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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
324/457

3

 再度、エイガー男爵家の庭は静寂へと包まれた。そんな中で特に衝撃を受けていたイムリアだ。


 お前がパパになるんだよ!!は斬新だなぁと......おまママ、ならぬ、おまパパであるーーちょっと何言ってるか解らない。


「......アルドゼイレンが産むの?」


「そうだな。我が産むな」


「私とアルドゼイレンの子を?」


「この話が成立すればそうなるな。卵が出来る」


 大混乱に包まれた状況の中でアルドゼイレンは語る。元来、巨龍に雌雄は無く、自身と同一存在の卵を自身で生成し産み育てる。


 本来ならば空気中に存在する魔力の素となる創生神達の祝福から生み出される原子ーーマナを取り込んで生成するのだが、ここに番となるものの魔力を加えると自身とは全く違う新たな存在が産まれるのだという。


「イムジャンヌには言ったが、人体で生成された魔力は極微量ながら血液を含んでいる。故に我の血と番の血が混ざった子が宿る。今までは巨龍が故に必要性を感じなかったが、神の使いとなった故にその宿命からも解かれた。子を成すことも楽しみの一つとなろう」


 大混乱の中に衝撃の事実が落とされただけの状況もあって余計に沈黙が続いていたが、アルドゼイレンの方を向いていたイムジャンヌは不思議そうに首を傾げてーー。


「......私がパパになるってこと?」


 やはり気になるのはおまパパーー似たもの姉妹であった。アルドゼイレンは「まあ、子を成すことが母親にしか出来ない人間的な感覚で言うならば、そうなるな」と首を傾げながら答えた。


 腕を組んで暫く考えていたイムジャンヌは「因みに卵がお腹にある間は弱ったりするの?」と再度首を傾げた。


「まあな。やはり、子を成すのには相当なエネルギーが必要だからな。無論、それでも大抵の者には負けないだろうが負担は増えるだろうな」


「ふむ......」と呟いて再度思考の渦に没頭し始めた彼女は結論が出るや否やーー。




「良いよ。私がパパで。私性欲無いし」




 と爆弾を投下するのだった。


「......イムジャンヌ。アンタ今なんて言ったんだい?」


 恐る恐ると言った様子で訪ねる母親にイムジャンヌは首を傾げながらーー。


「私がパパにーー「そっちじゃないさね!!その後!!その後、何て言ったか聞いているんさね!!」


 イムジャンヌは「ああ、その後」と呟いた後、特に気にした風でもなければ何でもないことのように言うのだった。


「多分後天的なもの。私性欲無い」


 彼女は言ってなかったけ?と言わんばかりに説明し始めた。小さい頃から慢性的な睡眠不足と過労、ストレスに成長の遅れもあって、周りが性的な趣向に興味を示す年齢になっても一切興味が湧かなかった。


 一時的なものかと思っていたが思春期になっても一切男性に興味が沸かず、だからといって女性に興味がある訳でもない。それはノノワールと関わるようになってから、より顕著に解るようになった。


 となれば、そもそも性的な興味が一切無い。自分はそういう存在なのだと思ったそうだ。


「だから、アルドゼイレンに好意を抱いた時は可笑しいと思いながらも不思議ではなかった。性欲無いから、相性だけで好きになったと思ってたけど今日ので納得した」


 自身に産む気が無くても、相手が産んでくれるってことを本能的に感じ取ったのかかもしれないとーー。


 母親の口が言葉にならぬ動きで、なんてこったい......と動いた。そんな重要な話を何故今までしてくれなかったのか、と思う反面、忙しくしていた自分達を思い返せば話すタイミングを逸していたのかもしれないと悔やむ。


 そして、本来ならば人生を左右しかねない重大な事実を娘自体が()()()()()()()()()()()()()ことに気付かされて愕然とさせられたのである。


 母親は頭痛に顔を顰め難しい表情のまま、腕を組んで考えていたがアルドゼイレンの方へと体毎振り向いてーー。


「アルドゼイレンさん。そのーー出来た子供とやらは私達の常識的にも子供って解るような存在なのかい?こういう言い方をすると失礼だろうが......例えば遺伝子検査をしてもイムジャンヌの子であると解るくらいにはーー」


 彼女の考え方が読めてきたコーデリアスが焦りに満ちた表情を浮かべた。


「母さん!!何を馬鹿なことを言い出すんだ!!まだ、色々と確定した訳ではーー」


「馬鹿はアンタ様さね!そんな悠長なことを言ってる場合じゃないだろうさ!この状況は!!ーーんで、どうなんだい?アルドゼイレンさん」


 驚愕の事実に「すまん......イムジャンヌ......私のせいで......」とイムリアが申し訳なさそうにすれば、首を傾げたイムジャンヌは「良いよべーー悪いと思うならギュってして」と腕を広げた。


「無論、問題無い。多くの魔力を取り込んだ方がより確実だが極微量であっても検査上なら問題ないだろう。まあ、話を聞く限り、より人族に近い見た目の方が良いだろうから多く魔力を貰った方が良さそうではあるがな」


 番となる者の魔力が多ければ多い程、番に似た子供が宿るとそうで人族の魔力を多く取り込めば半人半龍の獣人であるドラゴンニュートが産まれるそうだ。そして、ドラゴンニュートであれば見た目云々の差異はあれど人族として生活することは可能だとアルドゼイレンは言う。


 母親は遂に頭が回らなくなってきたと額を抑えた。するとバタバタと走って邸宅内に戻ったコーデリアスが見るからに甘そうなコーヒーとミルクチョコレートの包み込みを持って戻ってくる。


 それを受け取りコーヒーを一口、チョコレートを噛んだ母親は「アンタ様のこういうところを好きになったんだったねぇ」と懐かしむように呟いて穏やかな表情で微笑んだ。かつての剣聖の子孫であり伯爵家の三女に産まれながら自由奔放であった彼女は、周りから風変わりな存在だと思われることも多く孤独な時を過ごすことも多かった。


 そんな中で彼はいつも優しく、そして、彼女の変わった癖を笑う事も無かった。頭が回らない時に過剰とも言える糖分とカフェインをコーヒーから摂取しようとする癖は自身でもどうかと思うことがある癖だ。しかし、コーデリアスは単純にそういうものだと受け入れて彼女が頭が回らないと表情を曇らせれば、こうして彼女の望みのものを持ってきてくれるのである。たまに適当で優柔不断な面もあるがやる時はちゃんとするし、最も欲しい時には気づいてくれる。


 アルドゼイレンとイムジャンヌの姿を見ていると種族は違えど、そういう関係であるのではないかと思ったのだ。女性らしくないと悩むイムジャンヌが本当に困っている時に察して、コーディネートをしたり女性らしくなれるよう品の良い髪飾りをプレゼントしたりーーなるほど、確かに惚れてしまっても仕方がない。


「私の考えではイムジャンヌの事はアルドゼイレンさんに任せるしかなさそうだとなったねぇ。初めに渋っておいて何だけどこちらの事情にも合致する。打算も娘の幸せも叶うなら儲けもんって感じさね。ーーイムジャンヌは乗り気のようだけどアルドゼイレンさんの気持ちを確認しないとねぇ」


 母が告げればコーデリアスは何も言わなかった。思うところはあるものの確かに娘の幸せとこちらの打算的な部分が合致するのは確かである。複雑な気持ちはあれど結局は娘の為を思って一番良い形にしたいのだ。

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