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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第六章 常闇の巨龍 編(上)
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 アルドゼイレンは神の使いとなった。友殺しの悪名を得る事なくーーそして、友を失わずに済んだエルフレッドは胸を撫で下ろす......が、すっかり疲れてしまった。人は良い思い出より悪い思い出の方が印象に残りやすいもので、一度はアルドゼイレンを斬ったという事実が彼を苛まぬ訳が無いのである。春休みが終われば学園も遂に最終学年を迎える。多くの諸問題を抱える中でエルフレッド達の生活はどうなっていくのだろうかーー

「ーーとはいえ心から良かったと感じているのは本当だ。生きていてくれて......いや、転生してくれてと言うべきか」


 エルフレッドが胸を撫で下ろしながら言えば「まあ、転生して一日もせぬ内に天に召されかけたのだがな......」と頬を大きく腫らしたアルドゼイレンは呟いた。


「どういう意味かは今一解らんが神の使いとしての役割を果たすまで死なないと言った癖に俺に殴られただけで天に召される訳が無いだろう?それよりも、その寿命の点以外で何か変わったところはあるのか?」


 アルドゼイレンが作った朝食を食べながらエルフレッドが訊ねる。根菜の煮物や味噌汁といった体に優しく健康に良い食事の数々は疲れた体に染み渡った。


「いや、全く変わらんな!!何も変わらな過ぎて驚く程に変わらん!!強いて言うならば衰えの予兆が無くなり、万全万端といったところだな!!」


 味噌汁を啜った後に楽しげに告げるアルドゼイレンにエルフレッドはニヤリと笑い「それは都合が良い」としたり顔で呟きーー。


「ならば食事が終わったら早々にアードヤードに向かって貰わないとな?決死の覚悟でな」


 決死の覚悟?と不穏な言葉にエルフレッドを見たアルドゼイレンーー携帯端末を片手に何事かを打ち込んでいた彼は返信を確認するとそれをアルドゼイレンへと差し出した。


「あっちの怒りは俺の比ではないだろうからな。覚悟して赴いた方が良い」


 そこには"イムジャンヌ"と書かれたアイコンの元『実は転生することが目的で戦っていたようだ』と書かれたエルフレッドのメッセージに対して彼女からの返信が書かれていた。




『お話が必要だから連れてきて』




 絵文字の一つも無い有無も言わさぬ様子のメッセージに瞼を瞬かせたアルドゼイレン。携帯端末に詳しくない巨龍ながらも何らかの感情を感じ取ったのか顔色から血の気を無くしていった。


 呆然と携帯端末画面を見詰めるアルドゼイレン。その手から零れ落ちた汁椀がカランカランと音を立てて何処かへと転がっていった。




「何故だ!!何故なのだ!!何故フォローをしてくれなかったのだ!!あんな書き方をして!!絶対に怒っているではないか!!」


 エルフレッドを背中に乗せながら最速でアードヤードを目指すアルドゼイレン。その前足にはお詫びの品として宝物庫から引っ張り出してきた数え切れぬ程の金銀財宝達ーー涙目でギャンギャン吼える巨龍の上で素知らぬ顔で前を見詰める彼は「あの理由は酷すぎる。一回ちゃんと怒られた方が良いと思うぞ?」と平坦な声で告げる。


「う、うぐ。た、確かに我にも悪いところがあったのは認める!!だが、あのまま天に召される可能性が高かったのだ!!期待させるようなことを言える訳が無いだろう!!」


 焦った様子で捲し立てるアルドゼイレンに視線だけをくれながら、しら〜とした表情を浮かべたエルフレッドは「言い訳はイムジャンヌにしてくれ。通じるかは知らんがな」と言った後でニヤリと笑った


「後で骨だけは拾ってやる。頑張れ」


 あからさまに今からでも良いからフォローしてくれ!!と乞うような表情を見せる神の使い(笑)にバッサリと告げれば「エルフレッドォオ」と悲痛な叫び声を上げるのだった。


「解った解った。ほらイムジャンヌの家が見えてきたぞ?」


 そんな悲痛な声にさえ全く取り合わずに清々しい程の爽やかな笑みを浮かべたエルフレッドは、目下に見えてきた何故か黒いオーラに包まれて見える目的地を指差し告げるのだった。




 急降下して邸宅に連なる庭へと降り立とうとしているアルドゼイレンの目には腕組みをして仁王立ちしているイムジャンヌの姿が見えていた。


 黒いオーラの発生源はどうやら彼女で間違いないらしい。恐る恐る着地してビクビクとした様子でエルフレッドを降ろした巨龍は、怒られるのを怖がる犬のように身を縮こませながら持ってきたお詫びの品をおずおずと差し出した。


「連れてきてぞ」


「ありがとう......転生目的で戦ったってどういうこと?」


 そんな国宝級の金銀財宝であるお詫びの品には一切目もくれず、ひたすらアルドゼイレンだけを冷たい瞳で見詰めながら彼女が訊ねるのに対して「生きて死んでを繰り返すだけの巨龍という生き方を変えたかったそうだ」とエルフレッドが告げればイムジャンヌは冷たい表情のまま感情の籠もらぬ声でーー。


「何で言わなかったの?それに酷い振り方したのは何?」


「そ、それはだな。そ、その、そのまま死んでしまう可能性が高かった故に期待させる訳にはいかなくてだなーー」


「それって本当に必要なこと?そもそも転生する意味は?」


「い、いや、我としては折角、分子操作まで極めたというのに意味も無く死んでしまうというのはーー」


 モゴモゴと言い訳を繰り返す巨龍を感情の籠もらぬ表情と声で無機質に質問攻めにするイムジャンヌを見て、何となく巻き添えを喰らいそうな不穏な空気を感じたエルフレッドは「後は当事者同士で話してくれ」と退散するために転移魔法を唱えた。


「お、おい!!骨を拾ってくれると言ったではないか!!何故転移魔法を唱えているのだ!!待て!!エルフレッド!!待つのだ!!一人に、我を一人にするなぁああーー」


 必死に引き止めようとするアルドゼイレンに、とても素晴らしいサムズアップで答えたエルフレッドは何も答えずに消えた。残されたアルドゼイレンがガクガクと身を震わせながらイムジャンヌを見れば無機質な光の無い瞳がジッとこちらを見詰めている。


「迷惑掛けたんだからお家に返してあげないとね。それでどうしてあんなことしたの?」


 ねぇ、ねぇーーと続けられる質問にアルドゼイレンは頭を抑えながら「我が間違っておりました!!我が自分勝手に転生したくてしました!!我儘ですいません!!すいません!!」と平謝りを繰り返ばかりだ。最強の巨龍とは一体何だったのだろうか?


「謝らないでよ。まだ質問は終わってない」


 と遂には怒られて頭を押さえながら震える犬と化した巨龍を未だ質問攻めにするイムジャンヌ。友人達の間では有名な話だが、やはり彼女を怒らせてはいけないようだ。




「さて。これはどういう状況さね?」




 何だか娘の様子が可笑しいなとは思っていたが最近親しくしている巨龍が平謝りを繰り返す声が聞こえて、ゾロゾロと家の前に集まってきたエイガー男爵家一同ーー、武者修行に出ている兄は居ないものの珍しく姉と両親揃い踏みである。


 国宝級の宝の山に呆気に取られている父コーデリアスに対して何かを察したイムリアは声にならぬうめき声を上げながら額を押さえた。


 何が何やらと微妙な顔をしている母親に対してイムジャンヌは「私とアルドゼイレンの話だから」とだけ告げて再度巨龍へと向き直る。家族の登場に一瞬救いを感じたアルドゼイレンだったが向き直った瞬間、黒いオーラに包まれたイムジャンヌを見て、再度頭を抱えると「すいません!!すいません!!」とガクガク震え始めた。


 その光景に最強の巨龍とは一体?と困惑した表情を浮かべたコーデリアスとイムリアの横で、母親は合点はいったが、どうにも困った事になっていたようだ、と複雑な表情を浮かべるのだった。




「......話をぶった斬るようで申し訳無いけどねぇ。イムジャンヌ。最近、あんたが好きな相手と言ってたのはその大きな巨龍さんのことかい?」

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