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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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「先輩の言うことは解りますけど......」


 と言葉を詰まらせる彼女に「それに倫理的ではないことは解っているけどある意味で合理的なのよ」とクリスタニアは溜息を吐いた。


「ルシエル。貴女はそういうけど、このまま年月が経つとどういう事が起きると思う?」


「このまま年月が過ぎると......ですか?」


 困惑した表情を浮かべる彼女にクリスタニアは「そう。後一年くらいでしょうかねぇ......レーベンが目を覚まさず時が過ぎたとしましょう」と頬杖を着き、その上に頬を乗せた。


「そうなるとレーベンは起きる見込み無しって事になるでしょうね。となると王族としてはレーベンに変わる王太子を立てないといけなくなるわね?一時の感情を汲み取って体外受精どうのこうのって話は出てるけど......実際に実行するのは難しいでしょう。となると王位継承権や現在の状況を考えて三大公爵家の中から選ぶことになるわね?家はレーベン以外に男児は居ないし、王女に継承権は無いから」


「三大公爵家から......ですか?」と尚も合点がいかない彼女に「そう。しかも結婚している方々は外しての継承権になるから現当主は除外される」と自身の手酌で紅茶を注いでーー。


「そこで婚約者が居ない男児が居れば良かったのかもしれないけど、まあ、居ないわね。じゃあ、居ない場合はどうなるのか?もう単純に継承権順になるわね。そしたら、ヤルギス公爵家のカーレス君を貰うしかないわ。ヤルギス公爵領は分家から当主を探すかーーまあ、あそこは特殊な領だから王家直轄領扱いになると思うけど、そこはおいといて、こうなると必ず起きる問題が見えてくるわね?」


 ルシエルは少し話が見えてきた。カーレスが王太子になった場合だが彼には既に婚約者がいる。クレイランドの皇女アーテルディアだ。


「もう大凡解ったと思うけどカーレス君にはアーテルディア皇女殿下という婚約者がいる。だけど、王太子妃としては何の問題も起こしていないアーニャを廃妃にすることは出来ない。そして、クレイランドの皇女とライジングサンの王女じゃあ、当然ライジングサンの王女の方が格式が上だから王妃はアーニャになるわ。そして、アーテルディア殿下は側室ということになるわね。でも、レーベンの事がある以上アーニャはカーレス君と関係を持つことは無い。獣人だしね。となれば王子を持たない名ばかりの王妃で余生を過ごすことになるでしょうね」


「そういうことでしたか......」と言ったきり言葉を無くし、人差しの甲で額を抑えたルシエルに対してクリスタニアは尚も言葉を続けた。


「そして、万が一その後にレーベンが目を覚ましても王妃としてカーレス君に娶られた後だと離縁することは難しい。裏では何らかの配慮はすると思うけど......一度は王位継承権を失った王太子と王妃との間に子供が出来るなんてことは許されないでしょう。二人で過ごす事は許されても、それ以上の未来はないでしょうね。これは勿論、最悪の可能性だけどーー」


「......だから、倫理的に許されなくても()()()()宿()()()ということなのですね?」


 言葉の選びようも無いとハッキリ告げたルシエルに対して「言ってしまえばね。レーベンの覚醒を信じて待つ事も出来るし、最悪目覚めなくてもリュードベック陛下が後継ぎが育つまで長く在位すれば良いから......ね?合理的でしょう?」とクリスタニアは茶菓子を口に放った。


「ということは噂話もアーニャ殿下にとっては織込み済みということですか?」


「でしょうね。あの娘は周りに言われればDNA検査でも何でもするでしょうけど、今の時点でこうであれば周りもそこは疑わないでしょう。まあ、別の懸念は生まれるでしょうけどあの娘にとっては大した問題じゃないわ」


 沈黙の中で時計の針が進む音だけが妙に響いた。自身のカップに紅茶を注いだルシエルは喉が妙に乾いている感覚を覚えながら「先輩も飲みます?」とポットを向ける「そうね。話し過ぎて喉も乾いたし」と注いで貰って三杯目の紅茶に口を付ける。


「......因みに根拠はあるんですか?」


「そうねぇ......単純にアーニャなら私達が思いつくことなんて全て頭の中に受かんでいるだろうからって言うのはあるけど、確信したとするなら最近メイリア先輩から届いたメッセージかなぁ」


「......メッセージですか?」


「そうメッセージ。この前、珍しくアーニャが友人達と久々にカフェに行った日があったでしょ?例のイムジャンヌちゃんの結婚話の出た日。その時、リュシカちゃん曰く、アーニャが呟いたらしいのよ。”私はレーベン様と結婚したい”って。リュシカちゃんは目を覚まさないレーベンの事を考えての発言だと思ったみたいだけど私やメイリア先輩の考えは違うわ」


 ここ迄言われればルシエルも流石に解る。そもそものメイリアのメッセージとて、リュシカの発言に対する報告というよりは王太子殿下の継承権問題に関する質問だったのだろう。


 アーニャ殿下がそう言ったらしいが何か具体的な話が出ているのだろうかーー例えば、このまま状況が変わらなかった場合、王太子を三大公爵家の誰かから選ぶ可能性はあるのかとーー。


「合点がいきました。三大公爵家の方々の協力を得られたのは何処の家も王太子殿下として嫡男を差し出す事を()()()()()()()()。更に言うならば倫理的な問題を捨て置いても、そちらの方が望ましいと思っている訳ですね?」


 クリスタニアは肩を竦めて「状況が違えば多少違ったのでしょうけど......今の三大公爵家にとってはメリットよりデメリットの方が多いでしょうからね。単純に人が良いと言うのもあるけども」と苦笑する。


 大体の状況を理解したルシエルは納得とはいかずとも間違っているとは言えない事態であることは解った。いや、やはり自身の性格上、どうかと思う部分はあるのだが様々な物が絡み合った結果、今の状況を善としている。今更何を言っても辞めさせることは出来ないだろう。


「解りました。それにしても、そこまで考えての行動ならばアーニャ殿下はとんでもない策士ですね?いえ、悪い意味では有りませんよ?単純に凄すぎて私には理解が及ばないと言いますかーー」


 と口上の上では賛辞を述べている彼女にクリスタニアは「そうねぇ。まあ、頭が良いことを上手く使っているという一面はあるわね。ただ、まあ、あの娘の場合はこの状況さえ周りのことを考えての行動というか優しさというか......そういう一面を持っているのよ」と少し困ったような表情を浮かべた。


「......そうなんですか?結果的に周りの為になっているのは解りますがーー」


 疑っている、とまでは言わないが流石にそれはーーと言葉を濁すルシエルに彼女は「勿論、自身の為である一面はあってのことなのよ?」と苦笑してーー。


「アーニャが上手く動けば、別に自分自身を悪者にしなくても目的を達成することは出来るハズだわ。もっと被害者という部分を全面に押し出せば良いのだから......そのくらいの権利はあって然るべきってね。でもね、あの娘はそれをしないでしょう?そして、周りが最も望んでいる形になるように動いている......私やリュードベック様だって、そうなることを望んでいるのよ」


 最後の一言を聞いてルシエルは言葉を失った。公平公正を信条とするリュードベックが黙認していることを不思議に感じる部分はあったものの、最も近しい王妃の口からハッキリと望んでいると断言されたとなれば話は変わってくるのだ。


「先輩。幾ら遮音魔法が掛かっているとはいえ流石にそれは言うべきではーー」


 諌めるような口調で告げるルシエルの言葉を遮って王妃はしてやったりといった表情を浮かべるのだった。




「ええ。言うべきではないわね?そして、貴女も聞くべきじゃなかったわね♪」

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