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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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7

「......姉.....離れ?」


 ピクリと体を反応させて足を止めたイムジャンヌが不思議そうな表情を浮かべながらアーニャの方へと体を向ける。


「だって、そうミャ?イムリア殿はもうアードヤードで騎士になることが決まってるミャ。アルドゼイレンと結婚して聖国に迎うってなったら離れ離れになるのニャア。卒業したら結婚ってことは、その頃でお別れミャア」


 当然といえば当然の話だがイムリアは既にアードヤードで王妃近衛隊の騎士になる事が決まっており、アードヤードを離れることはない。結婚を機に聖国へ行くことになるイムジャンヌとは離れ離れになることは明白である。学園卒業を機にとなれば、そこが姉離れのタイミングとなる訳だ。


「いやぁ、流石に行き過ぎてるとは思っていたけどミャア♪どうにかなるもんニャア♪やっぱり、最後に愛は勝つんだミャア♪......って、どうしたミャア?」


 尻尾を揺らしながら楽しげに語っていたアーニャはイムジャンヌの様子が可笑しな事に気づいて首を傾げた。よくよく見れば顔色が物凄く悪い。青ざめた顔でガクガクと震え瞳からは光が消え失せている。


「ど、どうしたのイムイム⁉︎何だか、とんでもない事になってるけど⁉︎」


 隣で思い出し悔しがりでハンカチを噛んでいたノノワールさえもイムジャンヌのあんまりな状態に驚きの声を上げる中、彼女はポツリと呟くように言った。


「......お、お姉ちゃんと、は、離れ離れになるなんて、お、思いもしなかった......」


 皆が「はい?」と聞き返すような声を上げる中で彼女は言う。アルドゼイレン関連の問題の印象が強く、解決する事に必死で完全にその事を失念していた、とーー。


「......イムイムぅ。まあ、ほら、イムリアさんとは何時迄も一緒って訳にはいかないんだしぃ?ここはそういうチャンスだと思ってーー「......が......きた......」


 完全におかしな様子で自分の世界に入っているイムジャンヌが何やら呟いた。皆がなんて言ったんだ?と耳を済ませる中で彼女はバッと顔を上げると焦りに満ちた表情を浮かべてーー。




「再考の余地が出て来た」




 言うや否や全ての約束を忘れ飛び出して行ったイムジャンヌ。止める間も無かったが多分家に向かったのだろうと皆は思った。考えてもみれば解ることだが、自身に性欲が無い発言の時も正直どうでも良く感じていたにも関わらず、申し訳無さそうな表情を浮かべる姉を見て此れ幸いと抱き締めることを強請るようなシスコンである。そう簡単に姉の事を諦める訳がないのだ。


「......妾は余計なことを言ったかミャア?」


 と首を傾げるアーニャに対してルーミャは苦笑してーー。


「あの様子じゃあ、遅かれ早かれじゃない?寧ろ結婚前とかになって気付くより良かったと思うよぉ」


「......んっ?なんかあったの?」


 尋常じゃない様子で携帯端末を叩きハニーとやらとの連絡を取り合っていたアルベルトが漸く通常の状態になって周りを見渡し首を傾げた。そんな様子に肩を竦めたエルフレッドは「まあ、結婚報告が最速で解消報告になるかもしれん」と呆れた様子で呟くのだった。


 かくしてエイガー男爵家の結婚騒動は最後に姉妹の抱える問題によって意外と難航することになる。


 イムジャンヌの”姉好き過ぎ問題”とイムリアの”婚約者捨ててゴブリンとかオークとか連れてくるんじゃないか問題”は側から見れば馬鹿らしいーーと言うか両親さえも正直呆れて物が言えないのだが当人達にとっては大問題であったために真面な解決策を模索する羽目になるのだった。




 ......周りの人達が可哀想である。













○●○●













 リュシカのSランク試験に向けた訓練に自ら望んで着いて来たエルフレッドは彼女の実力を見ながら満足気に頷いた。


「戦闘能力に関してはまず問題無いだろう。やはり、問題となるのはーー「試験の相手が予想通りレディキラーならばという訳だな」


 最も超えなければならない相手との戦いを強いられる試験に思いを馳せて、リュシカは表情を硬くしながら言うのだった。


 今回のSランク試験に向けた練習は当初リュシカ一人で行う予定だった。彼女自身がエルフレッドの負担になりたくないとそれを望んでいた形である。しかし、エルフレッド自身が協力したいと願い出た。最近、一人でいては全く気の休まらないエルフレッドは思考せねばならないとは解っていたものの、同じくらい安らぎを求めていた。そうした中で特に安らぎを与えてくれる存在が彼女であり、自身を理解してくれようとする彼女の行動もあってか最近は特にドップリとハマっている。


 疲れさせたくないと望むリュシカではあるが好きな相手に自身が必要だと強く求められれば嫌と言える訳もなくーー寧ろ嬉しくなってしまい結局は彼が疲れたら遠慮なく言うことを条件に付き合ってもらうことにしたのであった。


 始業式から春の小連休までは一ヶ月程度で実力は申し分ないとなれば後は精神的に自身のトラウマと向き合えるかどうかの一点だけなのだが、そこは実際に相対して見なくては解らない。未だ想像しようとするだけで体が拒否反応を示すような状態ではあるので難しいと言えば難しいかもしれないがーー。


「あの時、俺が有無を言わさず斬っておけば良かったのだろう。しかし、斬る価値も無いと考えてしまう程に無価値な存在だった。魔封じの腕輪を摺り抜けて消えてしまうような特殊能力者だったとは思わなかった。ーー俺も未だ未だだな」


 思い出すはアーニャとレーベンの婚約式の日の事だ。別働隊としてレディキラーを追い詰めたエルフレッドは最後の最後に取り逃したことを後悔していた。あまりに無価値で萎えたというのもあるが自身が裁くことに傲慢さを覚えたのもある。沢山の被害者を出した凶悪犯罪者であるから最終的には人の法にて裁かれるべきだろうーーそんな考えが頭の端にあったのかもしれない。


 しかし、その結果、新たな被害者を産む可能性を残し、婚約者のトラウマの元凶となる存在を野に返してしまった。婚約式の一件が大きな一件だったのか、一旦は鳴りを潜めているものの何時また新たな被害者を出し始めるかーー、そして、今こうやってトラウマに向き合う要因を残してしまったことに後悔しないという選択肢はない。次に姿を見た時は有無を言わさず、その生を終わらせると心に決めているエルフレッドではあったが、リュシカは少し思案気だ。


「確かに何らかの形でアイツが居なくなれば安寧が訪れたかもしれない。しかし、トラウマを払拭する機会は永劫失われたかも知れない。この結果を良かったということは確かに出来ないが、無価値に感じた故もあるが、あくまでも私情ではなく公平な裁きを取らせようとした行動自体は賞賛に値する。責めることは出来ないな」


 まあ、次は有無を言わさず......とも思うがと、どうやら考え自体は一緒のようだ。私情云々よりも能力的に捕まえて捕縛し続ける事が不可能であると判断出来るため、少しでも生かす選択肢を選べば再度逃げる事は目に見えていた。今後の被害者を出さないためにも多少過激ながら、必要不可欠な選択と言えた。


「......そうだな」


「まあ、そんな顔をするな。未知の能力を持っているなど誰が想像出来る?そして、私も自身のトラウマを向き合い払拭する機会を得たのだ......何事も前向きに捉える他あるまい」


(無論、そう簡単に向き合えるならばトラウマなどとは言わんのだがな)

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