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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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9

 そう彼女は本当に素晴らしい。年月としては僅かな期間だが既にアードヤードに居なくてはならない存在だ。国の為にも王家の為にも彼女の存在は不可欠なのである。だからこそ、ルシエルは複雑な心境を抱かざるを得ないのだ。


「ありがとう。アーニャ。ですが、本来最も辛い想いをしているのは貴女でしょう。レーベンの事もそうですが我が国に残る決断をしてくれた時だって......本来ならばライジングサンで家族と供に癒やされるべきところを引き止めてしまったようなものですから......私が辛いと言って貴女を困らせることは責任を取るべき者として恥じるべきことだわ」


 表情に葛藤が見て取れる王妃の手を取って「妾が一番辛いなんてとんでもありませんミャア。お腹を痛めて産んだ子供が目を覚まさない状況を思えばお義母様以上に辛い方は居りませんのニャア」と微笑んだ。


「それに妾は残りたくて残っているのですニャア。帰る選択肢も提示された中でどんな状態であってもレーベン様の隣に居たいと望んだのは紛れもなく妾ですミャ。それに皆様、()()()()()()下さいますし......妾に不満が有りようが御座いませんミャア」


 そうアーニャ本人も解っているのだ。自身が行なっている行動の異常性を理解し、周りが憚りながらも止めない事を理解しながらも辞める気が一切無い。何なら、その行為の果てに新たな未来が誕生する可能性を()()()()()()さえある。


「アーニャ......」


 と涙ぐむクリスタニアに「共に乗り越えて行きましょうミャ。お義母様」とアーニャが優しく懐に納めるかの如く抱き着いた。獣人の特性を知るものからすれば、二人の間の絆が既に家族に近しい存在にまで達していると解る行為に複雑な心境のルシエルさえ少し胸に来るものがあった。一頻り、そうしていた彼女達が落ち着いた頃に王女殿下が現れた。


 彼女もまたあの一件以来大きく変わってしまった存在だ。信用する人間以外を近づけず、ともすれば敵意を剥き出しにするようになった。舞台などに触れ一時は穏やかになりつつあった凶暴性が悪い方向で開花し、時間が有れば兄を奪った存在を根絶やしにする為の策を立て、自身の手で抹殺する為に剣を振り続けているのである。


 彼女の両掌に巻かれた包帯は限界を超えて尚振り続けている剣の証ーーそして、彼女を止められる者も最早存在しないのだ。


「お母様、アーニャお姉様、突然申し訳有りません。ですが、心乱れてしまい眠ることが出来なくて......」


 そして、彼女は最近、不眠症という問題を抱えている。周りが敵ばかりに思えている彼女は近くに安心出来る存在が居なければ眠る事が出来ない日がこうして訪れることがある。皆が辛いことを理解している彼女は普段は口にしないようにしているのだが、こうして現れる日は限界が来た時である。化粧を落とした時に現れる大きな隈が幼い顔に不釣り合いな程に浮かんでいた。言うまでもなく限界の日なのだろう。


「では、今日は私が一緒に床に着くと致しますミャ。よろしいですミャ?お義母様」


 そのよろしいですか?には無論、お義母様は王女様と共に寝なくて大丈夫か?という意味もあるが、王妃様は自身が離れても大丈夫か?と心配する意味が込められている。その意味を汲んだ王妃は穏やかな表情で微笑んでーー。


「ええ、アーニャ。私は大丈夫です。ルシエルも居ますから。私同様、娘も貴女を慕っていますから貴女が共に居てくれると私としても助かるわ」


 それを聞いたアーニャはチラリとルシエルの方に視線をやりーー。


「わかりましたミャア。それでは王妃様、ルシエル殿、お休みなさいませ。ーーささ、行きましょう♪今日は一緒に寝ましょうミャ♪」


「はい!アーニャお姉様!」


 手を繋ぎーーともすれば幼子のように抱き着こうとする王女殿下に微笑んだアーニャは「あらあら、今日は甘えん坊さんミャア♪」と抱きしめ返しながら仲睦まじい様子で王妃の部屋を去って行った。暫し、二人が去った辺りを優しげな表情で眺めていた王妃は侍女に新たな紅茶を頼んで口を着けた後にーー。


「何か言いたいことがありそうね。ルシエル」


 と表情を改めた。ルシエルは特に表情を変える事もせず「アーニャ殿下は真に素晴らしい方だと考えます、王妃殿下や王女殿下とも仲を深められ、アードヤードに無くてはならない存在だと再認識致しました。つきましてはーー」と美辞麗句を並べていたがーー。


「私はそんな臣下としての当たり障りのない言葉を求めている訳ではないのよ。ルシエル」


 という言葉に閉口しーー。


「......侍女の方々に席を外して頂いても?」


 と溜息を漏らしながら確認する。以前ならば、侍女の方々が居るから、と断ったところだが勤務中に呼ばれてお茶を共にしたあの日以来対応を改めざるを得ない状況になったのだ。王妃が「人払いを」と指示を出し、侍女達が一礼と共に部屋を出ていったのを確認したルシエルは遮音魔法を唱えた後にーー。


「さっきの言葉は本当ですよ、先輩。私はアーニャ殿下は既にアードヤードに居てもらわないと困る存在だと考えてます。未来の国母は彼女しか有り得ない。ですから、彼女には一つの汚点もあって欲しくないのです。何故、汚点になり得る行為を許し続けているのでしょうか?」


 既に周りが眉を顰める現状を知りながら王族の人々が彼女の行為を止めない理由。それがルシエルには解らなかった。王妃は少し呆れたような表情を浮かべながら「......汚点ね」と呟くとルシエルに席に着くように促して紅茶に口を着ける。


「理由は沢山あるけど......どれから話すべきかしら。そうねぇ、まずは感情面の話が良いのかしらねぇ......」


 と言葉を探しながらルシエルが席に着いたのを確認してーー。


「大分良くはなっているけど別にアーニャは回復した訳ではないのよ。予兆を感じて希望を持ったから持ち直しているだけで、それは薄い氷の膜みたいなものだわ。駄目と分かれば粉々に砕け散って崩壊してしまうようなもの。私達は家族としても、あの娘の存在は必要だし、繋ぎ止める事が出来る方法が他に見つからない限りは容認し続けるしかないわね」


「それはそうかもしれないですけど......それで周りの高位貴族が反発を示せば立場が危うくなってしまいます。それは正直避けたいじゃないですか?倫理的な問題もありますし......」


 今でこそ王宮内や反対派の貴族の一部が眉を顰めているだけだが何かを切っ掛けに広まり、粗となり、批判材料になるのが王侯貴族の世界だ。アーニャならば完璧に振る舞える事が出来ると解っているルシエルだからこそ憤りがあるのである。


 だが王妃は「他に与えられる物が無い以上はどうしようもないわ。それに批判派が騒ごうが三大公爵への根回しは済んでいるから、早々引っくり返すことは出来ないでしょうね」と薄く笑って茶菓子を取った。


「ねえ、ルシエル。私達はあくまでも加害者のようなものよ?ライジングサン側にも護衛の問題はあったのでしょうけど、主催はあくまでアードヤードよ。そして、格式高い王女殿下を嫁ぎ先として迎え入れたの。その結果、大問題が発生して王女殿下をおかしくしてしまったのよ?本来ならば私達はそれを償わないといけない立場なの。そんな私達があの娘にどんなものを与えられるのかしら?」


 被害を受けたといっても過言ではないアーニャが例えあのまま王都アイゼンシュタットを破壊したとして、シラユキが言うような大罪人にすることは難しかったであろう。結果、罪人以外に死者は居らず倒壊した建物も女王であるシラユキが全て元通りにした。彼方は果たすべき責任を果たした。では、こちらはどうするべきなのか?

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