表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
335/457

14

 別に女性の隊員にやる気がない訳ではない。SWDは命が掛かった職場ということもあって職場内の結束は堅く、男女問わずモチベーションも高い。だが、選択肢として愛を選ぶか仕事を選ぶかと迫られた時、自身を納得させやすい理由があるというだけの話である。


 そして、周りの隊員の多くも愛を選ぶ道を勧める。明日には命が無いかもしれない職場より平穏で未来ある生活が目の前にあると言うのに何故仕事を選ぶのかとーー結束が堅い職場故に皆、幸せになれそうな選択肢に対しては敏感なのだ。男性とて仕事を変えればいいと思うかもしれないが先程から言っている通りSWDは非常に高給であり、仕事を変えて生活水準を維持するのは難しい。


 その上、再就職先もかなり絞られる。凶悪犯罪者と言えど場合によっては命を奪うことを厭わない職業だ。時に汚れ仕事の様にも扱われる為に軍部は未だしも騎士は嫌がる。では冒険者は?となるとどっちがマシかーー安定した稼ぎを失ってまで結婚してくれる相手がどれほど居るのだろうか、という話だ。


「それに仕事自体の遣り甲斐は代え難いものがある。凶悪犯罪者から世界中の国民を守ってるっていう壮大な仕事だからな!俺がSランク冒険者としての地位を築いておきながらSWDに入ったのも、こんなに素晴らしい意味のある仕事が他にあるのかって思ったからだしーーまっ簡単には辞められないわな!」


 少年のような顔で楽しげに語るエドガーに眩しいものを感じたエルフレッドは少し目を細めるのだ。いつからだろうかーー自分自身も七大巨龍を倒して世界最強になるという夢だけを追っていた頃はこのような表情をしていた筈だ。それが少しづつ物事を理解していき、交友関係が増えていくと共に変わっていった。


 友人達との距離感、友である巨龍との約束ーーそれが自身を悩ませる結果となった。しかし、今となってはどれもが何らかの形で納まったこと。無論、良い形ばかりではないが結果は出ている。その事をウジウジと悩み続けている自分ーー要は表情を曇らせている原因を作っているのは結果に納得がいかないと悩み続けている自分自身なのである。


 そう考えると何だか胸の内がスッキリとした気分になった。ある意味では諦めと捉えられるかもしれない。納得がいかなくとも結果は出た。そして、一旦はそれを受け入れるしかない。何時迄も悩み続けたところで変わらない。まずは受け入れて次にどう動くかが大事なのだと、周りの大人達が言っていることは大まかに分類すれば総じてそういうことなのだと理解することが出来たのだ。


「おっと!悪りぃ悪りぃ!考えたら今日はエルフレッドの相談に乗るって話も目的の半分だったなぁ‼︎気付いたら自分の話ばっかりしていたわ‼︎どんな話何だっけか?」


 麦酒を飲みながらコツンと自身の額を打つ彼に笑いながら「そのつもりでしたがーー」と微笑んでーー。


「何だかこうして飲んでいる内に解決したと言いますか、ちょっと考え過ぎてただけみたいだと気付きました。ですから、こうやって楽しくパーッと飲むことがある意味では解決策なんだな、と今は思っているところです」


 エドガーは暫し、そんな彼の表情をジッと見詰めていたがニカッと笑って麦酒を掲げた。


「確かに来た時に比べりゃ良い表情になってきたな?よっしゃ!なら、今日は楽しく飲んで楽しく話そうじゃねぇか!つうわけでカンパーイ‼︎」


「ハハハ‼︎そうですね‼︎乾杯‼︎」


 ジョッキを合わせた後にジョッキを持った利き手の腕同士を絡ませて”友情飲み”で麦酒を空ける。気分が良いまま帰れるくらいまで楽しく飲んで楽しく話した。ホロ酔い気分で店を出て肩を組みながらどうでも良い話をしてエドガーを宿に送る途中、エルフレッドはふと空を見上げた。


 街明かりに負けぬ月の輝きーー優しく輝く三日月の光が彼の目には穏やかに澄んで見えた。心一つで空の見え方さえ変わるのだと、そんな当たり前のことを思い出した彼は、自身の変わりようを可笑しく思い、表情を緩めてクスリと笑みを零すのだった。













○●○●













 リュシカは久々に眠れない夜を迎えていた。自身で決めた事とはいえ、いざ、その日が来ると思うと非常に恐ろしく思えるのだ。春の小連休の三日目。Sランク冒険者認定試験の日ーーその前夜に当たる今、体が思い出しかのように痛みを訴え始める。薬を服用し、定期的な検診を受けて、回復魔法による治療も継続的に行われている。


 担当医の診断結果も良好であり、通常であればこれ程痛みを感じることはないのである。となれば、この痛みは精神的な物に起因する痛みだろう。実際に何処かが悪くて痛みを訴えているわけではない。明日という日を迎える事が恐ろしく、逃げたいという気持ちが痛みを呼び起こし拒否反応を起こしている。彼女は痛みの割に冷静な頭でそう判断した。自身と過去のトラウマとの戦いは既に始まっているのだと理解する。


 呻き声が出そうになるのをやはり枕を被って、その上から布団を被る事で隠して自身に聖魔法を掛けると何だか普段に比べて痛みの引きが良いような気がした。


(もう負担にならないと決めただろう!その第一歩が明日の試験と決めたではないか!)


 自身に強く言い聞かせて、リュシカは最近のエルフレッドの姿を思い浮かべた。思い悩み、苦しみ、上の空になっていった婚約者ーー最近では自身である程度の納得を得たのか徐々に調子を取り戻し始めつつある。その矢先に要らぬ心配を掛けることを彼女は善しとしない。もうあのように友人や自身の事で思い悩む彼を見たくはなかった。


 何度も何度も考えている内に痛みはすっかり治っていく。そして、こうして軽くなっていく痛みだと理解すれば結局は今回の痛みに関しては精神的なものだったと改めて思うリュシカである。


 漸く寝れない程の痛みでは無くなった所で枕と布団の下から出て来た彼女は浄化魔法を唱えて汗を掻いた自身を清める。一つトラウマに打ち勝ったという達成感と痛みと戦った疲労感からうつらうつらとし始めた頭で彼女は明日の試験に思いを馳せるのだ。


(私はSランクになる。そして、エルフレッドの隣に相応しい存在になるのだーー)


 強い決意を胸に抱いた後に意識は夢の中へと誘われていった。そうこうしている間に時間は早々と過ぎ、朝となり彼女が起床する時間となった。ハッキリと時間を確認した訳ではないが寝る前に目に入った携帯端末の時間を思い浮かべれば眠れた時間は少なかった。しかし、それにも関わらず目覚めは良く、思考は冴え渡り、心は清々しささえ感じていた。


 そんな自身の体調を不思議に思いながらも、今日という日に力を与えてくれたユーネ=マリア神に感謝の祈りを捧げて彼女はベッドから体を起こした。


「失礼致します。リュシカ様。お着替えをお持ち致しました」


 侍女の言葉に「よろしく頼む」と返事をして彼女はベッドから降りてドレッサーへと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ