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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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 冒険者ギルド本部へと向かうエルフレッドとリュシカ。二人でのギルド利用もあったせいか彼等の来訪を驚く者は居ない。しかし、本日の要件を知っているギルドの職員の表情には少々緊張感が走っていた。




 リュシカ=ヘレーナ=ヤルギス公爵令嬢のSランク昇格試験ーー。




 本人の強い意向があっての実施となったが当初ギルド側は難色を示した。元より精神的トラウマを持つ冒険者に対してSランクの昇格試験は強い苦痛となる場合が多い。止めるまではしないが推奨出来ない旨は当然伝えられた。


 彼女の両親とて大反対であった。何故、漸く心身共に良くなってきたところで態々掘り返しに行くような真似をするのかと娘に考えを改めるように促したのだ。


 だが、彼女は止まらなかった。将来、バーンシュルツに嫁ぐ身として永劫、御荷物の如く彼の負担になり続ける事があっていいわけがないと強く反発した。それでも尚、反対する両親との意見の対立は春の少連休に入る前まで続いた。


 しかし、最近ではナーバスな状況を脱したもののエルフレッドに対して強い負担を強いているのは両親とて解っているところだ。強い恩を感じていると同時に負担軽減の必要性は確かにあると認識もしている。


 そういったことを総合的に加味した結果、何らかの問題が発生する可能性があるとギルド側が判断した瞬間に試験を中止することを条件に認めるに至ったのだ。


 元来、本人が希望すれば受けることは可能なSランク昇格試験に置いて、親の許可まで取ってきたのだからギルド側もNOとは言えない。問題が発生する可能性があると判断した時点での中止というヤルギス公爵夫妻の意見に全面的な賛同を示した上での昇格試験実施である。


「全く。これでは普通に昇格試験を受けるよりも遥かに難しい試験となってしまっているではないか.......元より合格者が少ないと言うのに......」


 試験に使う装置が置かれた三階へと向かう途中、リュシカがポロリと零すように言った。


 元々昇格試験と銘打っているものの、あまりの合格者の少なさに落とす為の試験と揶揄されるような難易度の試験である。へにゃりと眉尻を下げてあからさまに不満気な表情でぼやく彼女を見て隣を歩くエルフレッドは微笑むのだ。


「確かにそういう面は否めないが強さで言えば既にSランクにいても差し支えない実力があるんだ。ハンデくらいに思えばいい。何より、こうして行動してくれていることだけでも俺は嬉しいぞ?それに試験を無理に続けた結果リュシカに何かあったことの方が俺は辛く思ってしまう。そう気に病むことはないさ」


 素直に行動を起こしてくれたことを喜ぶ反面、心配に思う気持ちは強くある。無論、最終的には彼女が強く願いすると決めたことに反対などすることはないが細心の注意を払って欲しいと願うのは当たり前のことである。


「むぅ。そうか。エルフレッドがそう言うならば、まあ......」


 その心情は総じて微妙といったところだろう。心配してくれるのは素直に嬉しいが、試験を受けるならば絶対にSランクになって欲しいと願っている訳ではないのは不満というかーー。


「とりあえずだ。試験が始まったら受かることだけを強く願って応援してくれ。無論、待合室からは中の様子を見れる訳でも無ければ実際に声が届くわけでもないが、エルフレッドがそう願ってくれていると思うだけで私にとっては力になるからな?」


 強いて言うならば御守のようなものだと笑いながらも真剣な表情で告げる彼女に「無論、そうしよう。望まれるならば幾らでも」と彼は柔なかな表情で告げて目を細めるのだ。


「じゃあ行ってくる。あ、ちょっと行く前にーー」


 案内に来た何時もの受付嬢が居る前でリュシカは悪戯っ子のような笑みを浮かべて抱き着いた。エルフレッドは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが「困ったお姫様だ」と微笑みながら抱きしめ返した。


 そのエルフレッドからしてはか細く華奢な体が震えている。やはり、強がっていても冗談めかして見せても不安で恐ろしいに違いない。やはり、送り出すのは不安だ。しかし、ここ迄の恐怖を背負っても尚、自分の為にと行動を起こす彼女の姿を更に愛おしく思うのも事実だ。


 人の愛は冷めるという。恋は長く続かないという。しかし、一度冷めた恋や愛は復活しない訳ではない。長く続くパートナーというのは何もずっと愛が続いているわけではない。


 ふとした瞬間のロマンスで再度惚れ直しているだけのことだ。強く愛してくれていると感じられた瞬間、こちらを想っていると感じられた瞬間ーーそういった言動に惚れ直して、また燃え上がっているのである。


 落ちるは流れる水の如し、燃えるは酸素を欲する火の如しーー。種火さえも落ちそうならば再度木を焚べれば良いだけのことだ。無論、バケツで水を掛けるようなことをすれば再度燃え上がることはないのだろうが、それは置いとくとしよう。


 震えが止まり仄かに温まった肌が色付いた頃、彼女は「今度は本当に行ってくる」と微笑んで回していた腕を解いた。


「ああ。応援してるぞ」


 名残惜しく思いながらも腕を解き、笑顔と共に送り出す。


「ふふふ。私の本質魔法的に言えば燃料満タンと言ったところだ。良い結果を持ち帰ってくるさ!ーーまあ、小っ恥ずかしい魔法ではあるが」


 と後ろ手に言って装置が置かれた部屋へと入って行くリュシカの後ろ姿を見送ってエルフレッドは待合室へと向かう。


「こんなことを言っては誂うようですが本当にお熱いですね。仲が良く羨ましく思います」


 頬を紅く染めた受付嬢に言われて「恥ずかしい限りです」と頭を掻いたエルフレッドは照れもあってか足早に待合室へと向かったのだ。




 ーー故に気付かなかったのだろう。




 試験装置が置かれた部屋の両開きの重々しい扉が閉まり始めた一瞬の出来事だ。扉の隙間からはみ出したリュシカの影が僅かに()()()()()()()()()


 全てのモノの目を欺き潜り抜けた招かれざる客が、孤独な戦いへと赴くリュシカの影に潜み試験が行われる部屋へと入っていったことに気づいた者は誰一人として居なかったのである。













○●○●













 部屋はとても清浄な空気に満たされていた。何も無い部屋に置かれた大きな魔法石ーー無色透明のクリスタルを思わせるこの魔法石に自身の魔力を送り込むと試験が開始されるのだ。


 以前はどうやって相手を決めているのか不思議に思っていたが、アルドゼイレンの言う魔力が血液という話を鑑みれば難しい話でもない。


 遺伝子に刻まれた最も嫌な情報を読み取り選んでいるのだろう。この装置を作った人物というのは相当に性格が歪んでいたのだろうとリュシカは思った。ともすれば、ドSを自覚した後の親友のようでーー。


 とそこまで考えて吹き出しそうになるのを堪えて深呼吸を一つ。


(いかんいかん。妄想して笑ってる場合ではない。集中せねばーー)


 しかしながら緊張は解れたな。と彼女は魔力を高めて装置に触れた。魔力が注ぎ込まれ炎を示す赤に染まっていった魔法石は眩い光を放ちーー遂にはリュシカの五感を奪っていった。

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