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言葉とは裏腹に我ながら上手くやったわと言わんばかりの表情のクリスタニアーー。ルシエルはポカーンと口を開いて呆然としていたが自身の置かれている状況に気づき顔を青ざめさせた。
「......せ、先輩......まさか......私を共犯者にするおつもりで......?」
「人聞きが悪い言い方は辞めて頂戴な!別に犯罪に加担させる訳じゃないのよ?ただ、信頼出来る人間には協力者であって欲しいじゃない?どうしたらいいかアーニャに相談したらアドバイスしてくれたの♪」
はくはく、と無意味に口を動かすルシエルを前にして彼女は「勿論、国王や王妃が息子が目覚めないからといって倫理的に許されなくても、せめて孫を......何て考えてるなんてしれたりしたら周りも黙っていないでしょう。ーー貴女は黙っててくれるわよね、ルシエル?」と微笑むのである。
彼女は今になって漸くアーニャが退室した際にこちらに視線をくれた意味が解った気がした。
あれはきっと自分にではなくクリスタニアに向けたサインだったのだ。今日が作戦を実行するチャンスの日だと、そう知らせる為のサインだったのだとーー。
「いえね。私はルシエルの事を信頼しているのだけど貴女って全く融通が効かないじゃない?それに曲がった事が大嫌いだし。でも、私としてはどうしても側に置いておきたいのよ。だから、保険を打たせてもらったわ?ーーああ、別に意見を言うなって訳じゃないのよ?今まで通り私が間違ってると思ったら幾らでも意見して欲しいと思っているわ。まあ、こんな感じで周りには聞かせられないような話も含めてだけど♪」
再度、茶菓子を口に放りながら「流石アーニャだわ。これでルシエルはこっちサイドにゲットね♪」と頬を緩める彼女を眺めながらルシエルは茫然とした様子で呟いた。
「......酷いっす......先輩......あんまりっす......私が、私が曲がったことは大嫌いってる癖に!!」
「あら?酷くないわよ?より信頼が深まったって話よ?今後は誰にも話せないような話も聞かせられるのだし......それにしても懐かしいわねぇ。その口調ーー」
「わ、私を籠絡するような真似して心痛まないんっすか‼︎先輩の鬼、鬼畜、悪魔‼︎」と悔しげ吠える彼女を見ながら「全然痛まないわね♪寧ろ仲間になってくれてありがとう♪最高って感じだわ♪」と繋いだ自身の両拳を胸の前で左右に振る。
「そうそう♪優しいって話の根拠だけどアーニャったらレーベンの前はエルフレッド君が好きだったらしいのよ‼︎でも、親友のリュシカちゃんと取り合いにならないように応援する側に回ったってーーあ、この話も王族や公爵家的には印象に問題があるから周りに言ってはーー「あ〜あ〜あ〜‼︎聞こえない‼︎私は何も聞こえて無いっす‼︎あ〜あ〜あ〜‼︎」
その後もクリスタニアが遮音魔法無しでは絶対に話せないようなことを延々と話し続けるのを、両耳を両手でパタパタと塞ぎながら瞼を閉じて「聞こえないっす!!聞いてないっす!!」と躱し続けるルシエルーー。
(消えていく‼︎清廉潔白で公平公正な美しき我が人生が消えていくっす‼︎止めるっす!!もう止めてくれっすぅ‼︎)
自身の積み上げてきた綺麗な何かが破壊されていくように感じながら、彼女は胸中で悲痛な叫び声をあげるのだった。
次の日、ブルーローズ宮殿でたまたまアーニャと出会ったルシエルは一瞬だけ苦い表情を浮かべたが、何事もなかったかのように表情を改めると中央を譲るように脇へと移動して頭を下げた。
「まあ、ルシエル殿。御機嫌麗しゅうミャ♪お義母様が大変喜んでおりましたよ♪ルシエル殿がお話を聞いて下さったって♪」
嫋やかな笑みを浮かべながら「妾も妾のことを高く評価して下さっているルシエル殿が賛同の意を示してくれて大変嬉しく思いますのニャア♪」と白々しく宣うアーニャに対しては色々と思うところのあったルシエルだったが全ての言葉を呑み込んでーー。
「......未来の王妃となるアーニャ殿下にそう言って頂けるとは喜びの到りで御座います」
と頭を下げたまま告げるに留めた。
「まあ♪ルシエル殿ったら♪喜びの到りだなんて♪」
彼女の心情を知りながらも喜色満面の表情で告げたアーニャは、会釈と共に歩き出したかと思えば「そうそう」と足を止めた。
「ルシエル殿は非常に真面目な方だと伺っておりますミャア。清濁を併せ呑むには潔白で清らかな水のように澄んでいらっしゃると聞いてますミャア。ーーであれば気を付けなくてはなりませんニャア」
クルリと振り返ったアーニャは「......気をつけるとは?」と困惑した表情でこちらを仰ぎ見ているルシエルを見るとニターとした笑みを見せるのだった。
「狐は謀る者ですからミャア♪気付けばペロリとお腹の中ってこともありえますのミャア♪」
ヒクヒクと頬を引き攣らせている彼女を前にアーニャは満面の笑みを浮かべると「私とも沢山楽しいお話をしましょうニャ♪ルシエル殿♪それではまた♪御機嫌よう♪」と告げて気分良さげに尻尾を揺らしながら歩き出す。
そしてーー。
「綺麗なお水ならゴクリとお腹の中の方が良かったかミャア〜♪」
と楽しげに思考しながら去っていくのだった。
静寂の中立ち尽くしていたルシエルは彼女が去った方を眺めながら多くの人々が思って来たであろうことを思い、呟くのだった。
「アーニャ殿下......恐ろしい娘っす......!」
○●○●
「エルフレッド君。ちょっといいか?」
帰りのHRが終わり、帰る支度をしていたエルフレッドは三年Sクラスの担任となったアマリエに呼ばれ教壇へと向かう。友人達が不思議そうな視線をくれる中で「先に帰っててくれ」と頭だけ振り向いて言い彼女へと声を掛けた。
「どうか致しましたか?アマリエ先生」
「どうか致しましたか、か。成績が下がった訳でもないし、大きな問題となっている訳ではないから言うか迷っていたのだが、どうかしたのは君の方ではないか?」
何でもありません、と誤魔化すのは簡単だが、この学園の教師の中で最も長い時間を過ごしている彼女を欺き続けるのは無理があった。「最近、色んな出来事が重なって悩んでいるのですが......人に言って解決出来るような話でもなくて......」とある程度の真実を告げることにした。
「人に言って解決出来るようなことではない......なるほどな。まあ、私は軍人としての経験があるから、もしかしたら相談に乗ってやれるかも知れないぞ?最近の君はどうも何事にも身が入っていないように見える。せめて取り繕うくらいに回復してもらわねば、周りの先生方も心配しているのでな」
心配そうな表情で告げる生徒想いのアマリエの言葉ーーその中で”軍人として経験”という言葉にエルフレッドは少し気になることがあった。自身を悩ましている悩みの中でも自身が納得していなくても理由があれば友人を切れるという悩みの割合は大きい。結果それを成したことで自身は大きく悩み傷付くこととなった。
そして、今、前程ではなくとも友人達との繋がりが戻って来ているにも関わらず、心が満たされず思い悩み続けている。
そんな状況を鑑みると確かに軍人としての経験の中には親しかった者を手に掛けた経験があるかも知れないと彼は思ったのである。
「......そうですね。もしくはアマリエ先生ならば似たような経験があるかも知れません」
そう言って少し言葉を選ぶような素振りを見せていたエルフレッドは良い言葉が思い浮かばないながら、埒が明かないと口を開くのである。
「こんな聞き方をするのはどうかと思いますが、先生は自身が納得していないにも関わらず、自身に近しい存在を手に掛けてしまったような......そんな経験はありますか?」
「......詳しく聞いても良いだろうか?」
生半可な質問では無いな、と表情を引き締めたアマリエは真剣な表情を浮かべて更なる情報を求めるのだった。




