせんと走り出した。最早、最初に抱いた恐怖は無かった。彼女の頭にあるのはこの戦いを早く終わらせてここから出る事のみーー。

元来、用意されていた試験は想像よりも簡単に終わりを告げようとしていた。













○●○●













 蛇は遂にこのタイミングが来たかと口角を上げた。この人族の姫の実力は最早、人族が作った装置では五分と持たすことさえ出来ないらしい。


「これ程簡単であれば不満だろう?ならば俺がもっと楽しめるようにしてやろうーー」


 魔法石に細工をし、精神的にダメージを与えようと考えていた蛇は様々な方法を考えていた。ピンチを迎えているのならば、そのまま出れないように閉じ込めてやるだけで良いが試験がクリアされるとなると取るべき手段が変わって来る。無論、試験の世界に閉じ込めるというところに変わりはないが、それだけでは助け出されて終わるだけだ。


 魔法石に額をつけて闇の魔力を流し込む。そろそろ手駒にも働いてもらうべきだろう。赤の魔法石が黒へと染まり始めた瞬間、試験室にけたたましい警報が鳴り響き始める。緊急警報と共に強制的な試験終了を告げるアナウンスがしたがリュシカを覆う球状の結界が外れることは無かった。


「そうさなぁ......試験の偽物で満足出来ぬならば、やはり、()()()()()()()()()()()()()?」


 蛇は愉悦に満ちた表情で笑った。強固に閉まる扉を破壊しようとする音がする中で笑い続ける最古の蛇ーー。試験の部屋は闇の魔力に満たされていくのであった。













○●○●













 けたたましい警報の音。あからさまに不穏な空気が流れ始めたギルド本部内ーー待合室でリュシカの帰りを待っていたエルフレッドは嫌な胸騒ぎを感じて立ち上がった。そして、その胸騒ぎが的中したことを証明するかの如く、試験部屋の扉の前にギルド員が殺到し、ガチャガチャと扉を開こうと引っ張っているのだ。


「駄目だ‼︎全く開かない‼︎もう壊すしかーー「何があったんですか‼︎」


 中に自身の婚約者が居ることもあって非常に険しい表情で現れたエルフレッドに皆が息を飲む中で、いつもエルフレッドを担当している受付嬢が緊迫した表情で告げた。


「申し訳有りません。エルフレッド様。本来ならば鼠の一匹も逃さない試験の部屋のセンサーを掻い潜り、何者かが侵入したようです。それどころか試験の魔法石に何らかの細工をーー強力な闇の魔力を使い上書きしたようなのです。元来、強制終了出来る装置があるのですが、それさえも乗っ取り、リュシカ様を閉じ込めた様子。こうして、扉を開けにきたのですが、それさえも阻止している状況です」


「何ですって‼︎クソッ‼︎俺が着いていながらそんなことが起きるとはーー」


 無論、本来ならばギルド本部の不手際を責める所ではあるが、エルフレッドさえも気付く事なく侵入できるような存在を感知する事は無理に等しい。そして、そのような事が出来る存在は限られているのである。


「扉を破壊しても?」


 大剣を抜き、形だけの確認を取りながら魔力を滾らせる彼に受付嬢は「通常の手段で開かないとなれば、元よりそのつもりです。ご迷惑をお掛けして申し訳有りません」と彼女の得物であろう二丁の魔法銃を取り出すと扉に向けて構えた。


「責任の所在は後程ーーとはいえ、私の想像する相手ならば強く責める事は出来ませんがっ‼︎」


 強い闇の魔力を感じながら風の大剣を振るうエルフレッドの頭には一つの確信があった。強大な闇の魔力を操り、厳重な警備を難なく掻い潜ってはこのような卑劣な事をする存在ーーその姿を見たことはないが、あの友人の婚約式を悪夢一色に染めた邪悪な存在の名はーー。


 最大出力の魔法銃と傲慢な風の刃が闇の魔力に包まれた鋼鉄の扉を突き破った。大穴が開いた扉の中に入ったエルフレッドは愉悦の表情を浮かべながら球場の結果に包まれた婚約者の姿を見詰める、小さくも強大で邪悪な魔力を放つ蛇の姿に表情を更に険しくするのだ。


「常闇の巨龍、ウロボロス‼︎」


 エルフレッドに名を呼ばれ、リュシカから視線を移した蛇ーーウロボロスはとても陰湿で嫌らしい笑みを浮かべながら言うのだった。


「来るのが早いではないか!人族の英雄エルフレッドよ!折角楽しい見世物が始まったと言うのにあまり邪魔をして貰っては困るのだがなぁ」

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